睡眠とは偉大なる万能回復薬です
オレンジ色の夕陽をいっぱいに浴びて伸びをする。
街は今日最後の商売の時間だということもあり、活気に満ちていた。
「〜〜♪」
隣にはルキ様も一緒で、私の体力作りという名の元のお買い物イベントを実行しているのだ。
ルキ様は前回言ってくれたように、外に出たいと伝えると渋々ではあるけど一緒について来てくれた。
断られると思いつつ、一応は言われた通りに声をかけてみたんだけど、本当に律儀で良い人だなぁ。
そんなこんなで今の私は上機嫌です。
「で、体調は良くなったの?顔色はだいぶ良さそうだけど」
「はい!おかげさまで!それに今日は一日お休みをもらえたので色々試したい実験――いえ、趣味を満喫しようと思ってます!
あ、ルキ様にはお礼に新作のお菓子を作ってみようと思ってるので楽しみにしててくださいね!」
「ま、まあ作るんなら食べてやらなくもないけど。食べ物に罪はないしね。
ただ実験だか趣味だか知らないけど、今日は買い物済ませたらさっさと帰るよ。お前、ちょっと前まで死にそうな顔してたの忘れてないよね」
そう呆れたような視線を向けられて私はいたたまれなくなり視線を逸らす。
ダンスパートを振り返ってみる。
結局ルーク様について行くしかなかったのだけど、ぐずってしまったせいでダンスホールへ行くのが私たちで最後になってしまったことに気付いた。
「ルーク様……なんということでしょう。私たちで最後ですよ、多分」
「お前がさっさと来ねぇからだろ」
構わず会場に入ろうと足を進めるルーク様に私は思いっきり腕を引っ張って制止する。
「そ、そうですけど!ああ本当にどうしよう私、本当にダンスなんて踊ったことないんですよ!!ルーク様の足を引っ張ってしまいますから、私やっぱり帰――」
ルーク様の足を引っ張るという名目でこの場から逃げようと試みるも、すかさず腕を掴まれて阻まれる。
ちっ運動神経がいいのも考えものだよ。
テンパってるせいで言動まで崩れてきた。
「待てよ、お前が下手なのは知ってるに決まってんだろ。教えてねぇし。いいからお前は俺に身を任せとけ。俺のリードが上手けりゃお前もそれなりに見えんだよ」
「その自信どこから来るんですか……。私は踊れないうえに、知らない人いっぱいで緊張で死にそうなんですけど」
そういうとルーク様は私の顎に手を添えたかと思うと、ルーク様の方に視線を強制的に合わせられる。
「俺だけを見てろ、他を見るな。お前は笑顔で俺に身を委ねとけばいいんだよ。わかったな?」
いや、無茶言わないでくださいよ。
どこぞの乙女ゲームですかと言いたいけれど、残念ながら本当に乙女ゲームで。
これが本当にゲームをプレイしている側だったら、こういうベタなセリフで私はキャーキャー騒いでいただろう。
だけど、ルーク様!現実は違うんですよ!現実を見て!
ここで呑気に、はいなんて返事が言えるわけがない。
急にダンスが上手くなるご都合モードに入ってくれるなら喜んでやるけれど、今の今までそんな素晴らしいモードに入った事がない。
そんなのあるわけないんですよ!
