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B

「泥棒だ」

 ソファの上で肘枕をついた音尾が言った。

「僕たちがですか?」

「違う」

 音尾は不機嫌そうに言い、しかしすぐに気が付いたように、

「いや、違くないか」

「どっちなんですか」

 僕はまた音尾の部屋に呼び出されている。ソファに寝転び渋面をつくる音尾の手には青い宝石が握られ、野球のボールを弄ぶように軽く投げてはキャッチするを繰り返している。

「要するに、このホテルには俺たちのほかにもう一組、泥棒がいるんだよ」

「え!」

「で、そいつらが言ってたんだよ」

「……その宝石が偽物だって?」

「そういうことだ」

 昨日、僕たちは、音尾の立てた計画に則り「ブルーパピヨン」を盗み出した。その顛末はこうだ。

 まず、僕がルームサービスのふりをして例の会長さんの部屋を訪問する。音尾が「聴いた」情報によると、会長はその時間、下の階のパーティー会場にいるとかで自室には不在だ。ただ、部屋には彼の奥さんが残っている。部屋の中を調べるには、この奥さんをどうにかするのが課題だった。

 呼び鈴を押すと、少し待たされてから奥さんが出てきた。老婦人、と言えばそうなのだろうけど、あの会長さんよりはいくらか年代が若そうにも見える。きっと年若いころはさぞかし美人だったのだろう。僕は部屋番号に間違いがないかを奥さんに確認する。しかしそれは別の部屋の番号だ。奥さんに間違いを指摘され、ああこれはすみません、などと言いながら、僕はこっそり、ワゴンに載せた皿からクローシュを少しだけ持ち上げる。中には……ああ、思い出すだけでも恐ろしい、一匹の大きな蜂を潜ませておいたのだ。

 外に出た蜂はそのままの勢いで、開いたドアから部屋の中に進入する。そうするようにあらかじめ命じておいたからだ。それを見た僕はこう叫ぶ。

「ああ! 大変です、お客様! 巨大な蜂が、お部屋の中にぃ!」

 効果はてきめんだった。いや、想定した以上だった。奥さんはそのままどこかへ駆け出さんばかりに廊下へ出てくると、「は、はやく、なんとかして!」と僕に縋りついてきた。彼女も僕と同じで虫が苦手だったのかもしれない。まあ、あれだけ大きな蜂を前にして平然としていられるほうが珍しいとは思うけど。

「どうかされましたか」

 するとそこへ、一人の給仕が通りかかる。「偶然」やってきた彼に僕は事情を説明する。

「それは大変だ。私が処理しましょう。お客様はしばらくこちらでお待ちください」

 そう言って、彼は一人部屋の中に入っていく。言うまでもなく、彼の正体は音尾だ。給仕の制服は余っていたものを一着ロッカーから拝借した。わざわざこのような行動の分担を行なったのは、隣の部屋の様子を直接聴いていた音尾のほうが金庫のある位置をより正確に把握しているからという理由と、奥さんと一緒に廊下に残る人間がいたほうがいいと判断したため。室内の様子が気になった奥さんがふいにドアを開け、中を覗いてくるようなことがないとも限らない。それを防止するために、彼女を「監視」する役が必要だと考えたのだ。

 部屋から出てきた音尾は、僕と一緒に廊下で待っていた奥さんに蜂の駆除が完了したことを報告する。蜂には音尾が窓を開けたらそのままそこから外に出るよう事前に命じておいた。音尾の報告にひどく安心した様子の奥さんに、部屋を間違えたことをあらためて謝罪し、僕たちはその場を去る。

 以上が昨日、僕たちが「ブルーパピヨン」を盗み出した経緯だ。計画は想定していた以上にうまく運べたとはいえ、僕たち(少なくとも僕)なりに不安や緊張、苦労をもってなんとか手に入れた宝石だったというのに――

「まさか、偽物だったなんて……」

「残念だが、おそらく事実だ」

 音尾は苦々しく吐き捨てるように言う。

「その証拠に、昨日から一夜明けたいまも隣の連中が騒ぎだす様子が一向にない。なんなら『今日のパーティーで久々にお披露目だ』なんて言って、じいさんが宝石を触る音がついさっきも聞こえてきた。……まあ、俺たちは一杯食わされたってわけだ。たしかによく考えたら、そんな高価なもんを部屋の金庫なんかに堂々と置いておくわけがない。しかもあんな、カブトムシなんかと一緒の部屋で……」

「カ、カブトムシ……?」

「部屋にいたんだよ。やたらでっかいのが二匹も、ケースに入れて飼われてた。金持ちの趣味ってのはわからんもんだな。まあ、あれもどうせ高いやつなんだろう。しかし、わざわざこんなホテルにまで連れてくるかね」

 カブトムシ……。しかも「やたらでっかいの」。部屋に盗みに入る役が自分じゃなくて本当によかった。

「まあ、とにかくこの石ころは偽物だ。俺たちみたいなやつらへの対策として、ダミーを用意してたってとこだろうな」

 音尾は手の中の青く輝く石を後方に放り投げる。石はソファチェアの上にぼすんと着地した。

「……でも、確かなんですか?」

「だから、そうだって言ってるだろ。あの石は真っ赤な偽物だ。青いけどな」

「いや、そうじゃなくて、……このホテルに、僕たち以外に泥棒がいるって」

「ああ、事実だ」音尾は言い、なぜか皮肉っぽい笑みを浮かべる。「それも、お前が会ったことのあるやつらだぞ」

「え」

「一昨日、お前がルームサービスでビーフカレーとサンドウィッチを届けた客がいただろう。よく喋るうるさいガキと嫌味っぽいガキ、陰気なおっさんが泊まってる部屋だ」

「よく覚えてますよ」

 蝶の一件があったから。

「……もしかして、あの親子が泥棒なんですか?」

「親子じゃない。手品師とそのマネージャーってとこだ。まあ、表向きはな。どうやらあの双子には不思議な〝力〟があるらしい。その力でこれまで数々の窃盗を行なってきたようだ。俺たちとは違う、プロの泥棒だな」

