第三話 オニギリと迷宮
日本滞在記二日目。
俺は疲れと時差ぼけから泥のように眠っていた。
カーテンの端から溢れる光が眩しい。まだ眠い目を擦るように瞼を細め、時計を見る。
「!!!もう昼じゃないか!しまった!!寝坊した!滞在2日目にして、もう一日の半分を無駄にしてしまった!何と勿体ない!」また【勿体ない】を使ってしまった。
でも仕方がないだろう。何せ日本にいられるのは一週間。その間に東京、京都、大阪を回るつもりなのだから。少しスケジュールを詰めすぎか?幸い総ての予定をチケット予約で固定させた訳ではないので、多少の変更は効くはず。
事前にビリーが彼女との日本旅行でのエピソードは、飽々する程聞かされてきた。だから計画は予定通りには行かないぞ、と警告も受けた。
例えば訪問先を10ヶ所盛り込んだ計画を立てていたなら、そのうち3ヶ所も行けたら御の字だってさ。
それならいっその事、無計画で行き当たりばったりでも同じじゃないか?と思ったね。
でも、ビリーの彼女が言うんだ。計画はあった方が良いって。
だって無計画で行ったら、日本に着いても何処に行ったら良いか分からないでしょ?迷ってばかりいて無駄に時間を浪費するくらいなら、最初から計画通り回ろうとして、結果的に廻れなかった分を次回にリベンジすれば良いんでない?だって。
俺にまたここに来いってか?日本はこんなに遠いのに。
でも一理あるな。実際、今日もまだ2日目だっちゅうに、もう寝坊して半日も無駄にしちゃったし。
ホントなら今日は東京駅と浅草寺とスカイツリーと新宿駅界隈を廻る予定だったが、ホテルのフロントの女性に「スカイツリーは事前予約が必要」って聞いて、今日の予定からは外す事にした。しゃぁない。また今度にするか。
・・・・ってもう、また次も日本に来る気になってる?
いっその事、今日は東京駅も皇居も浅草寺も諦め、新宿界隈一本に絞るか?
そういう訳で昼過ぎにホテルを出て直ぐのコンビニのに入って、遅い朝飯を買い込むつもり。
ビリーや従兄弟たちがあれだけ熱弁した、コンビニオニギリの衝撃と感動を俺も体感してみるか、ってか?
惣菜や弁当が綺麗に陳列されている。その棚の整った商品の置かれた丁寧さから、店員の几帳面さが窺えた。
弁当の棚の上から二番目がオニギリコーナー。梅だのシャケだのツナマヨだの、様々な種類がある。
でも俺には日本語表記の商品では、何がなりやら分からない。
たまたま店員のひとりが、タブレットを片手に棚の商品を手に取りながら『ピッ!』と入力しながら近づいてきたので、英語で聞いてみた。
店員は俺を見ると少したじろいだ様子だったが、一礼してバックヤードの奥から別の店員を連れてきた。彼は英語が堪能なようで、慣れた様子で「如何しましたか?」と聞いてきた。
俺は何を思ったか「I’m hungry!」と訴えてしまう。
英語が通じない非日常が、らしくない緊張感を産んだのか、テンパってバカな受け答えをしてしまった。
俺は焦って吃りがちになり、『お、俺は、俺は飯が喰いたいんだ。ここのオニギリはどれに何の具が入ってるんだ?』と聞く。
店員はクスッ!と笑い、「これは梅で、これはシャケで・・・・」とひとつひとつ英語で説明する。
結局全部聞いた筈なのに、上の空で覚えていない。
仕方ないからそこいらにあるのを適当に見繕ってオニギリ3個と、別の場所にある飲み物庫の扉を開け、ペットボトルのコーヒーを選ぶ。
レジカウンターに持って行くと、店員が「キャッシュ?orカード?」と聞く?
俺はVISAカードを示し、目の前の機械に差し込んだ。
店を出て少し歩くと、幸いにも街の片隅に流れる小さな川の横に設置されたベンチを見つけた。
「ラッキー!」
迷わずそこに座り、袋からオニギリをひとつ取り出してみる。
「ん?どうやって喰うんだ?」三角に包装された袋に苦戦する俺。
そう言えば、ビリーの彼女が言ってたっけ。コンビニオニギリの包装には開け方とコツがあるって。
忘れてた!店を出る前に店員に聞いときゃよかった。
後悔先に立たず。
悪戦苦闘していたら、たまたま通り掛かりの女子高生三人組が近づいて来る。
そして見かねたのか、俺に声をかけてきた。どうやらオニギリの開け方を教えてくれるらしい。
「こうして袋のてっぺんの矢印を下に引っ張り、二つに裂けたら、袋の左右両端を両手で掴み左右にゆっくり引っ張る。中の海苔が中心に残るように注意して。そうそう!上手!