そう思っていてもルーク様の根拠もない自信に私が立ち向かえるわけもなく、小さくため息をついた。
「はぁ……わかりましたよ。もう笑い者になる覚悟を決めます」
「俺がいて笑い者にさせるわけねぇだろ」
自信たっぷりに鼻で笑うその訳の分からない自信にもう一度深いため息をついたのだった。
それからエスコートされて会場に入るなりルーク様はど真ん中を陣取る。
なんでど真ん中なのこの人ホントどうかしてるよ。
心の中で頭を抱える。踊ったことのない足でまといを連れて、目立つセンターにあえて立つ度胸だけは褒めてあげたい。
とはいえどこにいてもルーク様は目立つだろうからどこにいようが変わらないか。
周りの女性達のキラキラした熱い視線に私たち……主にルーク様に向けられているのだけど、やっぱり気になるものは気になってしまう。というかいたたまれない。
この先どんな地獄が始まるのだろうと恐怖を感じていると、ルーク様は私の腰に手を添えて耳元に口を寄せた。
「いいか、笑顔で俺だけに集中してろよ」
そう囁くと、音楽が鳴るのと同時にルーク様のリードでダンスが始まった。
てっきり転んでしまうかと思ったけれど、そのようなことも全くなかった。
転生あるあるのチート能力かとも思ったけれど、たまに足がもつれそうになるあたり、そうでもなさそうだ。
そうなりそうになる度に、絶妙なタイミングでルーク様のカバーで全くそんなことを感じさせない踊りが続けられる。
あれだけ自信満々だっただけあってルーク様に任せてていれば、勝手に踊れているようだ。
感動しているとルーク様の何か言いたげな視線にぶつかり首を傾げる。
すると王子様スマイルのまま口パクで小さく何かを言っているようだ。
「あ、ら、い?」
あらいってなに?洗い?新井?荒い?
ダンスが雑って言いたいのかな?
でも下手は分かってるって自分で言ってたし。
さらに首を傾げると王子様スマイルのを若干崩したルーク様がもう一度口パクをする。
これは怒ってるかも。
冷や汗が流れるのを感じながら再びルーク様を見る。
「わ、ら、え」
次は少し声が聞こえたおかげで、急いで張り付いたような笑顔を浮かべる。
そういえばそんな事を最初に言ってました、ごめんなさい。
できるだけ不自然に見えないように笑顔を浮かべてみるけれど、上手くいっているのか正直わからない。
頑張れ私の表情筋。
なんてよくわからない事を思いながらダンスを踊っていたのだけれど。
踊れば踊るだけ気分が悪くなってきた。人酔いかダンス酔いしたかもしれない。
いや、大丈夫……気がするだけ。……気がするだけ……。
たしか三曲踊らなきゃいけなくて、私のダンス下手が露呈するのを避けるために二曲目はルキ様がリードして踊ってくれることになっているのだ。
ここで休んで、あり得ないとは思いたいけれど私に声をかけてくる人がいようものなら私のとんでもダンスを披露してしまうことになってしまう。
それは何がなんでも避けたい。
となると私の選択はこれしかない。
ルーク様とのダンスが終わると私は急いでルキ様の元へ向かう。
「る……ルキ様、どうかよろしくお願いします……」
「ち、ちょっとお前、顔真っ青じゃん。そこで休んだ方が良いんじゃないの?」
ルキ様に雪崩れ込む私にギョッとするルキ様。
優しさから休むのを提案してくれているルキ様に、やはりこの方はこの世界の天使だと私は崇めたくなってしまった。
のだけど!
「それは、ダメです!私が休んでいる間に誰かに声をかけられたらそれこそバッドエンドです、ジ・エンドですよ!なのですぐにお願いします……」
出来ることなら休みたいけれど、そう出来ない現状。
焦って頼み込むと小さくため息をついてルキ様は腕を差し出した。
「悪化しても知らないからな。ほら、さっさと行くよ」
「ありがとうございます!」
そして音楽が始まるとルーク様とは違い、ルキ様はゆったりとしたダンスでリードしてくれた。
正直これは本当にありがたかった。
ルーク様のような動きのある華やかなダンスをされると、たぶん即倒れていたと思う。
それにしても長い。
体調が悪いせいでそう思うのだろうけど、先が見えないダンスに気が遠くなる。
「あと少しだから、もうちょっと頑張りなよ」
小さくルキ様はそう呟く。私はそれに安堵した。
あと少しという言葉を聞いて、私は最後の力を振り絞って最後まで踊りきる事ができた。
そのままルキ様にされるがまま隅の椅子にエスコートされ、私は息をついた。
助かった。
ただすぐにでも横になってしまいたい衝動に駆られて首を振る。
ぼんやりとルキ様の行方を目で追っていると、ルキ様は囲まれているルーク様の輪の中に入っていくのが見えた。
おお、本当にルーク様は人気だなぁ。
そりゃあ整った顔立ちで王子様キャラで売ってたら女子は飛びつくよね、私も王子から攻略するほど大好きな属性だもんね。
だけど私は騙されない!ルーク様の本性は俺様ドS属性だと!!
