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神々に願った、たった一つの愛  作者: 狹霧
第4章 「止まった時間」
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第21話「止まった時間」

翌朝、譲はいつもと変わらない時間に目を覚ました。

薄暗い遺跡の中で身体を起こし、昨夜飲んだ透明な液体のことを思い出す。胸に手を当て、指を動かし、立ち上がってみたが、痛みも苦しさもなかった。手足にも変わったところはなく、身体は昨夜までと同じように動いた。

譲は荷物をまとめ、遺跡を出た。

朝の光が森の中へ差し込み、木々の間に細長い影を落としていた。少し歩いたところで振り返ると、古い石壁が蔦や木々の向こうに見えている。

もう、ここへ戻ってくることはないだろう。

そう思い、譲は森の奥へ歩き出した。

それからも、一人の旅は続いた。森を抜け、山を越え、人の少ない場所を選んで夜を過ごす。遠くに人の姿を見かけることはあっても、自分から近づくことはなかった。追われる暮らしを続けるうちに、人のいる場所を避けて歩くことは、もう考えなくてもできるようになっていた。

冬の雪が消えた森には新しい緑が生まれ、やがて夏になる。暑さが去れば葉は赤や黄色に染まり、落ちた葉の上へまた雪が積もる。譲は、その景色の中を歩き続けた。

ある日の昼、喉が渇いて水場へ立ち寄った。膝をつき、水を汲もうとしたとき、何気なく水面を覗き込む。

静かな水の中に、少年の顔が映っていた。

十歳ほどの顔だった。

譲は少しだけ首を傾げた。何かがおかしいような気がしたものの、そのときは深く考えなかった。旅を続けていれば服も傷み、髪も伸びる。身体が疲れていることはあっても、自分の顔がどう変わったかなど気にしたことはなかった。

水を汲み終えると、譲はまた歩き出した。

それから、さらに年月が過ぎた。

ある町の外を歩いていたとき、譲は一人の青年を見かけた。

どこかで見たことがある。

そう思って足を止めると、青年も譲に気づいた。しかし特に何かを言うこともなく、そのまま通り過ぎていく。

譲は遠ざかる背中を目で追った。

どこで見たのだろう。

しばらく考えて、ようやく思い出した。

昔、この町で見かけた子供だった。

あの頃は、自分とそれほど変わらない背丈だったはずだ。それが今では譲よりずっと背が高く、肩も広くなっている。子供だった頃とは歩き方まで違っていた。

譲は自分の手へ目を落とした。

小さな手だった。

五年前から、ほとんど変わっていない。

もっと前も同じだったような気がする。

譲はもう一度、遠ざかっていく青年を見た。

人は変わる。

自分が知っている間に、子供は背が伸び、大人になる。それは誰に教えられなくても分かる、当たり前のことだった。

その当たり前の中に、自分だけがいなかった。

譲は近くの水場へ向かい、水面を覗き込んだ。

そこに映っているのは、やはり十歳ほどの少年だった。頬も、目も、鼻も、口元も、昔とほとんど変わっていない。

「……僕だけ、変わってない」

呟くと、水面に小さな波紋が広がり、少年の顔が揺れた。

なぜなのかは分からない。病気なのかもしれないし、自分の身体が普通ではないせいかもしれない。いくつか考えてみても、それ以上の答えは出なかった。

譲は水を汲み、立ち上がった。

そして、また歩き始めた。

その後も時間は流れた。

旅の途中で何度か見かけた老人が、次に同じ場所を通ったときにはいなくなっていた。その人が暮らしていた家には別の人間が住み、以前は小さな子供だった者が大人になっている。さらに年月が経てば、その大人のそばにも子供がいた。

譲が同じ場所を訪れるたび、人は少しずつ入れ替わっていった。

最初のうちは、変わった姿を見ても顔を見れば分かった。

あの人だ。昔、会ったことがある。

そう思えた。

ところが年月が重なるにつれ、それも難しくなった。記憶の中では子供だった人間が大人になり、その顔に皺が増え、やがて老人になっていく。久しぶりに訪れれば、その姿さえなくなっている。

一人の人間が子供から老人になるまでの時間を、譲は自分の一度の人生の中で眺めていた。

その間も、自分は変わらなかった。

声も、顔も、身体も、十歳ほどの少年のままだった。

ある夕方、譲は遠くから一つの町を眺めていた。

以前ここを訪れた頃より、町はずっと大きくなっている。見覚えのない建物が並び、かつて歩いた道のいくつかはなくなっていた。遠くから眺めているだけでは、知らない場所のように見える。

それでも、確かにここを歩いたことがあった。

いつだったのかは、もう思い出せない。

譲は町へ入らず、そのまま背を向けた。

自分が変わらないことにも、いつしか慣れていた。理由はいまだに分からない。けれど、理由の分からないことは譲にとって珍しくなかった。

どうして自分の身体にはこれほど強い力があるのか。なぜ人にはできないことが、自分にはできてしまうのか。そもそも自分が何者なのか。

どれも分からないまま、ここまで生きてきた。

だから、自分だけが大人にならないことも、いつしか同じように受け入れていた。

分からないなら、それでいい。

歩ける。食べられる。眠れる。

それなら、生きていける。

譲はまた歩いた。

季節が巡り、森の木々が育ち、古い道が消えて新しい道が生まれる。町の姿も変わり、そこで暮らす人々も生まれ、成長し、老いていった。久しぶりに訪れた場所で知っている顔を探しても、もう一人も見つからないことさえあった。

それでも譲の身体だけは、十歳の頃から変わらなかった。

その原因を、譲は知らない。

遥かな昔に作られ、長い年月の中で忘れ去られていた古代の秘薬が、すでに自分の身体へ溶け込んでいることも、その力によって成長も老いも止まっていることも知らなかった。

世界では、譲の知らないところでも同じように時間が流れていた。

人が生まれ、歳を重ね、やがていなくなる。森の姿が変わり、町が広がり、かつてあった道さえ消えていく。

その流れの中を、譲は変わらない身体で歩き続けていた。

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