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神々に願った、たった一つの愛  作者: 狹霧
第4章 「止まった時間」
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第20話「古代遺跡」

譲は、ひたすら歩き続けていた。

森を抜けても街道には出なかった。遠くから人の声が聞こえれば道を変え、煙が見えればそちらへ近づかない。以前なら気にも留めなかった小さな村でさえ、今の譲には避けるべき場所になっていた。人に見つかれば、また追われる。それだけは、もう分かっていた。

背負った荷物は軽かった。食料と水、それから火を起こすための道具。五年間の暮らしで身につけたものは多くても、持ち歩かなければならないものは少ない。

日が昇れば歩き、暗くなる前に眠れる場所を探し、朝になればまた歩いた。そんな日を繰り返しているうちに、何日目なのか数えることもなくなっていた。

ある日の夕方、木々の向こうに、それまで見たことのないものが現れた。

森の中に、巨大な石造りの建物が立っている。壁には太い蔦が絡みつき、崩れた石がいくつも地面へ落ちていた。屋根には大きな穴が開き、長い年月をかけて入り込んだ木の根が、壁を内側から押し広げている。

人が作ったものなのに、人の気配がなかった。

譲は足を止め、しばらく建物を眺めた。

「……遺跡?」

風が吹き、蔦の葉が擦れ合った。

譲はすぐには近づかず、周囲を見回した。地面に人の足跡はなく、新しい焚き火の跡も見当たらない。耳を澄ませても声や足音は聞こえず、近くに誰かがいる気配も感じなかった。

ここなら、追ってくる人たちから隠れられるかもしれない。

それで十分だった。

譲は崩れた石壁の隙間を見つけ、小さな身体を滑り込ませた。

中は外よりも暗かった。夕方の光が崩れた天井から細く差し込み、その中を埃がゆっくり舞っている。壁には見たことのない文字が刻まれていた。何かを伝えるために残されたものなのだろうが、その意味を読める者はもういない。

譲は指先で文字をなぞった。長い間外気に晒されてきた石は冷たかった。

「……何の場所なんだろう」

返事はない。

譲は通路の奥へ進んだ。床には砂や土が積もり、ところどころ石が崩れている。人はいなくても、何かが潜んでいるかもしれない。昔の罠が残っている可能性もある。足元と周囲を確かめながら、急がずに歩いた。

けれど、何も起こらなかった。

いくつかの部屋を通り過ぎ、さらに奥へ進むと、やがて広い空間へ出た。

中央には石台が置かれていた。

その上には、いくつもの容器が並んでいる。すでに壊れているものもあれば、容器を失って蓋だけが残っているものもあり、形を保っていても触れれば崩れてしまいそうなものもあった。

その中に一つだけ、ほとんど傷のない瓶があった。

譲は石台へ近づき、それを手に取った。

中には透明な液体が入っている。周囲の容器と同じだけ長い年月をここで過ごしてきたはずなのに、液体は濁っておらず、底に何かが沈んでいる様子もなかった。

譲は瓶を鼻へ近づけてみた。

匂いもしない。

そこで、自分の水筒へ目を向けた。残っている水は少なかった。ここまで歩き続けてきたせいで、喉も乾いている。

譲は透明な液体を見つめたまま、しばらく動かなかった。

知らないものは飲まない。

一人で生きるようになってから、それだけは気をつけていた。食べられると思った植物を口にして吐き出したこともある。誰も助けてくれない場所で生きるなら、自分で気をつけるしかない。

けれど、目の前の液体には、危険だと分かるようなものが何もなかった。色はなく、濁ってもいない。匂いもない。

譲は少しだけ迷ったあと、瓶を傾け、ほんの一口だけ口に含んだ。

味はほとんどなかった。水と大きく変わらない。

飲み込んでもすぐに残りへ口をつけず、身体の様子を確かめた。胸は苦しくない。喉も痛くならず、手足にも異常は感じない。

ただ、ほんの一瞬だけ、身体の奥を何かが通り抜けたような気がした。

譲は胸元へ手を当てた。

「……?」

そのまま、しばらく待った。

何も起こらない。

気のせいだったのだろう。

譲はそう思い、残っていた液体を飲み干した。透明な液体は何の味も残さず、音もなく喉を通って消えていった。

「……大丈夫そう」

空になった瓶を眺めても、それが何だったのかは分からない。分からないままでも、今の譲にはそれほど重要なことではなかった。乾いていた喉が少し楽になった。それでよかった。

譲は瓶を元の石台へ戻し、崩れた天井の向こうへ目を向けた。

いつの間にか、空は暗くなっていた。

今夜はここで休むことにした。外へ出れば、また誰かに見つかるかもしれない。この遺跡には人の声も足音もなく、譲が入ってきてから誰かが近づいてくる様子もない。何年も、あるいは何十年も前から、人に忘れられている場所なのだろう。そのことが、今の譲には少しだけ安心できた。

壁際へ荷物を置き、火を起こした。小さな炎が暗い部屋を照らし、石壁に譲の影を映す。簡単な食事を済ませると、火を消した。

部屋は再び暗くなった。

それでも、洞窟に閉じ込められたときのような怖さはなかった。ここには、自分を追ってくる者はいない。

譲は石壁に背を預け、膝を抱えた。五年前から、眠る場所は何度も変わった。壊れた建物の隅で眠ったことも、木の下や岩陰で夜を越したこともある。森の奥に自分で住処を作り、そこを離れた今夜は、この古い遺跡で眠る。

どこへ行っても、朝になればまた歩かなければならない。

それでも、今だけは休める。

「……明日は、どこへ行こう」

小さく呟いて、譲はそのまま横になった。

目を閉じると、歩き続けた身体から少しずつ力が抜けていく。やがて呼吸が穏やかになり、静かな寝息が石の部屋に落ちた。

少年が眠ったあとも、遺跡は何も変わらなかった。

崩れた壁も、意味を読める者のいなくなった文字も、石台に残された古い容器も、長い年月の中でそこにあり続けてきた。ここで誰かが暮らしていたことも、誰かが何かを作ったことも、今ではもう知る者はいない。ただ残されたものだけが、過ぎ去った時間を抱えている。

その一つだった透明な液体は、今では空になった瓶だけを石台に残し、眠る少年の身体へ溶け込んでいた。

それが何なのか、譲は知らない。

何も知らないまま、石壁のそばで静かに眠っていた。

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