外伝2 第6話「凍える森、海の厄災」
南へ向かう途中、二人は小さな村へ立ち寄った。
「夜になると、森の中に青白い光が見えるんです」
村人が説明する。
「森へ入った動物たちも戻ってきません」
かすみは村の外に広がる森へ目を向けた。木々の向こうには、昼間だというのに薄暗い空気が漂っている。
「調べてみよう」
「そうだね」
二人は森へ入った。
進むほどに空気は冷たくなっていった。最初は肌を撫でる程度だった冷気が、やがて身体の芯まで入り込むほどのものになる。吐く息は白くなり、木々には霜が降り始め、足元の土にも薄い氷が広がって、歩くたびに乾いた音が響いた。
森の奥へ進むにつれて、その変化はさらに激しくなった。木の幹は凍りつき、枝は白く染まり、周囲の草まで硬く凍っている。触れれば、そのまま砕けてしまいそうだった。
やがて、森の奥から巨大な異形が姿を現した。
その身体からは絶えず冷気が溢れていた。一歩動くたびに地面が凍り、近くの木々まで瞬く間に白く染まっていく。冷気は周囲へ広がり続け、このまま放っておけば森だけでなく、村にまで届くことは容易に想像できた。
ルビアが剣を抜き、刀身へ炎を纏わせる。
「これは厄介そうだね」
けれど、かすみは首を横に振った。
「私が戦う」
「かすみ?」
「この冷気が森全体に広がったら、村まで危ない」
かすみは厄災から目を離さない。
「ルビアは村のほうをお願い」
ルビアは一瞬だけ厄災を見て、それからかすみへ視線を戻した。
「……了解」
そう答えると、ルビアは厄災に、最大火力の火炎魔術を叩き込みんだ。
その衝撃で、厄災は後ろに倒れる。
「かすみ、危なくなったら撤退ね」
ルビアは、それだけ言って村へと走った。
かすみは一人、厄災と向き合った。
咆哮とともに冷気が一気に押し寄せる。かすみは地面を蹴ってその場を離れ、直後に飛んできた無数の氷の刃をかわしていく。一つを避ければ、その向こうから次が迫る。氷の刃は木々を次々と貫き、凍った幹を砕きながら地面へ突き刺さった。
かすみは足を止めない。攻撃の隙を見つけて懐へ入り込み、剣を振る。黒い外殻に刃が食い込み、亀裂が走ったが、厄災は怯むことなく腕を振り下ろした。身を翻してかわした直後、地面が凍りつき、その冷気が足元から身体へ這い上がってくる。
動きが重くなった。
かすみはすぐに魔術を使い、風を起こして周囲の空気を動かした。身体を覆う冷気を散らし、わずかに生まれた熱を利用して動きを取り戻すと、再び厄災へ向かう。
ただ斬るだけでは届かない。かすみは攻撃を重ねながら、厄災の動きを見ていた。腕を振るう前のわずかな身体の向き、冷気が強くなる瞬間、攻撃のあとに生まれる隙。その一つ一つを確かめながら、次の動きを読んでいく。
そして、厄災が攻撃へ移った瞬間、かすみは懐へ飛び込んだ。
聖剣が閃き、黒い身体を斬り裂く。これまでの攻撃で生まれていた亀裂が一気に広がり、厄災の巨体が大きく揺れた。
かすみは最後の一撃を振り抜いた。
凄まじい光が森の奥を照らし、厄災の身体が砕けていく。青白い光を残しながら黒い塵へと変わり、それまで周囲を覆っていた冷気も、力を失ったように薄れていった。
かすみは剣を収めた。森には、ようやく静けさが戻っていた。
村へ戻ると、ルビアが待っていた。
「お疲れ様」
「ありがとう」
「無茶するねぇ」
「みんなを守りたかったから」
ルビアは笑って、かすみの頭を軽く撫でた。
「そういうところ、昔から変わらないね」
二人は再び旅を続けた。
やがて辿り着いたのは、海辺の都市だった。港には船が並んでいるものの、そこに活気はなかった。船を見つめる人々の表情は暗く、海へ近づこうとする者もいない。
「沖合に巨大な影が現れたんです」
港の人間が言った。
「船が次々と沈められている」
二人が海を見ると、その瞬間、海面が大きく盛り上がった。
次の瞬間、巨大な異形が海中から姿を現した。巨体が海面を押し上げ、巻き上がった波が港へ向かって押し寄せる。
「いくよ!」
「もちろん!」
二人は海へ向かった。
かすみは水の精霊の加護を使い、そのまま海中へ潜った。水の中でも動きは鈍らない。流れを受けながら厄災へ接近し、剣を振るう。刃が巨体を捉えた直後、厄災が身体を動かし、その動きに合わせるように周囲の海が大きく渦を巻いた。
巨大な海流が生まれ、かすみの身体が流れにさらわれる。海中を大きく吹き飛ばされた。
「かすみ!」
岸からルビアが炎を放つ。炎が海流へぶつかり、膨大な熱が水を押し返した。その隙に、かすみは体勢を立て直した。
「ありがとう!」
「気をつけて!」
かすみは再び厄災へ向かった。
ルビアが炎で海流を抑え、その隙間をかすみが進む。何度も斬り込み、黒い身体へ傷を重ねていく。それでも、海そのものを操るような力を持つ厄災は倒れない。
かすみは一度距離を取り、剣を収めて弓を構えた。水の力が矢へ集まり、周囲の海水が引き寄せられて矢の周りを渦巻いていく。
「これで!」
放たれた矢が海を貫き、厄災の中心へ突き刺さった。巨体が大きく揺れる。
それでも、消滅しない。
「まだ……!」
かすみは弓を収め、再び剣を抜いた。海中を一気に駆け、厄災の懐へ入り込む。全身の力を剣へ込め、そのまま振り抜いた。
一撃が中心を捉え、そこから亀裂が走る。それは瞬く間に巨体全体へ広がり、海を覆っていた力も消えていった。荒れていた波が次第に静まり、巨大な身体が崩れ始める。黒い塵は海へ溶けるように消えていった。
三体目の厄災が消滅した。
かすみが海面へ浮かび上がり、岸へ戻ると、ルビアが笑っていた。
「やったね」
その夜、ルビアのもとへ別の街から急ぎの依頼が届いた。魔物の群れが街道を塞ぎ、救援を待っているという。
「ごめん、かすみ。あたし、次の依頼に行かなきゃ」
かすみは笑顔で頷いた。
「ううん。ルビアも気をつけてね」
「かすみもね」
ルビアが昔と同じように、かすみの頭をぽんと撫でる。
「無茶しすぎないこと」
「分かってるよ」
「ほんとかなぁ」
二人は笑った。
やがて、ルビアは別の街へ向かって歩き始めた。かすみはその背中を見送る。
五年ぶりに再び並んだ旅は、ここで終わる。けれど、寂しさはなかった。五年前とは違う。今の二人なら、それぞれの場所で自分の進む道を歩いていけることを知っている。
「私も行こう」
かすみはそう呟き、ルビアとは反対の方向へ歩き始めた。