 泥棒にプロとかアマチュアとかあるんだろうか。まあ、それはさておき。

「その〝力〟っていうのは?」

「直接手を触れずに物を浮かせたり、動かしたりできる力だ」

「すごい……超能力者じゃないですか」

「お前も、他人からしたら似たようなもんだと思うが」

 手を触れずに物を……。そう言われたら、一昨日のカレーのことも納得できる。興奮し、我を忘れた僕の手から離れたカレー皿。あれが床に落下することなく少女たちの手に渡ったのは、彼女たちのその〝力〟によるものなのだろう。

「で、そいつらが言ってたんだ。あのじいさんの部屋にある宝石は偽物だ、とな。おそらくやつらも一度じいさんの部屋に宝石を盗みに入って、そのときに気づいたんだろう。……ちっ、そんな泥棒がいるとわかってりゃ、もっと早くからやつらの動向に注視……いや、注聴してればよかった」

 と、音尾は悔しそうに耳に手を触れる。

「……どうします? そんな手練れの泥棒がいるとわかったら僕たちが敵いっこないし……とりあえずあの石、返してきますか?」

「馬鹿かお前は。ダミーだろうがなんだろうが、俺たちはもう盗みを働いちまった。いまさら返したところで俺たちの罪は晴れない。こっそり返しに行こうにも、もう同じ手は使えないしな」

「じゃあ、どうすれば……」

「戦うんだよ」

「は?」

 音尾は上体を起こし、ソファに座り直すと僕に言った。

「聴いたんだ。やつらは今日、じいさんの主催するパーティーでショーをやることになっている。そしてそのショーの中でうまいこと宝石を盗もうと画策しているんだ」

「ショーの中で……宝石を?」

「そう。どうやらそのショーの中で本物の『ブルーパピヨン』が使われる機会があるらしい。具体的な方法はわからないが、そのタイミングを利用して盗もうという算段をつけているみたいだな」

「ショーを、利用して」

「ああ」と音尾は首を振る。「だから俺たちは、それを逆に利用する」

「逆に利用……?」

「やかましいな。さっきからなんだ、オウムかお前は。要するにだ、やつらがブルーパピヨンを盗む前に俺たちが先に盗んでやろうってことだよ。不思議な〝力〟をもっているのはむこうだけじゃない。俺たちの〝力〟でやつらを出し抜いてやるんだ」

「い、いや、そんな……できますかね? むこうはプロの泥棒さんなんでしょ?」

「ここまで来て簡単に引き下がれるか! だいたい、泥棒にプロもアマチュアもない!」

「音尾さんが言ったんじゃないですか」

「それに、だ。いいか、ハエ」

「羽江です」

「まず、俺たちはやつらの『超能力』のことを知っているが、むこうはこちらの〝力〟のことを知らない。この時点で、俺たちにとってアドバンテージだ。さらに俺はやつらの会話を盗み聞きして、双子の〝力〟の弱点に関する情報を得た」

「弱点?」

「一つ。双子の『超能力』は一人では使えない。やつらが〝力〟を使えるのは二人揃っているときのみだ」

「まさか……彼女たちのどちらかを誘拐でもしようっていうんですか……?」

「そうじゃない。二つめ。こっちがより重要だ。いいか、よく聞け。双子の〝力〟は一日のうち、午後四時から六時の間しか使えないんだ」

「な、なんですか、それ?」

「聴けば、双子の〝力〟は身体の成長とともに年々強力さを増していっているらしい。その影響か、二人は一日の大半を睡眠に要する体質になった。しかもおもしろいことに、その時間がちょうど真逆でな。ソルとかいううるさいガキは午後六時から午前五時、もうひとりのルナとかいうほうは午前五時から午後四時まで、それぞれ寝ている。実際に耳で確認したところ、これは事実。つまりだ、一日の中で二人が揃って起きていられる時間は僅かしかない」

「それが、午後四時から六時……」

「そういうことだ」

 たったの二時間。そう言われて思い返してみると、一昨日僕が彼らの部屋に入ったとき、双子の片方はまだベッドで寝ていた気がする。ただ一人のきょうだいと、一日のうち二時間しか顔を合わせて話をすることができないなんて……なんだか可哀想だ。よく似た双子だし、きっと仲も良いだろうに……。

「どうだ、少し希望が湧いてきただろう。やつらのこの弱点を利用すれば、俺たちにも充分勝機はある。実はな、もうその作戦を考えてあるんだ。昨日寝ずに考えたから、目に隈ができちまったぜ」

「……そうですか」

「ん? なんだ? なにか言いたそうだな。大丈夫だ、安心しろ。俺の計画は完璧だ。絶対にうまくいくから」

 僕は黙ってソファチェアの上に転がる青い石に目をやる。

「能力者同士の、超能力バトルといこうじゃないか!」

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