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神々に願った、たった一つの愛  作者: 狹霧
第6章 「最強の勇者と厄災」
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第34話「大魔王と勇者」

西の大陸から戻ってきた旅人たちは、どこへ行っても同じ話をしていた。

十五体の厄災が集まっている。村を襲い、町を支配し、悪魔や魔物たちまでもが、その前に従っているという。

話が広がるにつれて、人々の想像も膨らんでいった。十五体もの厄災を従える存在は、いったい何を考えているのか。西の大陸では何が起きているのか。

誰も答えを知らない。

そんな不安が広がる一方、東の大陸では別の噂が人々の間を駆け巡っていた。「譲」という少年の話だった。

山で七体の厄災を倒したという。

ルビアが目にした光景を思えば、それだけでも十分に恐ろしい話だった。山は崩れ、岩は砕け、木々は倒れた。その破壊の中心にいた少年だけが、傷一つ負わずに立っていた。

噂だけを聞いた人々は、少年の姿を知らないまま恐れた。どんな怪物なのか。どれほど残酷なのか。何を目的としているのか。姿の見えない存在ほど、人の想像は勝手に大きくなる。

七体の厄災を倒した話とともに、すでに知られていた一つの呼び名が、さらに広がっていった。

大魔王。

その名前が口にされるたび、人々の頭の中には、それぞれの恐ろしい姿が浮かんだ。世界を支配する存在。人間には理解できない力を持つ怪物。そうしたイメージだけが、譲の意図とは関係なく広がっていく。

当の譲は、その噂がどれほど大きくなっているかも知らずに歩いていた。道の途中で花を見つければ足を止めることもあり、翼を傷めた鳥を見つけたときには、しゃがみ込んで傷を治し、飛び立つまで見送ったこともある。そして、ときどき誰もいない道の先を見つめた。

母親がいるかもしれない。

そんな思いが、胸の奥に残っているからだった。

譲が求めているものは、世界の支配でも、誰かを従わせることでもない。

ただ、母に会いたい。

それだけだった。


一方、別の土地では、人々が一人の少女を囲んでいた。

「勇者様!」

「どうか私たちの街を守ってください!」

「王国の騎士になっていただけませんか!」

次々に声を掛けられ、かすみは困ったように笑っていた。

世界最強の勇者。厄災を倒し続ける英雄。

人々が口にするその名は、いつしか大きな期待を背負うようになっていた。かすみが町へ入れば人々は安心し、剣を携えて歩けば子供たちは憧れの目を向ける。中には、強さだけではなく、その隣に立ちたいと願う者までいた。

「結婚してくれませんか!」

頼みを断っても、次の者が前へ出る。子供たちは剣を持つかすみを見上げ、大人たちは彼女がいるだけで安心した顔を見せた。

「ごめんね」

かすみは笑って首を振った。

「わたし、探してる人がいるから」

そう言うと、人々が少し驚いた顔をする。世界最強の勇者が、いったい何を探しているのか。

けれど、かすみはそれ以上を語らなかった。

町を出て、人影のまばらな道で、ふと足を止める。遠くを見つめるその目は、人の姿を探しているようだった。

「……どこにいるのかな」

その声には、勇者としての威厳などなかった。

ただ、一人の母親が息子を想う声だった。

道の向こうを、母に手を引かれた子が夕日を背に歩いていた。かすみは二つの手が重なるのを見送り、自分の空いた手を見下ろした。

世界は、かすみを「勇者」と呼ぶ。けれど本人にとって一番大切なのは、勇者として何を成し遂げるかではない。

息子に会うこと。

それだけだった。


同じ頃、譲もまた一人で歩いていた。

譲は「大魔王」という呼び名を耳にしていたが、人々の恐れがどれほど大きいかは知らず、ただ道の先を見ながら歩いていた。

母に会うために。

夜、人里から離れた譲は薪を集め、小さな火へ手をかざした。

世界から見れば、二人は正反対だった。

かすみは人々に愛され、「世界最強の勇者」という称号を与えられている。譲は人々に恐れられ、「大魔王」という名を付けられた。

けれど、その呼び名が二人の本質を表しているわけではない。

勇者と呼ばれるかすみが探しているのは、一人の息子だった。大魔王と呼ばれる譲が求めているのは、一人の母親だった。

世界が見ている二人と、二人自身が求めているものは、あまりにも違っていた。

そして二人は、まだ知らない。

かすみが探している息子と、譲が探している母親。その二人が、この同じ世界にいることを。

今日もかすみは、息子を探して歩く。

今日も譲は、母を探して歩く。

世界は二人を、勇者と大魔王と呼んでいた。

けれど二人にとっては、そのどちらも本当の自分ではなかった。

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