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「空木さん。まだそっちのバトルフェイズじゃない」
「ん? ああ、そうだったか?」
「魔法カード発動」
ルナはそう言うと、自分の側に伏せてあったカードを一枚めくる。
「『ブラッディ・エクスキューション』。このカードが表になったとき、自分の場にいる攻撃力二千五百以下のモンスターは全て墓地に送られ、墓地に送られたモンスターの数×一〇〇〇のライフダメージを相手プレイヤーに直接与える」
「……つまり、どういうことだ?」
「空木さんの負けってこと」
「ああ、そう……」
「ぷぷー。おじさん、負けてやんのー。だからルナのモンスターは早めに倒しちゃったほうがいいよって教えてあげたのにー」
ソルが愉快そうに私を指さしながら笑う。よく言う。カードゲームに飽きたから代わってくれと言うから、途中で代わってやったのに。というかこいつ、さては自分が負けるのを直前で察して私に交代を打診してきたな? その時点ですでにルナの場には何体ものモンスターが召喚されている状態だったし。
「しかたないなー。じゃあ次はいよいよ、あたしが相手してあげよう。あたしはおじさんのようにはいかないよー」
「デッキ変える」
「はあ!? なんでよ、せっかく手の内がわかったのに! 変えるな、ルナ! ずるい!」
「ずるいのはお前だ。というか、そろそろ本番だ。行くぞ」
「えー、もおー?」
「あと一戦」
「駄目だ。無理言ってわざわざこの時間に変えてもらっているんだ、遅刻はできん。さあ、行くぞ」
双子を連れて部屋を出る。
会場には多くの人が詰めかけていた。五百人どころか千人近くいるかもしれない。会場が少し小さくなったように見えるほどだ。
「お待ちしておりました」
「ああ、遅くなってすまない」
入り口から入ってすぐのところで細野が私たちを出迎えてくれた。「ご案内します」と歩き出した細野に続き、舞台袖に向かう。
「風邪でも引いたのか?」
「いえ。ちょっと、喉の調子が」
細野は不織布のマスクを着けていた。ゴホゴホと数度、咳をする。「そうか。お大事にな」と言ったところで舞台袖に着いた。
会は和やかなムードで進行していた。やがて司会役らしい男が一人舞台に上がり、双子の登場をアナウンスする。会場の照明が落とされる。赤と青、それぞれの衣装に身を包み舞台に立った双子をスポットライトが照らした。
「はーい、みんなー! 天才美少女手品師のルナソルちゃんだよー! 今日はみんなにちゅてきな……」
「本番でかまないで」
双子は温かい拍手で迎えられた。会長主催のパーティーということで、似たような年齢層の客が多いのだろうか。あの二人はなぜか年寄りからの人気が高い。
「はい、重そうな鍋が浮きましたー。すごいですねー、こんなに重そうなのにぃ。ああ、重い」
「自分でそんなに言ってたら、全然重そうに聞こえない」
野球のボール、花の活けられた花瓶、大型の寸動鍋と演目は進んでいく。そしていまはトレーディングカードの束と、そこから何枚かが客席に表を向けた状態で宙に浮いている。直前まで二人が遊んでいたカードゲームのものだ。
「あ、『デュエルサマナーズ』だ!」
ぼくもやってる! と、客席にいた誰かの子か孫であろう子どもがはしゃいだ声を上げる。宙に浮いたカードがその少年のもとに素早く移動する。
「え、本当? じゃあどれかトレードしよう」
「いまやるな」
と、今度はソルがルナにつっこみを入れる。客席から笑いまじりの拍手が起こる。これが現在の双子の人気を支えている一つの要素だ。ただ物を浮かすだけという、ワンパターンで地味な絵面をカバーするために磨いたトーク力。「マジック」という言葉の響きから感じるスタイリッシュさを捨て、客を巻き込んだ一種宴会芸のような催しとして自分たちの見世物を昇華させた。競争の激しいショービジネスの世界で淘汰されないための生存戦略。涙ぐましい努力だ。
その後も演目は滞りなく進んでいった。そして長テーブルに載った全ての物品を浮かせ終わったところで、ショーは次のフェーズへと移行する。片付けられた長テーブルに代わって置かれた黒い布のかかった台座。そこに、舞台上に現れた森田老人が手に持ったケースを置く。そしてケースの蓋が開かれる。客席からどよめきのような反応が起こる。
「みなさーん、ブルーパピヨンでぇーす!」
ソルの煽りに、遅れて客席から大きな拍手が返ってくる。まだ戸惑いも残す客たちの反応を見て、舞台上の森田老人は満足そうな様子だ。もともと、双子のショーでブルーパピヨンを使ってほしいというのは彼のほうからの提案だった。創立九十周年の特別感を演出したかったのか、あるいは邪推すれば、そんな貴重なものを単なる余興の道具として使ってしまう己の器の大きさを誇示したかったのかもしれない。老人の狙いは不明だが、それは今日こうして実行に移された。
「ではみなさん、これよりブルーパピヨンによる空の旅をお楽しみください!」
「よいフライトを」
飛行機が離陸するかのような言葉を残し、双子は揃って手を前にかざした。専用のケースの中で青い宝石がカタカタと振動を始める。そして、空中へと舞い上がった。
会場中を青い宝石は縦横無尽に飛び回る。照明の落とされた会場の中をひらひらと、その姿はその名の通り、さながら青い羽をもつ蝶のようだ。客席へ、天井付近へ、立っている人と人の間へと、
ブルーパピヨンは宙を舞う。




