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神々に願った、たった一つの愛  作者: 狹霧
第9章 「戦神ザルグレス」
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第51話「神話の大悪魔、復活」

お茶会の日を数日後に控えた、ある日のことだった。

世界の片隅に、長い年月を人の目から遠ざかるように建っている小さな祠があった。訪れる者はほとんどなく、何が封じられているのかを知る者も、今ではわずかしか残っていない。

その祠を覆っていた封印に、突然、一本の亀裂が走った。

初めは細い筋にすぎなかったものが、瞬く間に枝分かれしながら広がっていく。長い年月を耐えてきた封印が軋み、祠の周囲では空気まで震え始めた。

その場にいた者たちにも、何かが起ころうとしていることだけは分かった。

理由を確かめている余裕はなかった。亀裂が広がるにつれて震えは強くなり、人々は祠から距離を取り、やがて逃げるようにその場を離れていった。

次の瞬間、封印が砕けた。

大地を揺るがす衝撃とともに、祠の屋根が崩れ、壁が砕け落ちる。舞い上がった土埃の奥で何かが動き、崩れた石材を踏み越えて、四本の腕を持つ一人の男が姿を現した。

長い年月を封じられていた存在。

かつて神として生き、自ら神の座を捨て、天界、人間界、魔界を渡りながら強者を求めて戦い続けた男。

崩れた祠の前で、ザルグレスは足を止めた。

ゆっくりと周囲を見渡す。

何千年ものあいだ閉ざされていた場所には、人の気配も、戦いの気配もない。聞こえるのは崩れた石が転がる音だけだった。

ザルグレスは片手を持ち上げ、確かめるように拳を握った。指を開き、もう一度握る。身体に異常がないことを確かめると、それ以上そこに留まることなく歩き出した。

祠から遠ざかっていく足取りに、迷いはなかった。

封印が破られたことで生じた異変は、遠く離れた場所にまで伝わっていた。

大地が揺れ、空気が震え、各地でこれまでにないほどの力が観測された。突然の異常に各国は対応を迫られ、何が起きたのかを確かめるため、次々と報告が集められていった。

「何が起きている!?」

「封印が……破られた!?」

「まさか……あの伝説の……?」

調査が進むにつれ、古い文献に残されていた一つの名前が報告の中に現れた。

かつて世界を恐怖に陥れ、神々の手によって封じられた大悪魔。

ザルグレス。

その名を知る者たちは、報告を聞いた途端に顔色を変えた。

「大悪魔が……復活した」

知らせは瞬く間に各国へ広がった。

王国も帝国も、その他の国々も例外ではない。どの国も警戒を強め、ザルグレスを止めるため、持てる戦力を集め始めた。鍛え上げられた騎士、名の知れた魔導師、強力な武器を扱う戦士。魔導帝国の魔導戦車。それぞれの国が誇る精鋭たちが招集され、次々と部隊が編成されていった。

そのうちの一つが、進み続けるザルグレスの前に立ちはだかった。

「奴をここから先へ進ませるな!」

号令とともに、数え切れないほどの精鋭がザルグレスを取り囲んだ。

武器を握る手には力が入り、誰もが目の前の男から視線を逸らさない。伝説に残る大悪魔を前に緊張していない者などいなかったが、それでも彼らには自信があった。

ここにいるのは、各国から選ばれた精鋭たちだ。

一人では敵わないかもしれない。それでも、これだけの人数がいる。四方を塞ぎ、魔法と武器を同時に叩き込めば、いくら神々に封じられた大悪魔であろうと押し切れる。

ザルグレスは、周囲を埋め尽くす兵士たちを見渡した。

構えた。

それだけだった。

次の瞬間、大地が爆ぜた。

「――ッ!?」

兵士たちの視界からザルグレスの姿が消えた。

目で追えた者はいない。

次に彼らが捉えたのは、隊列の中央を一気に走り抜けた凄まじい衝撃だった。兵士たちの身体が次々と宙へ投げ出され、握っていた剣や槍が地面へ転がる。後方で魔法を放とうとしていた者たちも、詠唱を終えるより先に吹き飛ばされた。

「囲め!」

「魔法を撃て!」

戦いが始まって間もないうちに、地面は倒れた兵士で埋まった。

崩れた隊列を立て直そうと、兵士たちが動く。

無数の魔法がザルグレスへ向かって放たれ、前衛の騎士と戦士が一斉に踏み込んだ。剣と槍が四方から迫り、その後ろからさらに魔法が飛んでくる。

それでも、攻撃は届かなかった。

ザルグレスは迫る刃をかわし、避けきれない攻撃はその場で受け止める。正面から力をぶつけてきた者には、それを上回る力で押し返した。

魔法が地面を抉り、剣が空を切る。

その間をザルグレスが進んでいく。

一人倒れる。

その隙を埋めようと別の兵士が踏み込めば、その者も押し返される。左右から同時に襲いかかっても止まらない。後方から放たれた魔法も、ザルグレスの足を止めるには至らなかった。

数で囲む。

魔導戦車が砲撃を開始し、砲撃が終わると兵士たちが突撃する。

前衛が動きを止め、後衛が魔法を撃ち込む。

崩れた場所には別の者が入る。

精鋭たちは訓練してきた通りに戦っていた。

それでも、ザルグレスは止まらなかった。

戦いが始まってから、それほど長い時間は経っていない。

すでに地面には、多くの兵士が倒れていた。

「な、なんだ……この力は……」

倒れた仲間たちを見ながら、誰かが呟いた。

一人が後ずさる。

「勝てない……」

その言葉を否定する者はいなかった。

指揮官は歯を食いしばった。

「撤退しろ!」

「無理です! もう部隊が……!」

「それでも下がれ!」

倒れた兵士の一人が身を起こし、遠ざかる背へ剣を向けようとした。隣の兵が、その手首を掴む。

残った兵士たちが倒れた仲間を助けながら後退を始める。

誰一人として、ザルグレスには届かなかった。

そして、同じことは別の国でも起きた。

ザルグレスが進む先へ精鋭部隊が送り込まれ、それぞれの国が誇る戦力をぶつける。騎士が前に立ち、魔導師が後方から援護し、名の知れた戦士たちが隙を狙う。

どの国も、自分たちなら止められると考えていた。

結果は変わらなかった。

騎士も、魔導師も、戦士も、ザルグレスの前では次々と打ち倒されていった。

やがて世界中に、ザルグレスへの恐怖が広がった。

「大悪魔が復活した」

「神々に封じられた存在が戻ってきた」

「誰にも止められない……」

人々はザルグレスの姿を見れば逃げ、各国はさらに多くの戦力を集めようとした。

その騒ぎの中を、ザルグレスは歩いていた。

戦う者が現れれば相手をする。立ちはだかる者がいれば、その者を倒す。

倒れた者を追うこともなければ、逃げていく人々へ向かうこともない。

ただ、行く手を阻む者がいなくなれば、また歩き出した。

人々が彼を大悪魔と呼び、恐れて道を空けていく中、ザルグレスは一度も振り返らなかった。

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