袋が取れたら手で海苔を本体のご飯にくっつけたまま、『アム!』って食べる。そうそう、外人さん上手ね!」とケラケラ笑いながら褒めてくれた。
その屈託ない笑顔がたまらなく可愛い!両脇の二人の同調のリアクションも。
思わずのぼせ上がり「お礼に一個あげる」って言ったら「ウケる!」って言いながら明るく笑い合い何も受け取らず三人とも去っていった。
「!!!これは酸っぱい!梅だな?こりゃ。こっちはツナマヨ?何て美味いんだ!癖になりそう。」
ホントに癖になってしまった。(帰国してもツナマヨオニギリを必死で探す自分がいた)
腹ごしらえが終わると、一番近い駅を目指す。
スマホのGoogleマップを開き、駅に向かって歩くと、10分ほどで着いた。
従兄弟が言っていた通り、SuicaやPASMOは便利だとつくづく思う。
改札ゲートにかざし、『ピッ』という音を聞くと、何だか自分が文明人になった気分だ。この優越感!立ち止まらず改札を通過しただけなのに、思わず顔がニヤけてくるのが分かる。
駅の構内はこんなに混雑しているのに、不思議と誰ともぶつからない。案内表示も分かり易く、直ぐに新宿方面乗り場のホームに続くエスカレーターに乗れた。
エスカレーターがホームに着く前に電車が出発してしまう。しまった!
乗り遅れたか!残念!
と思ったら、電光掲示板には次の電車が5分後に来ると?何でやねん、早過ぎ!!
しかもホントに5分後に着いた!
滑るように止まり、ドアが開く。
空港から来る時もそうだったが、ドアが開いても誰も我れ先に乗り込もうとしない。
まず、降りる人が先!って徹底されているみたい。
順番に乗り込み、空いている席が次々埋まっていく。俺は立ったままでもいいや。と思っていたら、何故か自分の前にだけひとり分の席のスペースが空いていた。またまたラッキー!俺は到着の新宿駅まで座る事ができた。
何て俺は幸運なんだろ!
幸先良い旅の進行にひとりほくそ笑んでいた俺。
でも、この日の幸運はここまでだった。
新宿に到着し、駅のホームに降り立ったが、さて、何処に向かえばいいんだ?
ひとまず降りた人の流れに乗っかり、生まれて初めて(?)集団行動に流された。
人の波はそのまま階段を登り、頂上で左右に分かれる。
俺はどっちに向かえばいいんだ?解らずに、とっさに右の列に任せてみた。
だが、これは何処にいくんだ?俺は何処に行きたいんだっけ?
迷った挙句、来た道を引き返す。今度は人の波に逆らう俺。
散々迷走した挙句、迷子になってしまった。・・・いい歳して・・・。
俺が行きたかったのは何処だっけ?
あれ?西口方面の案内板がある。ひとまずそっちに行ってみるか。
また人の流れに沿って歩いてみる。しかし、どこまで行っても西口の出口に出られない。
段々疲れてきた。仕方ないから西口は諦めて東口に行ってみよう。
踵を返して反対方向に歩く。
あれ?あれあれ?
東口は何処だ?途中、「何とか線」、「何とか線」入り口改札が幾つもあって、行く手を遮られる。
そいえば思い出した!何かの本で、世界で一番利用客が多いのは新宿だったって事。しかも駅構内は各路線が集中、極めて複雑な迷路だという悪魔の評判が。
ウソだろ?初めて行った客は必ず迷うってコメントがあったっけ。
もっと酷いのは「私はあの地獄の迷宮から出られず、脱出するのに2年もかかった(冗談:笑)」なんテェのも。
だが今の俺の状況は冗談とか、(笑)とか言ってる場合じゃない。
ホントに2年も迷子になっちまったらどうしよう?
正直、泣きそうになった。「え?だいの男のくせに」だって?
クソ喰らえ!
もうクタクタになってプライドを捨て降参した。
やっと見つけた駅員に、恥を忍んで一番近い出口を聞いた。
駅員は最初、指で方向を示そうとしたが、俺が外国人であると気を取り直し、ついて来いと身振りで伝えてきた。
俺は素直にノコノコついて行く。
やがて駅の外の出口が見えると、俄然元気が出てきた。
駅員は笑顔で行ってらっしゃいと丁寧にお辞儀をしてくれた。
それを見て、またまた俺は泣きそうになった。
駅を出て暫く歩くと『ゴールデン街』のアーケードが見えてきた。
あぁ、飲み屋街か。疲れたし、一休みを兼ねてどっかの店に入るか。
そぞろ歩きをしていると、俺と同じアメリカ訛りの英語が聞こえてきた。ひときわ賑やかな一角。
こんな時、いつもの俺なら同郷者のいる所は避けるのだが、今回は例外だ。
俺はあまりにこの国の事を知らな過ぎる。ここで情報を仕入れておくのも悪くないか。
しかしこの飲み屋街は活気があるなぁ。
一般に都会の喧騒というが、この国の街の中はその行き交う人の多さや車の多さの割に、静か過ぎるのだ。東京と俺の国のニューヨークやロスとは全然違う。
そう、今まで感じた違和感の正体は、街中のクラクションが全く聞こえない事。
歩行者たちは無駄話を全くしない。
そういえば、電車の中もそうだった。
そして人々が当然のように備えている礼節とリスペクト。
何だかこの国全体が、見えない力とルール、そう、安全で優しく、温かい規律で動いているみたいだ。そしてそれが当たり前に機能している。しかも、その事実をこの国の人間たちは誰も自覚・意識していないようだ。これが当たり前なのだろう。
俺の国とはまるで正反対に思える不思議の国。
それにしても、このゴールデン街の飲み屋は別世界の中の別世界。
こんな所で同郷人なんかとは話したくなかったが、(だってこんな所でまで知らない同郷人と馴れ合いたくないだろ?奴らと俺様は別!一緒にして欲しくないし)(旅の恥はかき捨て)ほろ酔い気分でたちまち友達になり、色々聞き出し、明日に備えた。
さて、明日はどうなる事やら。
つづく




