第31話「五つの厄災」
かすみとルビアが旅を続けていたある日、二人は山間にある小さな村へ立ち寄った。
村へ入った瞬間から、どこか空気が重かった。家畜は怯えた様子で身を寄せ合い、村人たちは北の山を気にするように何度も振り返っている。
「何かあったんですか?」
かすみが尋ねると、近くにいた老人が北の谷を指差した。
「数日前から、あそこに化け物が出るようになったんだ。様子を見に行った狩人も戻ってこない」
「どんな化け物?」
「分からん。ただ、普通の魔物じゃない」
かすみは北の山を見つめた。隣にいたルビアも腕を組み、老人の話を聞いている。
「行ってみる?」
「うん」
二人は村を出て、谷へ向かった。
奥へ進むにつれて鳥の声が少しずつ消えていき、やがて岩陰から巨大な異形が姿を現した。黒い外殻に覆われた身体は人間の何倍も大きく、腕が動くだけで周囲の岩が震え、足元の小石が転がった。
かすみが剣を抜く。
ルビアも炎をまとわせた剣を構えた。
「じゃあ、さっさと片付けようか」
厄災が咆哮し、巨大な腕を振り下ろした。二人が左右へ散った直後、拳が地面を叩きつけて岩盤が砕ける。舞い上がった土煙の向こうからルビアが炎を放ち、その熱が厄災の動きを鈍らせた隙に、かすみは懐へ入り込んで剣を深く食い込ませた。黒い外殻に亀裂が走っても厄災は倒れず、かすみは一歩も退かないまま体勢を整え、もう一度剣を振り抜いた。
巨体が崩れ、黒い塵となって消えていく。
「一体目」
かすみが剣を収めると、ルビアが笑った。
「相変わらず無茶するねぇ」
「ルビアが隙を作ってくれたから大丈夫だったよ」
「そういうことにしとこうか」
数日後、二人は別の村を訪れた。そこでは夜になると森の奥が青白く光り、近づいた動物が凍りつくという。村人たちに案内されて森へ入ると、木々の枝が白く染まり、吐く息まで凍っていった。森の奥へ進むほど冷気は強まり、その中心に厄災の姿があった。
「これは私が行く」
かすみがそう言うと、ルビアは眉を上げた。
「一人で?」
「この冷気が村まで届いたら危ないから。ルビアはここで待ってて」
少し考えたあと、ルビアは頷いた。
「分かった。でも、無理だと思ったら戻ってきなよ」
「うん」
森の奥で待っていたのは、全身から凍気を放つ厄災だった。姿を捉えた途端、氷の刃が次々と飛んでくる。かすみは炎をまといながら走り、迫る刃を紙一重でかわしていった。炎に包まれていても冷気は身体へ入り込み、指先から感覚を奪っていく。それでも足を止めず、少しずつ距離を詰めた。
最後の攻撃をかわした瞬間、かすみは聖剣を振り抜いた。凍りついた身体に亀裂が走り、そのまま砕け散るように崩れていく。
二体目の厄災が消滅した。
森の外へ戻ったかすみを見て、ルビアは大きく息を吐いた。
「無茶するね、本当に」
「ごめん」
「謝るくらいなら、最初からもう少し大人しくしてよ」
そう言いながら、ルビアはかすみの頭を軽く撫でた。
「でも、無事でよかった」
さらに旅を続けた二人は、海辺の都市へ辿り着いた。沖合には巨大な影が現れ、船を次々と沈めているという。港へ着いた直後にも海面が持ち上がり、大きな波が岸壁を越え、二人の足元まで海水が押し寄せた。
「これは二人でやらないとね」
ルビアが剣を抜く。
「うん!」
かすみは海へ飛び込み、水の中を進んでいった。巨大な厄災が海流を巻き上げるたび、ルビアが岸から炎を放って流れを押し返し、海中に生まれた隙を逃さず、かすみは何度も攻撃を仕掛けた。
やがて水の精霊の力を矢へ集め、弓を引き絞る。放たれた矢は海を貫いて厄災の動きを止め、かすみはその瞬間を逃さず一気に距離を詰めて剣を振り抜いた。
巨大な身体が崩れ、海を覆っていた力が消えていく。港に静けさが戻った。
「三体目」
海から上がったかすみに、ルビアが手を差し出した。
「お疲れ」
「ありがとう」
その夜、ルビアのもとへ一通の知らせが届いた。別の街で魔物の群れが現れ、討伐に向かってほしいという依頼だった。
「ごめん、かすみ。あたし、こっちへ行かなきゃ」
「うん。気をつけてね」
「かすみもね。あんまり無茶しないこと」
「分かってるよ」
ルビアは笑って、かすみの頭をぽんと撫でた。
「じゃあ、またね」
「うん。またね!」
二人はそこで別れ、それぞれの道へ進んだ。
一人になったかすみは北へ向かい、山岳地帯へ入った。そこで頭上から巨大な影が降りてくる。翼を広げた厄災が山々の間を飛び回り、地上へ向けて強烈な攻撃を放っていた。
かすみは空を見上げる。
「空なら……私も行ける」
風が身体を包む。次の瞬間、かすみは地面を蹴り、そのまま空へ駆け上がった。
空中で始まった戦いは激しかった。何度も攻撃をかわし、傷を負いながらも、かすみは厄災の動きを目で追い続けた。攻撃を受けるたびに相手の動きを覚え、少しずつ次に何をするのかが分かるようになっていく。そして厄災が翼を大きく広げた瞬間、その懐へ入り込んだ。
聖剣が閃き、巨大な翼が切り裂かれる。厄災は光へ変わって消えていった。
かすみはゆっくりと地上へ降りる。
「四体目……」
それからさらに旅を続けた先で、深い森へ辿り着いた。人の気配がまるでない森へ足を踏み入れた瞬間、大地が大きく揺れ、巨大な岩が宙へ舞い上がる。
森の奥から現れた厄災は、大地そのものを操っていた。
かすみは剣を抜いたが、飛んできた岩に弾き飛ばされ、剣が手から離れた。拾おうとしたところへ今度は地面から巨大な柱が突き出し、かすみは横へ跳んで、迫ってくる大地の動きを見つめた。
「……じゃあ、これでいい」
拳を握る。
大地が再び隆起すると、かすみは逃げずに走り出した。迫ってくる岩を拳で砕き、突き出す柱をかわしながら、一歩ずつ厄災へ近づいていく。剣を失っても、戦い方がなくなったわけではない。目の前にあるものを越えていけばいい。
あと少し。
大地が大きく盛り上がった瞬間、かすみはその力へ真正面から踏み込んだ。立ちはだかる岩壁へ一度、さらに同じ場所へもう一度拳を打ち込む。壁が砕けた向こうに厄災の身体が現れた。踏み込んだ三度目の拳がその中心へ入り、巨体に亀裂が走った。厄災は崩れ落ちた。
森を覆っていた圧力が消え、木々の間から静かな風が吹き抜けていった。
かすみは荒い息を吐きながら、しばらくその場に立っていた。
「……終わった」
落ちていた剣を拾い上げる。
これで五体。
かすみは剣を腰へ戻すと、静かになった森を後にした。




