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神々に願った、たった一つの愛  作者: 狹霧
第6章 「最強の勇者と厄災」
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第30話「最強の少女」

かすみが町へ入ると、通りの向こうにいた冒険者の一人がふと足を止めた。隣の仲間へ何かを囁き、二人そろってこちらを見ている。その視線に気づいた別の冒険者まで振り返り、かすみの顔をじっと眺め始めた。

何人かが小声で話している。

かすみは自分の服や髪を見下ろした。何かついているのだろうかと思い、袖を払ってから髪にも触れてみる。

「……何か変かな?」

尋ねられた男は、慌てたように首を横に振った。

「い、いや、そういうわけじゃ……」

一度言葉を詰まらせ、それから意を決したように尋ねる。

「もしかして……あなたが、かすみさんですか?」

「うん。そうだけど」

その答えが返ってきた途端、周囲に小さなどよめきが広がった。

「やっぱり……」

「本物だ」

「あれが噂の……」

かすみは困ったように笑い、軽く頭を下げた。

「こんにちは」

挨拶を返すと、何人かが慌てて頭を下げた。その様子がおかしくて、かすみは首を傾げる。どうして自分が挨拶しただけで、こんなに緊張されるのか分からない。

そこへ、立派な服を着た男性が人混みを抜けて近づいてきた。

「突然のことで申し訳ありません。私はこの町の近くに領地を持つ者ですが、あなたにお願いしたいことがございます」

男性は深々と頭を下げた。

「どうか、我が家の護衛をお願いできないでしょうか。報酬については、あなたの望むものを用意いたします」

かすみは少し考え、それから申し訳なさそうに笑った。

「ごめんなさい。私、旅を続けたいから」

「でしたら、我が家を旅の拠点として使っていただいても構いません。屋敷も自由に――」

「ううん。それも大丈夫」

かすみは首を横に振った。

「自分でいろんなところへ行ってみたいの」

男性はそれ以上何も言えなかった。残念そうに頭を下げると、人混みの中へ戻っていく。その背中を見送りながら、かすみは小さく息を吐いた。

「……まただ」

近くにいた冒険者が尋ねる。

「こういうこと、よくあるんですか?」

かすみは少し考えてから頷いた。

「最近は、町に入るたびに」

冒険者が何か言おうとした、そのときだった。

「かすみ!」

通りの向こうから、聞き慣れた明るい声が響いた。

かすみの顔がぱっと明るくなる。

「ルビア!」

人の間を抜けてきたルビアは、集まった者たちを見回した。


「何これ?」

「また勧誘されてたの」

かすみが少し疲れた顔で答えると、ルビアは事情を察したように笑った。

「なるほどねぇ」

そう言って、かすみの頭を軽く撫でる。

「人気者は大変だね」

「もう嫌になってきた……」

「ははっ。じゃあ逃げよっか」

ルビアが歩き出すと、かすみもすぐに後を追った。

周りの冒険者達が、またざわつく。

「あれ、S級冒険者のルビアじゃない?」

「あれが…、炎の剣聖…」

「本物だよ。爆炎の魔術師ルビアだ」


二人が町の外へ出る頃には、背後から聞こえていた人々の声もすっかり遠くなっていた。街道をしばらく歩き、ようやく人の気配が薄れたところで、かすみが口を開く。

「ねえ、ルビア」

「ん?」

「どうしてみんな、私を見るとあんな感じになるのかな」

ルビアは少し考えるふりをしてから、かすみの顔を覗き込んだ。

「さあ?」

「分からないの?」

「分かるけど、本人に言うと調子に乗りそうだから言わない」

「乗らないよ」


かすみが頬を膨らませると、ルビアは声を上げて笑った。


夕方になる頃、二人は街道脇の丘で休むことにした。かすみは草の上へ腰を下ろし、遠くの空を眺める。ルビアも隣に座り、しばらくはどちらも何も言わなかった。

やがて、かすみが膝を抱えたまま呟く。

「世界最強って呼ばれるの、変な感じだな」

ルビアが横を見る。

「嫌なの?」

「嫌っていうわけじゃないけど……私自身は、そんなに変わったつもりないから」

ルビアは小さく笑った。

「まあ、あたしから見てもそうだね」

かすみが振り返ると、ルビアはいつもの調子で続けた。

「かすみはかすみでしょ。強くなったからって、急に別人になるわけじゃないじゃん」

かすみはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。

「……うん。ルビアと話してると、なんか安心する」

「そりゃよかった」


日が沈み始めると、ルビアが立ち上がった。

「そろそろ町へ戻ろうか」

「うん」

かすみも立ち上がったが、数歩進んだところで足を止めた。街道の先に、小さな屋台が見える。

「ルビア」

「何?」

「あれ、食べたい」

指差した先には、焼き菓子が並んでいた。

ルビアは呆れた顔をしながら笑う。

「さっき夕飯どうするって話したばっかりなんだけど」

「でも美味しそうだよ」

「……しょうがないなぁ」

二人で屋台へ向かうと、店主がかすみの顔を見て目を丸くした。

「おや……あんた、もしかして」

「はい?」

店主は少し迷ってから尋ねる。

「噂の勇者さんかい?」

かすみは照れたように笑った。

「たぶん、そうです」

店主は笑いながら焼き菓子を包むと、その中へ一つ多く入れた。

「じゃあ、これはおまけだ」

「いいんですか?」

驚くかすみに、店主は肩をすくめる。

「旅の途中なんだろ。腹いっぱい食べて、また頑張りな」

「ありがとうございます!」

かすみは嬉しそうに頭を下げた。

屋台を離れると、かすみは包みを大事そうに抱えて歩いていた。

「一個多かったね」

ルビアが言う。

「うん。嬉しいな」

かすみが笑うと、ルビアもつられるように笑った。

町の明かりが、少しずつ近づいてくる。

世界中で名前を知られるようになった少女は、そんなことなど忘れてしまったような顔で、ルビアの隣を歩いていた。

「ねえ、ルビア。明日はどこへ行こうか?」

「南のほうへ行ってみる?」

「いいね。何があるのかな」

「さあ。行ってみないと分からないよ」

「じゃあ、決まり!」

二人は笑いながら、夜の町へ向かって歩いていった。

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