それは今はどうでもいいんだけど、あの様子だとまだ二曲目を踊ってないのかな?
それならそれで好都合だ。今のうちに休めるのはありがたい。
とはいえ三曲目、リードは完全に任せているけれど私に踊れるのかな。今の状況的に。
……考えないようにしよう。
はしたないと思われるだろうけど、壁に身を預けて軽く目を閉じた。しばらくすると誰かがやってくる気配がした。
「あ、ルーク様。二曲目は踊られたんですか?」
そういうと周りにはあまりこちらの様子が見えないのか、ルーク様は盛大にため息をついた。
「ほら帰るぞ」
そういうと有無を言わさずに立たされてそのまま出口の方へ向かう。その途中でユート様に会うとルーク様は挨拶を手短に済ませてそのまま馬車へ向かった。
ルーク様は運転手に行き先を伝えるために後で乗るので、先に私とルキ様が馬車に乗り込む。
「ルキ様、私が体調が悪いのをルーク様に伝えてくれたんですよね。ありがとうございました」
本当にありがたかった。
こうやって途中で出てくることは良くないんだろうけど、考えないようにしていたけれど結構本気で危なかった。
下手したら踊ってる最中に倒れるんじゃないかって思ってたほどだった。
「別に、礼を言われる事じゃないでしょ。目の前で倒れられたら目も当てられないし。それにオレもさっさと帰りたかったから」
そういうルキ様はいつもより心ばかり優しさを含んでいる気がした。そうしているとルーク様が馬車に乗り込み私の隣に座る。
途中で帰らせちゃった事怒ってないかな……。
「あの〜…ルーク様。怒ってないですか?」
ちらりと視線を向けてみるけど、よくわからない。
「別に、怒らせるような事をしてねぇだろ」
途中で退場しちゃった事が怒らせる事じゃなかったならよかったけど、普通は良くない。
体調くらい自分でしっかり管理しなきゃいけないのに。
たぶん今日のこれは、踊りきる為の体力もあまりなく、慣れない人の中に入っての人酔いもあるけれど、大多数を占めてるのが寝不足からくる体調不良だろう。
こんなことまであの頃の自分を引き継いでいるなんて、不幸以外ないと思う。
そんな事を思い出していると余計に気分が悪くなってきた。
「何してんだよ、気分悪いなら横になって目閉じとけ」
そういうとルーク様は私の身体を倒すと自分の太腿の上に私の頭を乗せてくれた。
横になれたおかげか少し気分の悪さも引いてくれる気がする。ルーク様にも優しいところが一応はあるようだ。
言われた通りに目を閉じると、一気に睡魔が押し寄せてきた。
「ルーク様、ありがとうございます」
そう一言言った頃には完全に睡魔に負けて、私は夢の中へと沈んでいってたのだった。
そして今。
「ええっと……睡眠って偉大ですね!万能なる回復薬ですよ!数時間寝たら完全回復するんですから。
あ、あのお店にルキ様が大好きな茶葉が売っているんですよ!早く行ってみましょう!」
「ちょ、お前――」
呆れた視線を振り払うように、私は少し先にある薬屋さんを指差して走った。
これはまた、デジャヴ。
少し走って前を向いた直後に何かに弾かれ尻餅をついてしまった。
「いたた、ごめんなさい」
と言って顔を上げるとそこには。
「おや、またお嬢さんですか。お久しぶりです」
「あなたはあの時の!お久しぶりです!」
そこにいた人は以前もぶつかってしまった品の良い男性だった。自然な動作で手を取り立たせてくれ、そして辺りを見回すと私に視線を戻した。
