迷惑はかけたくないと思うくらいには好ましく思うようになってました
「ちょっと待ちなよ、そいつはオレの屋敷の下僕なんだけど!」
馬車に押し込まれる間一髪のところで誰かが間に入り、私を背後に隠してくれた。
その背中はとても見慣れたもので。
「ルキ様!」
来てくれたことに嬉しくて思わず背後からぎゅっと抱きついてしまった。
「は、離れろ!お前馬鹿なの!?まあ馬鹿だからこんな厄介ごとに巻き込まれるんだろうけど!」
「ふふっ」
顔を赤くしてそっぽ向くルキ様に私は思わず笑みが溢れる。
このツンツン具合がルキ様だよね。安堵する。
これ以上このままでいると本気で怒られそうなので離れると、ルキ様は私を背後に隠したまま彼の方へ視線を向けた。
「お前、小賢しいことしてくれたね。見ない顔だしここの派閥じゃないよね、どこの派閥の奴?」
「そうですね、派閥にはそれほど興味はないので何処にも所属はしていないと言っておきましょうか」
妖しく笑う彼に思わず一歩引く。
気味が悪い。吹っ切れたのか、あんなに紳士で優しく見えていた彼からは何か黒い影のようなものが見える気がする。
「それよりも、そこの下僕を渡してもらいましょうか。主がいない以上、ただの屋敷の下僕扱いとなるので、ヴァンパイアの掟により所有権がこちらに移ります。ほらこちらに来なさい」
そういうと彼は私に手を伸ばす。
「いや!」
その手を避けてルキ様の後ろに隠れる。
でもこの流れだと所有権が移ったって言ったし、私はあの人のとこに行かなきゃいけないのかもしれない。
ヴァンパイアの掟についてはゲーム知識だと専属になれば色々と安全って程度にしか知らない。そもそも主が近くにいなきゃ意味ないなんて初耳だ。
そう思えばローズとのイベントでも、攻略対象の主がいつも側にいたから手を出されず無敵状態だったのかな。
ルキ様を見ると何かを考えるように険しい表情をしている。
「ルキさん、でしたか?貴方からも彼女を後押ししてあげてください。このままだと彼女の罪がどんどん重くなって死んでしまいますし、貴方の家にも被害が及ぶのではないですか?」
ルキ様を見ると彼の言っていることが嘘ではないと物語っていた。たぶんどうしようもないんだろう。
万事休す、か。
「…………」
ふぅと一息つく。
俺様にヤンデレにツンデレで苦手な人達だったけど、これ以上私のせいで迷惑はかけたくない。そう思うくらいにはあの人達を好ましく思うようにはなっていた。
こうなったら私らしくバッドエンド直行してやろうじゃないか。……あの人の所に行っても必ずしもバッドエンド直行というわけじゃないし……願うしかないか。
私はできるだけ明るく笑ってルキ様の前に出る。
「せっかく来ていただいたのにごめんなさい。ルキ様にはご迷惑しかかけてなかったけど楽しい毎日でした」
三回目にして謎の展開の末、初めて皆とも少しは仲良くなれたと思ったんだけどここまでか。
「お世話に、なりました」
気付けば目元から涙が溢れていた。
以前の私ならこんな展開になったところで失敗したな、で終われたはずなんだけど。
やっぱり少しでも同じ時間を過ごしてしまったら、この一回の時間がとても大切なものになってしまって。
もしもまた最初からになってしまっても、もう私には今と同じように皆と接することはできないだろう。
だって戻ったとしてもそれは同じように見えて、また別の話だから。
だからもしこの先でバッドエンドで終わるようなことがあったとしても、もう最初に戻るなんて事にはならないで欲しい。
私の話はこれにて完結でいい。
そう思った時、自分の中で止まっていた砂時計が動き出した感覚がした。
なんとも不思議な感覚ではあったんだけど、どこか懐かしくて暖かいそんな感覚だ。
そして直感的に今後は死んだらもうこれで終わりだって分かった。
ただの感覚だしあてになるかと言われたら自信はないけれど、ここで終わるのかどうか試してみようとも思えない。……たぶん死ぬ。
やっぱり、生きるって一度しかないから良いんだよね。今までは死にたくはないけど、最悪失敗してもまた次があるかなんて内心思っていた。
けど、その考えはここでやめよう。
そう思ったのがバッドエンド目前の今っていうのも悲しいところだけど、少しの間だけでも、ゲーマーとして、いやこの世界の住人として、この先の闇を見ようじゃないかと決心する。
泣いてる場合じゃないよね。
涙を拭ってルキ様に向き合い深々と頭を下げる。
次こそは心からの笑顔を向けることができた。
心残りはもうない。
「あのさ、なに勝手にアイツのところに行こうとしてるわけ」
「ええっと?勝手にと言いますか、私の自業自得でウィリアス家に迷惑をかけるのは本心ではないので……」
素直にそう言うと、盛大にため息をつかれた。
「はぁ迷惑?そんなの今更じゃん。ああもう、お前ってなんでこんなにも馬鹿なのかな。そんなにアイツのところに行きたいわけ?」
「そんなわけないじゃないですか!いられるのならずっとルキ様達のところにいたいです!でも、できないから――」
「もういい分かったから黙って。……痛くても我慢しなよ」
そう言うと私の腕を掴むとそのまま引き寄せた。
そしてそのまま抱き寄せたかと思うと首筋に牙を立てた。
「っ!?」
痛くはなかったのだけど、この感覚は三度目となるとさすがに分かる。ゆっくり牙を立てたかと思うと何かを流し込まれる感覚だ。ルキ様が離れたタイミングで熱を持った首元を手で確認してみるけど、さすがにわからない。
ふっと離れるルキ様は私を背後に隠し再び前へ出た。
「……この馬鹿はオレの専属だから掟には従ってもらうよ」
睨み付けるようにルキ様はそう言うと、彼は何故か薄らと笑み深めた。
「分かりました、そうですね。まだ本契約の前ですし先に専属契約されてしまっては仕方がないですね。それではお嬢さん、またお会いしましょう」
そういうとそのまま馬車に乗ってその場を去ってしまった。
やけにあっさりと帰っちゃったんだけど、そういうものなのかな?
