外伝2 第5話「最初の厄災」
再会してから、しばらくの時間が流れた。
久しぶりに並んで歩いているというのに、不思議なほど違和感がない。五年間の空白があったことさえ、二人でいると忘れてしまいそうだった。
「そういえば、かすみ」
「なに?」
「昔より、ちょっと無茶するようになってない?」
「……そうかな?」
「そうだよ」
ルビアが笑う。
「昔から無茶はしてたけどね」
「ひどいなぁ」
そんな話をしながら歩いていると、二人は山間の小さな村へ辿り着いた。
村の様子がおかしい。人々の表情は暗く、家畜は怯えたように身を寄せ合い、森の方角を気にして何度も振り返る者もいる。
かすみは近くにいた村人へ声をかけた。
「何かあったんですか?」
村人は北の山へ目を向けた。
「北の谷に……巨大な怪物が現れたんです」
「怪物?」
「あまりにも大きくて……それから家畜が怯えるようになって、森の動物たちも姿を消しました」
別の村人が続ける。
「谷へ向かった狩人たちも戻ってきません」
かすみの表情が変わり、隣にいたルビアも北を見る。
「かなり危険そうだね」
「うん」
かすみは少し考えてから、北へ視線を向けた。
「見に行こう」
「やっぱりそう言うと思った」
二人は村を出た。
北へ進むにつれて、周囲から音が消えていった。鳥の声がなく、動物の気配もない。木々の間には荒らされた跡が残り、地面には大きな足跡がいくつも刻まれていた。谷へ近づくほど地面を伝わる振動も強くなり、普通の魔物ではないことが歩いているだけでも分かる。
やがて谷の奥へ辿り着くと、二人の前に巨大な異形が姿を現した。
巨大な身体に黒い外殻、太い腕と鋭い爪。その巨体が一歩動くたびに地面が沈み、周囲の岩が細かく震える。身体を覆う黒い外殻は岩のように硬く、その厚みを見ただけでも、普通の剣では傷をつけることさえ難しそうだった。
「……大きいね」
ルビアが剣を抜き、かすみも剣を握る。目の前の存在を見つめながら、かすみが静かに口を開いた。
「厄災だ」
ルビアの表情が変わる。
「だったら、倒さないとね」
厄災が二人を見た。次の瞬間、咆哮が谷全体を震わせた。空気そのものが押し返されるような衝撃に周囲の木々が大きく揺れ、そのまま巨大な腕が振り下ろされる。
二人は同時に左右へ飛んだ。直後、腕が地面へ叩きつけられ、岩盤が砕けて大きく陥没する。衝撃は岩壁まで崩し、飛び散った岩が周囲へ降り注いだ。
「すごい威力!」
「ルビア!」
かすみは土煙を抜けて走り、一気に懐へ入り込んで剣を振り抜いた。刃が黒い外殻を捉え、火花を散らしながら硬い表面を削り取る。それでも傷は浅い。
厄災が腕を振るう。その一撃は、かすみがいた場所の地面ごと抉った。まともに受ければ、剣で防ぐどころか身体ごと吹き飛ばされるほどの威力だった。
かすみが身を翻してかわした直後、ルビアの炎が走った。赤い炎が厄災の腕を包み込み、黒い外殻を焼く。厄災の動きが初めて止まった。
「今!」
「分かってる!」
かすみは崩れた岩壁を蹴って高く跳び、そのまま厄災の肩へ乗った。巨体が激しく揺れる中、振り落とされる前に剣を振り下ろす。黒い外殻に大きな亀裂が走り、直後に厄災が身体を大きく振った。かすみの身体が宙へ投げ出される。
「かすみ!」
ルビアが放った炎が厄災を包み、その熱で周囲の空気まで歪んだ。かすみはその一瞬を使って炎の中を抜ける。
「ここ!」
剣が厄災の中心へ叩き込まれ、先ほどの亀裂が一気に広がった。
それでも、厄災は倒れない。傷を負わせてもなお立ち続ける姿を見れば、村人たちが谷へ近づくことすら恐れた理由が分かる。普通の冒険者なら、戦う以前に生きて帰ることさえ難しい。
かすみが地面へ着地すると、ルビアが隣へ並んだ。
「最後までいこう」
「うん!」
二人が同時に駆け出す。厄災が再び腕を振り上げ、その動きだけで地面が震えた。先に走ったルビアの炎が厄災の動きを抑えながら二人の進む道を作り、かすみはその隙間を迷いなく駆け抜ける。
互いに何をするのか、言葉にする必要はなかった。五年間をともに戦った時間が、二人の動きを自然に重ねていた。
最後の一撃が、厄災の中心を貫いた。
光が走り、黒い外殻に無数の亀裂が広がる。巨大な身体が大きく揺れ、やがて崩れながら黒い塵へと変わっていった。谷を抜ける風がその塵を遠くへ運び、しばらくすると辺りに静寂が戻った。
かすみは剣を収めた。
「……終わった」
ルビアも息を整えながら笑う。
「一体目、討伐完了」
「うん」
「久しぶりだったけど、やっぱり息ぴったりだね」
かすみは少し照れたように笑った。
「そう?」
「そうだよ」
谷の端には狩人たちのものらしい鞄と弓が残されていた。二人はそれを持ち、周囲と村へ続く道に魔物の気配が残っていないことを確かめてから戻った。
村へ戻ると、人々が二人を迎えた。
「本当に倒したんですか?」
かすみは頷く。
「怪物は倒しました。村へ続く道にも、今は魔物の気配はありません」
人々の表情が和らいだ。ルビアは持ち帰った鞄と弓を村人に渡した。谷の端で見つけたものだが、狩人たちの行方は分からないと伝えると、安堵した顔に心配の色も残った。
「ありがとうございます!」
「本当にありがとう!」
「ううん。少しでも力になれてよかった」
かすみは少し困ったように笑った。その隣で、ルビアはそんな彼女を見ていた。強くなった。有名にもなった。それでも、困っている人を前にすると放っておけない。そういう性格だけは、五年前と何も変わっていない。
村を出たあと、ルビアが尋ねた。
「さて。次はどこへ行こうか」
かすみは南を見る。
「南へ行ってみよう」
「了解」
二人は再び並んで歩き始めた。その背中を、村人たちが見送っていた。




