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神々に願った、たった一つの愛  作者: 狹霧
第7章 「母と子」
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第36話「母の気配」

その頃、少し離れた町の冒険者ギルドには、ルビアの姿があった。依頼を終えたばかりで、受付で次の仕事を確認しながら、何気なく掲示板へ目を向けている。

近くにいた冒険者たちの話が耳に入った。

「大魔王討伐の依頼、誰か受けたらしいぞ」

「本当か?」

「女の冒険者だってよ。かなり腕が立つらしい」

ルビアの手が止まった。

「……女?」

聞き返すように呟き、そのまま話していた冒険者へ近づく。

「ねえ。その依頼、誰が受けたの?」

「え? ああ……たしか、かすみって名前だったな」

ルビアの表情が変わった。

「……かすみ?」

聞き間違いではない。

ルビアはすぐに受付へ駆け寄り、依頼を受けた者の行き先を聞き出した。場所を知った途端、顔から血の気が引いていく。

「……まずい」

譲のことを知っている。あの力も知っている。かつて譲と厄災たちが戦うところを見たことがあるからこそ、その力がどれほど常識から外れているのかも分かっていた。

かすみがどれほど強くても、あれと正面から戦えばどうなるか。考えるまでもない。

「かすみ……!」

ルビアはギルドを飛び出した。森へ向かう道を聞きながら、ひたすら走る。間に合わなければならない。その思いだけが頭にあった。


その頃、森の奥では、まだ二人が向かい合っていた。

かすみは剣を構えたままだった。けれど、先ほどまであった戦う意思は、少しずつ薄れている。それを自分でも認めたくなかった。

目の前の少年が、自分より遥かに強い。その事実なら理解できる。問題は、譲を見ていると、なぜか胸の中が落ち着かなくなることだった。

譲も、かすみから目を離せずにいた。敵として現れた女性。自分を討つために来た人。頭ではそう分かっている。なのに、胸の奥では別の感覚が続いていた。

「……なんだろう」

譲は胸元に手を当てる。

初めて会った。名前すら知らない。それなのに、何かを探していたような気がする。ずっと遠くにあったものが、今になって急に近くへ来たような、不思議な感覚だった。

かすみの声が耳に残り、いつのものか分からない感触が身体の奥へ浮かぶ。頭を包む手の温度。眠りに落ちる前、近くにあった柔らかな声。どれも顔や場所には結びつかず、本当にあったことなのかさえ分からない。

「あなた……」

譲が口を開く。

かすみが顔を上げた。

「……なに?」

「ぼく、あなたから変な感じがする」

「変な感じ?」

「うん」

「ぼく、この感じを知ってる気がする。でも、いつだったか分からない」

譲は眉を寄せた。自分でも、どう説明すればいいのか分からない。ただ、かすみを見ていると、胸の中に柔らかなものが広がっていく。

怖いわけではない。嫌なものでもない。むしろ、その反対だった。

「……あたたかい」

かすみの表情が、ほんの僅かに揺れた。

譲自身も、その言葉に戸惑っていた。なぜそんなことを口にしたのか、自分でも分からない。ただ、気づいたときには声になっていた。

しばらく考えたあと、譲はぽつりと言った。

「……お母さん、みたい」

言った本人が、一番驚いた。

「……え?」

譲は目を伏せる。

「違う。ぼく、何言ってるんだろう」

母。

その言葉を思い浮かべても、具体的な姿は出てこない。声も思い出せない。なのに、その言葉だけは不思議なほど馴染んでいた。

かすみは何も言わず、譲を見ていた。少年の顔を見ていると、胸の奥が締めつけられる。理由は分からない。ただ、目の前にいるこの少年を放っておけないような気がした。

二人とも、すぐには言葉を続けられなかった。風が木々を揺らしている。その音を聞きながら、譲は胸に残った感覚を持て余していた。

「……なんでだろう」

誰に尋ねたわけでもない。返事をする者はいなかった。

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