第54話「神話級の舞」
世界中の遠見の水晶が、一つの戦場を映し出していた。
荒れ果てた大地の中央で、二人が向かい合っている。長い年月を封印の中で過ごしても、ザルグレスの力は衰えていない。これまで各国が送り込んだ精鋭部隊でさえ、彼に本気を出させることすらできないまま退けられていた。
その正面に立っているのは、かすみだった。
二人はしばらく言葉を交わさなかった。互いの視線だけがぶつかり、その間を風が抜けていく。地面に残された戦いの跡から砂埃が舞い上がっても、どちらも目を逸らさない。
先に動いたのは、ザルグレスだった。
四本の腕が持ち上がる。それぞれの手には、巨大な剣、長柄の槍、戦斧、鋭い刃を持つ武器が握られていた。四つの武器が異なる角度から構えられただけで、戦場に漂っていた空気が張り詰める。
「……あれが、ザルグレス」
遠見の水晶を見ていた者の一人が、息を呑んだ。
その声を聞くこともなく、かすみは二本の聖剣を抜いた。
勇者だけが扱うことを許された特別な剣。本来なら同じ場所に揃うはずのない、異なる二つの世界の聖剣だった。第七十八世界と第百八世界、それぞれで得た宝具・武具・加護などを、自らの力で一振りへ統合して生み出した二本の剣。左右の手に握られた刀身が光を受け、白く輝く。
「あなたが、ザルグレスね」
「ああ」
ザルグレスの目が細くなった。
「来い」
二人の姿が消えた。
轟音とともに、聖剣と巨大な剣が正面からぶつかった。
弾けた衝撃が地面を走り、かすみの足元から亀裂が伸びていく。かすみは踏みとどまり、押し込んでくる剣を受けた。
その直後には、すでに別の腕が動いていた。
槍の穂先が喉元へ一直線に迫る。
かすみは身体を捻った。槍が頬のすぐ横を抜け、風圧が髪を跳ね上げる。かわした身体が戻るより先に、今度は戦斧が横から薙ぎ払われていた。
二本の聖剣を合わせて受ける。
腕に凄まじい衝撃が伝わった。
まともに押し返そうとはせず、かすみは身体の向きを変えながら力を逃がし、戦斧を外側へ弾いた。そのまま身体を低く沈めると、頭上を四本目の武器が通り過ぎていった。
一つを防げば、その動きによって次の攻撃が来る。
槍をかわした先には戦斧があり、戦斧を外せば別の刃が待っている。四本の腕はそれぞれ別の軌道を描いているのに、攻撃そのものはばらばらではなかった。一つの武器で相手の逃げ道を狭め、そこへ別の腕が入り込む。さらに動けば三つ目が待ち、その隙を四つ目が塞ぐ。
四本すべてが、一つの意思に従っていた。
かすみの目が、その動きを追う。
槍を逸らし、戦斧をかわす。続いて迫った刃を紙一重で外した瞬間、初めてザルグレスとの距離が開いた。
そこへ留まらず、かすみは前へ出た。
ザルグレスの懐へ踏み込み、聖剣を振り上げる。
待ち構えていたように、巨大な剣が横から迫った。
金属同士が激しくぶつかり、二人の武器が噛み合った。
かすみは押し合わない。
腕から力を抜いた瞬間、それまで聖剣を押していたザルグレスの巨大な剣がわずかに前へ流れた。
かすみが一歩入る。
返した聖剣がザルグレスへ走る。
その刃を、残る二本の腕が受け止めた。
かすみは止まらなかった。防御に使われた武器と武器の間へ、もう一本の聖剣を滑り込ませる。
剣がぶつかり、槍が空気を裂いた。戦斧が地面を削り、跳ね上がった土の向こうから別の刃が迫る。かすみが首を傾けると、その切っ先が髪の先をかすめて通り過ぎた。
同時に、かすみの聖剣が一本の白い線となって走った。
四本の腕が、それぞれ異なる軌道を描く。
その隙間を縫うように、二本の聖剣が入ってくる。
ザルグレスが一歩進めば、かすみも退かずに踏み込んだ。かすみが身体を捻って死角へ入ろうとすれば、ザルグレスは四本の腕の角度を変え、そこへ新たな刃を置く。
互いが次にどこへ動くのかを読み、その先へ武器を送り込む。
一度生まれた攻防が途切れない。
二人はほとんど同時に大地を蹴った。
身体が高く舞い上がり、空中で交差する。
二本の聖剣と四つの武器が激突した。
一度ではない。
身体がすれ違うわずかな時間の中で、刃と刃が幾度もぶつかり合う。重なった金属音が一つの轟音となり、衝撃に押された空気が地上へ叩きつけられた。
次の瞬間、二人は離れた場所へ降り立った。
周囲の大地には、戦いによって刻まれた傷が幾筋も走っている。
遠見の水晶を見ていた人々は、いつの間にか声を失っていた。
剣がぶつかるたびに息を呑み、ザルグレスの刃がかすみの身体をかすめれば、水晶の前で小さな悲鳴が上がる。それでも、誰一人として目を離さなかった。
四本の腕から繰り出される、絶え間のない攻撃。
その間を縫い、受け、かわし、流しながら次の一撃へ移る二本の聖剣。
攻撃と防御の境目さえ、次第に分からなくなっていった。
ザルグレスが振るった刃をかすみが受け、その力を利用して身体を回す。回転とともに聖剣が迫れば、ザルグレスは戦斧の柄で受け止め、空いた腕から槍を突き出す。かすみは聖剣の腹で穂先を滑らせ、その勢いのままザルグレスの横へ抜ける。
追うように巨大な剣が振り下ろされた。
かすみがかわす。
大地が砕ける。
舞い上がった土の中から、かすみが再び踏み込む。
二本の聖剣と四つの武器が、休む間もなく入れ替わっていった。
いつしか、その光景は戦場に生まれた一つの舞にも見えた。
「これが……」
ようやく、誰かが声を漏らした。
「神話の戦い……」
水晶の向こうで、戦神と勇者はなおも刃を交えていた。
かつて神として世界を守った戦神と、歴代最強の勇者。
本来なら決して交わることのなかった二つの存在が、今は同じ戦場で互いの力をぶつけ合っていた。
ザルグレスが笑った。
「……いいな」
その声には、久しく得られなかったものをようやく見つけたような響きがあった。
かすみは答えない。
二本の聖剣を握り直す。
その目に怯えはなかった。迷う様子もない。ただ目の前にいるザルグレスを見据え、右の聖剣をわずかに引く。
ザルグレスも四本の腕を構え直した。
互いの足が大地を蹴る。
二本の聖剣と四つの武器が再び激突した。
衝撃に大地が震え、弾けた力が空気を裂く。その轟音は戦場から遠く離れた場所にまで響いていった。
世界中の遠見の水晶には、二人の姿が映り続けていた。