まだ細かいところの掟がよく分かっていなくてルキ様を見つめると、ルキ様も何やら考え込んだ様子だった。
なんにしても、こんな抜け道があったなんて驚いた。完璧にバッドエンド直行だと覚悟していたから、余計に今の状況が信じられなくて。
それにまさかあのルキ様が私を専属にしてくれるとは思わなかった。あれだけ頼んでも専属にしてくれなかったのに。どんな心境の変化だろう。
こんな状況で屋敷のことだし、ルキ様はなんだかんだで優しいから仕方なく専属にしてくれたのかなとも思うけど。
それでも。
「ルキ様、助けてくれて……専属にしてくれてありがとうございます!」
夢にも思ってなくて嬉しくて感謝を伝えると、何度目かわからないため息をつかれた。
「はぁ。お前何も分かってないね。三人と契約してる以上はこれからはもっと慎重に行動しなよ。前にも言ったけど専属の血は、魔力の質が上がって高級品として狙われやすいんだからな」
そう軽く睨まれて私はすぐに頷く。
「あとは、車内で話す……買い物は今日はやめてすぐ屋敷に戻るよ」
そうして話を切り上げられ、待たせている馬車に乗り込むと再び話を続けた。
「お前が体調崩して寝込んでたからまた改めて話す事になってたんだけど、そうも言ってられなくなったからね。
それで、昨日あった定例会議の内容が今エーリアスの領地で人攫いが横行してるってこと。そしてその大部分が専属ってこと」
「それってもしかして、さっきのも……?」
「たぶんそうだろうね。ただ、お前の場合と違ってその専属達には側に主がいながら簡単に攫われていたから変だとは思ってたんだ。だけど、さっきのでわかった」
「ええっと、もしかして街の真ん中にも関わらず誰にも気付いてもらえなかったあの現象ですか」
「そう。たぶんあれは気配を消すのか紛らわせるのかそういった類のものだろうね。生憎オレには能力の相性的に効かないけど大部分には効果があったんでしょ」
「とにかく、お前に関しては今後はもっと気をつけなよ。たぶんアイツは諦めてない」
その言葉に小さく身震いする。
先程の強引だった割にやけにあっさり引いた彼に私も少し疑問は持っていた。
引き時はしっかり見極めてまた改めるということだろうか。
「アイツがその人攫いかもしれないけど、その確証がない。そもそもアイツは掟に従って連れて行っているのであって、別に悪事を働いているわけじゃないし。現にお前もアイツに何か正当な理由をつけられて連れて行かれそうになってたわけだし」
「あれは当たり屋ですよ!」
「は?なに当たり屋って」
「当たり屋とは!わざと相手が事故を起こして、その罪を相手に着せて損害賠償を請求する悪い人の事です!私の場合は、ぶつかった私の前方不注意だったせいもあるのであまり強くは言えないんですけど……」
尻すぼみに小さくなっていく言葉にルキ様が呆れたように口を開いた。
「はぁ……お前本当に馬鹿だね。人間のお前が突進してこようが、オレ達ヴァンパイアが避けられないわけないでしょ。不意打ちならまだしも。
お前等人間と同じ身体能力だと思うなよ。それに街の中で気を抜く馬鹿はお前くらいだよ」
「そう言えばそうでしたね!ダンスも異常なくらい上手だったし」
「それはお前が下手なだけだからな!他の専属の下僕はダンスの練習もちゃんとしてるから」
「え…そうなんですか!?なんでルキ様言ってくれなかったんですか!!」
「そんなのオレの専属じゃないからに決まってるでしょ。他の奴の専属に口出すわけないじゃん」
軽く狼狽た。
でもよく考えたら普通はそうだよね……。
私みたいな踊り方するなんてありえないし。
でもそれでも忠告くらいして欲しかったよ……!!
泣き付きたい衝動にかられるけど、ここはグッと堪える。
「酷い……」
「そんなのアイツに言いなよ。どんな趣味してんだかアイツはお前を困らせるのが楽しくて仕方がないみたいだし。そんな主に気に入られた自分を恨むんだね」
「そんな…でもルキ様も主になってくれたから、これかはいろいろ教えてくれますよね?」
「うっ……まぁ、こうなったからにはね……」
少し嫌々な感じはあるけど、ルキ様が味方になってくれたのはすごく嬉しい。
死を覚悟するくらいの怖い思いはしたけれど、それでもそれ以上に嬉しいこともあって、私はにやける顔をおさえるのに必死になるのだった。




