A-2
車は直線道路を進む。このあたりは自然の多い土地で、リゾート地としても有名だ。サイドガラスの向こうにはオレンジ色に染まる海が見える。いまがこんな状況でなければ、美しい景観を堪能しながらのんびりとドライブに興じることができただろう。
「あ、あの」
困惑した表情の青年が口を開く。
「あなたたちは、どうして、その、僕たちがあの会長さんの部屋に盗みに入ったことを知っているんですか? それ以外にも、なんだか僕たちのことを色々と知っているみたいですけど……」
「ああ、それについての話をまだしていなかったな」
「ていうか、まずそっちを話してあげないと、聞いてるほうからしたらなにがなんだか全然わかんないじゃない?」
「意外に、説明下手」
「むう……」
たしかに、双子の言う通りかもしれない。もう少し時系列に沿って話をしないと、却って彼の混乱を深めるだけか。まさか、こいつらの言葉に反省を促されることになるとは……。
「一昨日の夕方、きみが私たちの部屋に来たろう」
気を取り直し、あらためて青年に説明を始める。
「はい。カレーとサンドウィッチをお届けしました」
「あのとき、きみの体に盗聴器を取り付けた」
「え!?」
「床にこぼれずに双子の手に渡ったカレーをきみが不思議そうに眺めていたとき、私がきみの肩に手を置いた瞬間があったのを覚えているか? あのときに仕掛けさせてもらった」
青年は慌てて首を回し、自分の肩の後ろを見ようとする。
「ああ、大丈夫だ。いまはもう付いてない。ショーの最中に、双子の〝力〟で気づかぬよう取り外させた」
「な、なんで、僕に盗聴器なんか……」
「きみが例の泥棒、片桐である可能性に思い至ったからだ」
「僕が……?」
「その泥棒、変装の名人だから」
と、ルナが説明を補足してくれる。
「変装の……。で、でも、そのカマ――片桐って方は女性なんでしょう? いくら名人といっても、男にまで簡単に化けられるものなんですか?」
「簡単に、というわけにはいかないだろう。だが、もし気にしていたら申し訳ないが、きみは男性にしてはいくらか声が高いようだ」
「体も細っこいしね。浮かすの楽だったよ」とソル。
「で、でも、だからって……」
「理由はもう一つある」と私は青年の肩の辺りにちらと目をやる。「その片桐という泥棒、きみと同じで虫が大の苦手なんだ」
「虫が……」
「きみが肩に蝶が止まっていると知って我を失うのを見たとき、声や体つきなども合わせて、片桐の変装ではないかと直感したわけだ。だから念のため盗聴器を仕掛けさせてもらった。まあ、結果的にそれはあらぬ疑いだったわけだが。失礼なことをしてすまなかった」
いえ、と青年はどこかぼんやりとした様子で首を振る。自分に盗聴器が仕掛けられていたと知っては無理もない反応だ。それについては誠に申し訳ないと思う。だが――
「だがそれによって我々は、ある思わぬ話を聞くことになった」
「僕と音尾さんの、泥棒計画……」
青年の言葉に私は頷く。
「そうだ。それでさっきの話に繋がる。要するに我々は、きみたちにあえて宝石を盗ませることで、きみたちに一時的に銀行の役割を負ってもらおうと考えたわけだ。その時点ではまだ片桐の姿を見つけ出せていなかったこともあってな」
「まだ?」青年が敏感に言葉の端をつかむ。「もうその泥棒を見つけているんですか?」
「ああ。結論から言うと、片桐は細野というある女性社員に化けていた。女性にしては背が高く、がっちりとした体格の社員だ。きみもどこかで会わなかったか?」
「ああ、あの人……」
思い当たることがあったらしい。青年は斜め上に目をやる。
