A
「以上が、本作戦の概要である」
ソルが腕組みをし、私とルナに順番に目を向ける。
「ああ、そうだな」
「知ってる」
「いやいや、そうじゃないでしょ!」
ソルが跳ねるようにベッドからぴょんと降り、椅子に座る私たちを不満そうに指さす。
「せっかくあたしが今回の作戦内容をあらためておさらいしてあげたんだから、ここは『はい、隊長!』とか『了解です!』とか返事するところでしょうが」
「まあ、そうは言ってもな」
「ソルに言われなくてもわかってるし。そもそも、ソルは隊長ではないし」
「なんだと! じゃあいったい誰が隊長だって言うのよ?」
「べつに誰でもいい。ただ、いちばんバカなソルではないことだけは確か」
ソルが目をつり上げ、ルナに襲いかかる。応戦するルナ。時刻は午後五時前。今日も双子は騒がしい。
「おい、ほどほどにしておけ。もうすぐリハーサルの時間なんだ。ルナ、さっさと着替えて準備しろ」
「ふぁはった」
ソルに頬をつねられながらルナが返事をする。
「おじさん! 結局、隊長は誰なの!?」
「お前でいい。だからもう手を離してやれ」
ソルがルナの頬から手を離す。ルナはソルを睨みつつ、そそくさとバスルームに向かった。
「まったく。いよいよ決行の時が近いから気合入れてやろうと思ったのに。出来の悪い隊員はこれだから困る」
「あまり気合を入れすぎると空回りする恐れがある。むしろ自然体でいろ」
「なにを言う。近ごろの若者は覇気が足りん。もっと気合が必要だ。きみもだよ、おじさん隊員」
「その呼び方はやめろ」
着替えを終えたルナがバスルームから出てくる。二人を連れて部屋を出た。
パーティー会場は昨日よりさらに準備が進んでいた。このまま客を入れても問題なさそうなほどだ。
「おお、ソルちゃん」
「おじいちゃん! ひさしぶり!」
ソルが森田老人に駆け寄っていく。昨日のルナ以上に祖父と孫だ。予告通り、老人は双子のリハーサルを見に来たらしい。だがやはり夫人の姿はない。部屋を無人にするのはさすがに気が引けたのだろう。
「元気だったかい?」
「うん、元気! ねえ聞いて、ソルね、前会ったときより二センチ背が伸びたの!」
「はっはっ、そうか、それはよかったね。ルナちゃんも三センチ伸びたっていうし、二人とも育ちざかりだ」
「ごめん、おじいちゃん、間違えた。二センチじゃない。あたし、四センチ背が伸びたんだった」
「嘘。そんなに伸びてない。増えたのはむしろ体重」
再び頬のつねり合いを始める双子を老人は笑って眺める。
「おいやめろ、お前ら。リハを始めるから、さっさと舞台に上がれ」
「へーい」「わかった」と双子は揃って舞台に上がる。わきからキャスター付きの、黒いクロスの掛かった長テーブルが運ばれてくる。テーブルを運んでいるのは昨日も見た体格の良い社員だ。どうやらあの社員が、今回のパーティーの準備を取り仕切る立場にあるらしい。
「はーい、みんなー! 天才美少女手品師のルナソルちゃんだよー! 今日はみんなに素敵なマジックを――」
「MCはいい。流れの確認だけだ。端から、問題なく浮かせられるかやってみろ」
ちぇ、と舌打ちし、ソルが両手を胸の前にかざす。続いてルナも同じ姿勢をとった。
長テーブルには種々雑多なものが並べて置かれている。野球のボール、花の活けられた花瓶、国語辞典など。そのうちのいちばん端に置かれた野球のボールが、ふるふると細かく振動しはじめ、そしてふわっと宙に浮いた。そのままふよふよと空中を漂う。
「やあ、すごい。何度見ても見事ですね。タネも仕掛けもわかりませんよ」
「まあ、なんだかんだあの二人もこの業界にもう五年以上いますからね。あいつらなりに日々、技術を磨いているんですよ」
舞台上の双子に拍手を送る森田老人にそう言って笑顔で応じる。タネも仕掛けもわからないのは当然だ。あの二人の「マジック」には実際、タネも仕掛けもないのだから。
双子の〝力〟は本物だ。物に手を触れずに自在に浮かしたり動かしたりすることができる。それはいわゆる「超能力」と言われる類のものなのだろう。彼女たちがいま舞台上で行なっているのはけっして奇術などではない。
しかし私は彼女たちを「マジシャン」としてデビューさせた。もし「超能力者」としてデビューさせていたとしても、その後の双子の人気の持続にそれほど大きな影響は与えなかったように思う。それが「マジック」であれ「超能力」であれ、客の目に映る光景は変わらない。観衆が望むのはいつだって地味な本物よりも派手な偽物なのだ。
「あ」
と、ソルがふいに声を上げる。野球のボールに続き、花瓶を浮かそうとしたときだった。宙に浮きかけた花瓶が円を描くように揺れ動き、中に入った水が少し外にこぼれてしまった。
「どうした。少し重かったか」
「ああ、うん。本番で割ったりしたら大変だから、もうちょっと軽いやつにしてもらったほうがいいかもしれない」
「同意」
「おい、細野」
と森田老人がスーツの社員を呼ぶ。細野というのか。なんとなく見た目の印象にそぐわない苗字だ、と言ったら失礼か。
「花瓶が重かったそうだ。もう少し軽いやつに変えてさしあげなさい」
「はっ、ただいま」