「また一人ですか?」
「今日はルキ様と一緒です」
「ルキ様とは、貴女の専属の主ですか?」
「私の専属の主ではないんですけど、専属の主のご兄弟です。一人で出歩くのは危ないからって一緒に来てくれる優しい方ですよ」
「ふむ。ですがその彼はどこにも見当たりませんが……」
そう言われ私は急いで周囲を見渡すと確かにルキ様の姿が見えない。夕方の人の多さで突然走ってしまった私が悪いんだけど、ちょっと目を離した隙にはぐれてしまったようだ。
せっかく一緒に来たのにこんなことになってしまって、これはあとで怒られるだろうな。
「私が勝手に走っちゃったから、はぐれちゃったみたいですね」
あははと苦笑すると、彼は突然私の手を取った。
「やはり貴女は彼らの専属を辞めて私の元へ来るべきです」
じっと見つめられ思わず視線を逸らしてしまう。
というかこんな道のど真ん中で勧誘は結構困ると言いますか。
そもそも私は他へ行くつもりは無いって前に言ったはずなんだけど。困ったなぁ。
そう思って少し考える。
もう逃げるが勝ちでいくしかないか。
「ぶつかって申し訳ございませんでした!
それでは失礼します」
勢いよく頭を下げて、そのままその場を去ろうとしたところで再び腕を掴まれる。
「それはいけませんね。自ら来て欲しかったところですが、どうも上手くいきませんね。ですが専属の主がこちらにいないのでしたら問題ありませんね、ヴァンパイアの掟により罪人の貴女を私の屋敷の下僕として迎え入れましょう」
そういう仄暗く光る彼の瞳に背筋が凍った。
これ絶対に行ったら死亡ルートあるいはロクなことにならない気がする。
「困ります、待ってください!私はウィリアス家の下僕なので他の家には行きません!そもそも他へ行くつもりはないと言ってるじゃーー」
腕を必死に振り払おうとするもびくともしない。
「ああそちらの家に縛られている契約は大丈夫ですよ。下僕個人で掟に反せば死がもたらされますが、これはヴァンパイアの掟に従い、罪人である貴女を被害者のヴァンパイアである私が裁くというものですから、貴女の所有権が私に移るんですよ。本契約前は制約が色々ありますがそれさえクリアしてしまえば問題ありません」
そういうと私の腕を引き自分の元へ引き寄せた。
罪人罪人って確かにぶつかったのは私だけど、多少はお互い様な気もする……貴族社会?ヴァンパイア社会主義がこの世界の普通なのだろうけど、元いた世界からすると多少なりとも理不尽だと思ってしまう。
「おや、不服ですか。残念ですがこれを拒否できるのは専属の主だけですが、いない今邪魔できる者はいません」
無意識に私は不満な目を向けていたのか、それでも彼は余裕の笑みを浮かべる。
さらに強く腕を引かれ私はどうすることもできず、ずるずる馬車の方へ向かわされる。
まさか街のど真ん中で人攫いをするとは思ってなくて驚いた。
怖い。
「い、やだ離してください!」
誰でも良い、すぐそこのに見えるリーダさんに聞こえてくれたらと思って大きな声を発してみるけれど、何故だか全く気付いてくれない。
無視しているという感じではないんだけど、全くこちらが見えていないのか、そんな風に見える。
「……ルキ様、助けてください!」
もうダメか。と、どこにいるかも分からない彼に向けて叫んだ。だけどそれは虚しく街中の雑音に飲み込まれてしまうのみだった。
馬車が目の前に迫り抵抗もここまでか、と諦めた時だった。




