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神々に願った、たった一つの愛  作者: 狹霧
第9章 「戦神ザルグレス」
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第52話「失われたお茶会」

お茶会の数日前から、譲は朝になるたび残りの日数を確かめていた。その日も椅子に腰を下ろすと、覚えたばかりの作法を思い出すように背筋を伸ばした。

「もうすぐだね、お茶会」

その日も嬉しそうに言う譲を見て、かすみは柔らかく笑った。

「うん。楽しみだね」

「ぼく、ちゃんとできるかな」

「大丈夫だよ」

「ほんと?」

「うん。譲なら大丈夫」

その言葉を聞くと、譲はほっとしたように笑った。

初めて参加するお茶会だった。親しくなった貴族たちと一緒にお茶を飲みながら、いろいろな話をする。その日のために、椅子に座る姿勢も、お茶の飲み方も、相手との話し方も練習した。

何を話そうかと考える時間まで、譲には楽しかった。

けれど、その日のうちに予定は変わった。

ザルグレスの復活によって、世界中が混乱していた。各国の精鋭部隊が動き出し、各地で対応に追われているという知らせは、辺境で暮らす譲とかすみのもとにも届いている。

そして、お茶会を開く予定だった貴族たちからも連絡が届いた。

「……お茶会、中止?」

知らせを聞いた譲は、しばらく動かなかった。

かすみが静かに頷く。

「うん」

譲はやがて顔を上げた。笑おうとした口元が、少しだけ歪んだ。

「……そっか」

譲は手元へ視線を落とした。

何日も前から待っていた。作法を覚えようと何度も練習して、分からないところがあればかすみに聞き直した。当日はどんなお茶が出てくるのだろう、みんなと何を話そう、そんなことも考えていた。

かすみと一緒に出かけることも楽しみだった。

それが、なくなった。

「……残念だね」

譲の声は小さかった。

かすみは何も言わず、その顔を見ていた。

「せっかく、楽しみにしてたのにな……」

「うん」

「みんなとお話したかった」

「うん」

かすみは否定しなかった。

楽しみにしていたのだから、残念に思っていい。準備をしている譲を何日もそばで見てきたかすみには、無理に納得させるような言葉をかけることもできなかった。

譲はしばらく俯いていたが、やがて少し寂しそうに笑った。

「仕方ないよね」

窓の外では、いつもの道を人が歩いていた。家々の屋根を夕日が染め、遠くで荷車の車輪が鳴る。この町だけを見れば、昨日とほとんど変わらない。

その変わらない景色の外で起きたことが、譲の楽しみにしていた一日を消してしまった。

世界中が大変なことになっている。

そんなときに、お茶会を開いている場合ではないことくらい、譲にも分かっていた。中止にした人たちが悪いわけでもない。

頭では、ちゃんと分かっている。

それでも、楽しみにしていたものが急になくなってしまった寂しさまで、一緒になくなるわけではなかった。

譲は窓の外へ目を向けた。

世界中が混乱していると聞いても、譲にはまだ、その騒ぎが遠くで起きていることのように思えた。

ただ、その遠くで起きている何かのために、楽しみにしていたお茶会がなくなった。

食卓の端には、作法の練習に使っていた器が置いたままになっていた。

かすみは譲のそばへ寄り、何も言わずにその背中へ手を添えた。

譲は小さく息を吐き、その手に少しだけ寄りかかった。

「……今日は、もう休む」

「うん。ゆっくり休もう」

譲は頷き、自分の部屋へ向かった。

ベッドに入って布団をかぶる。

いつもなら眠る前にも、あと何日だろうと考えていた。お茶会で何を話そうか、どんなお茶が出てくるのだろうと想像しながら眠ることもあった。

譲は枕に顔を埋める。

「……楽しみだったなぁ」

誰かに聞かせるつもりはなかった。

目を閉じると、覚えたばかりの作法が浮かんできた。椅子に座って背筋を伸ばしたこと、お茶を持つ手を何度も確かめたこと、分からなくなってかすみに聞いたこと。

そのたびに、かすみは教えてくれた。

当日は二人で出かけるはずだった。

みんなとお茶を飲んで、話をするはずだった。

譲は布団の中で少し身体を丸めた。

「……おやすみ」

しばらくすると身体から力が抜け、呼吸が少しずつゆっくりになっていった。

静かな部屋に、譲の寝息が聞こえ始めた。


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