命じられた細野が急ぎ会場を出ていく。なるほど、前言撤回。あの社員は準備を取り仕切っているというより、その体格の良さゆえ準備に際し色々とこき使われていると言ったほうが正しそうだ。
花瓶は後回しにすることとし、長テーブルの上の残る品々を浮かせられるか順番に試していく。結果的に全て問題なく、そのうち細野によりもたらされた新たな花瓶も今度は無事浮かすことに成功した。そして、あと残るは――
「ブルーパピヨンについては、いかがしましょう」
森田老人に訊ねる。老人は柔和な笑みを崩さぬまま、
「さすがに、この場に実物を持ってくるのは躊躇われましてね。ちょうど同じ重さの石を細野に用意させました。細野」
と、呼ばれた細野が手にくすんだ色の石を持ってやってくる。小さい子どもの拳大くらいはあるだろうか。つまり、実物とだいたい同じ大きさだ。
細野が石をテーブルの上に置き、双子はそれに向かって手をかざす。石は振動したのちふわりと浮き、宙を舞った。
「大丈夫そうですな」
「ええ。念のため、本番で辿るコースを確認しておきます」
仮想ブルーパピヨンの「テスト飛行」を終え、これにてリハーサルは終了となった。双子とともに森田老人に挨拶をする。
「それでは明日、頼みましたよ」
「はい。わざわざリハーサルをご見学いただき、ありがとうございました」
「まかせといて、おじいちゃん! 本番はあたしのMCで、うんと盛り上げてやるから」
「つっこむのが面倒だから、あまり喋らないで」
「はっはっ、期待してるよ、二人とも」
双子を連れ、会場を辞す。エレベーターに乗り、行先階ボタンを押し、我々の泊まっている階にエレベーターが到着した。
扉が開いた、その瞬間――
誰からともなく、私たちは走り出した。全速力、一直線に自分たちの部屋に向かって駆ける。
「待っ、て……」
後方でルナが弱音を上げる。運動嫌いの因果。隣を走るソルが、やれやれと肩を竦めながら走っていて曲がり角で頭をぶつけていた。
部屋の前に着く。鍵は、とポケットをまさぐるが見当たらない。まさか、落としたか……いや、とすぐに思い出す。そうだ、会場に向かう途中ルナが部屋に忘れ物を取りに戻った際、彼女に渡してそれきりだ。振り返る。ゾンビのようにへろへろになりながら走ってきたルナから奪い取るように鍵を受け取る。その作業すらもどかしく感じながら鍵を開け、室内に入った。
窓を開ける。顔だけを外に出し、見える限りの周囲を窺う。
後ろを振り返り、頷く。ルナが大きく肩で息をしている。そんな状態で問題なく〝力〟が使えるのか? 途中で落ちたりしないか、不安だ。
「頼む」
迷っている時間はない。どのみち二人を信じるしかないのだ。覚悟を決め、開いた窓に向き直るが体にいつもの感覚が走る気配がない。やはりルナ、疲れていては厳しいかと再び振り返ると、手をだらりと下ろしたままのソルが目に入った。
「なにをしている?」
「隊員、それが隊長にものを頼む態度かな?」
ああ、面倒くさいやつ。思わず出そうになった舌打ちをぐっと呑みこむ。
「……お願いします、ソル隊長」
「うむ、よかろう」
満足そうに頷くと、ソルは私に向かい手をかざした。瞬間、体に微弱な電流が流れるような感覚が生じ、ふわりと足が地面から離れた。
「お、おい。せめて窓のほうを向いてからに――」
問答無用、とばかりに私の体は後方へと引っ張られていく。窓の縁にぶつけないよう顎を引き、頭に手を置いた。
無事、どこにもぶつかることなく私の体は部屋の外に出る。まったく、乱暴なやつらだ。下を見ないよう意識して顔を上に向ける。高所恐怖症というわけではないが、この高さは誰だって恐怖を感じる。
体が上昇を始める。時刻は午後六時前。まだ外は明るく、誰かに目撃されないための措置として上昇スピードはかなり速い。逆向きのジェットコースターのようだ。目指すは最上階、角のスイートルーム。双子は直接こちらを視認できてはいないが、「重さ」で私の位置は認識できているはずだ。部屋までの距離は事前に確認しているし石などで練習も積ませた。きっと大丈夫だ。……きっと。
私は双子を「マジシャン」としてデビューさせ、その後もそれが「超能力」であることを世間に公表せずにきた。最初からその目論見があったわけではない。しかしあるとき、ふいに思い付いてしまったのだ。彼女たちのこの力の、ただのショービジネスの道具としてではなく、もっと有意義な使い道を。
世間、そして森田老人をはじめとする彼女たちのショーを愛好している人間たちにさえ、隠している事実がある。双子はその成長に伴い、彼女たちの〝力〟もまた年々強化されている。いまでは私のような成人男性一人程度、軽々と浮かすことができてしまう。彼らには思い込んでおいてほしいのだ。ちょっと重い花瓶すら浮かせられない程度の、タネも仕掛けもあるケチな奇術なのだと。
スイートルームのバルコニーが間近に迫る。私の体はそれを追い抜いたところで止まった。そしてバルコニーへと放り投げるように落とされる。やつらめ、練習用の小石と同じように扱いやがって。
窓のわきに身を潜め、室内の様子を確認する。森田老人はまだ会場にいるはずだ。彼が戻ってくる前に事を済ませねばならない。持参した解錠用ツールで窓のクレセント錠を外側から開け、部屋の中へと入った。
さて、仕事を始めよう。