「細野が片桐だと気づけたのも、言うなればきみたちのおかげだ。昨日のリハーサルのとき、細野が一時、席を外した時間があってな。彼女はそのタイミングを利用して、森田会長の部屋に宝石を盗みに入ったんだ。思えばその時間なら会長は確実にパーティー会場にいるわけだし、部屋には森田夫人だけとなる。盗みに入るには絶好の機会だ。細野の姿で彼から何か言付かってきたとでも言えば、夫人は特に警戒することもなく彼女を部屋に入れてくれただろう。そして薬かなにかで彼女を眠らせる。あとはゆっくり部屋を物色していけばいい。しかしそこで――」
「僕が現れた……」
私は頷く。
「片桐はきみに応対することにした。夫人がルームサービスを頼んでいたのなら、そうしないのは不自然と考えたのだろう。だが一方で、夫人に完全になりすますには時間が足りなかった。いくら変装の名人といっても、その場で瞬時に他人の姿に変身するのはさすがに難しい。彼女は、本人としては不完全な変装できみに応対することになった」
「だから若そうに見えたのか……」
「それでもできるかぎり本物の夫人の姿に似せようと努力はしただろうがな。そしてその後のきみとのやりとりを聞いていて、夫人が片桐である可能性を示唆する一つの要素を私は耳にした」
「蜂に対する反応、ですか」
「先ほども言った通り、片桐は虫が大の苦手だ。無論、蜂を目の前にすれば誰だって多少は慌てるだろう。だが、森田夫人の本来の性質を考えると、あのときの反応は妙だった」
「奥さんの、本来の性質?」
「森田夫人は虫好きなんだ」
「そ、そうなんですか? へえ……」
そんな人この世界に存在するんですか、とでも言いたげな顔で青年は私を見る。
「きみの相棒が、森田氏の部屋に入ったとき何かを見たと言っていなかったか?」
青年は思い出そうとするように眉を寄せ、やがて「あ」と声を上げる。
「カブトムシ」
「そう。あれは夫人の趣味でな。どこへ旅行する際にも必ずと言っていいほど一緒に連れていくそうだ。自宅にはカブトムシ以外にも実に数多くの虫コレクションを抱えているらしい。そんな彼女が蜂一匹にあれほど狼狽えると思うか?」
「お、思わないですね……」
青年は眉間に皺を寄せながら頷く。どちらかというと別の部分に彼の意識は多く向いているようにも見える。
「まあ、とにかくそういう理由で、私はきみが会った夫人が本物の森田夫人ではないと判断したわけだ。となると片桐の変装の可能性が出てくる。しかし彼女は、ホテルにいる間の変装相手として森田夫人を選ぶことはおそらくけっしてない。夫人に変装した場合、彼女の可愛いペットと四六時中同じ部屋で過ごさなければいけなくなるからだ。同じ理由で、森田会長本人に化けることもないだろう。となると、片桐が今回の変装相手として選ぶのは、森田夫妻、少なくとも森田会長に比較的近しい人物で、かつ今回の創立記念パーティーにまつわる彼のスケジュールをある程度把握することのできる人物……。そういえば、リハーサルの途中で折よく会場を抜け出したやつが一人いたな、となったわけだ」
おそらくあのときの花瓶は細野、もとい片桐が用意したものだ。双子はそれを自分たちの〝力〟を「過小評価」させるために利用していたが、そうしたのは彼女たちがあの花瓶をある程度「重い」と感知したため。今回のショーに使う小道具として、私はそれほどの重さのものを事前に注文した覚えはない。途中で交換の必要が生じ、会場を抜ける口実を作るためにあえてそれより重めのものを用意しておいたのだろう。
青年は言った。
「じ、じゃあ……今日のショーで使われたブルーパピヨンは?」
「あれは我々が用意した偽物だ。きみたちが去り、片桐が部屋から出ていった後、私は双子の〝力〟を使ってあの部屋に侵入し、偽物の宝石を金庫に置いておいた。ちなみにそのとき、奥の寝室で寝かされている夫人の姿も確認したよ。おそらくきみたちと別れて部屋に戻った片桐がそこに移動させたのだろうな。夫人もあの通り……いや、きみは結局本物には会っていないか。とにかく、それなりにお歳を召している方だから、あとで目を覚ましたとき、自分はついうたた寝をしていたのだと思い込んだのだろう」
ぽかんとした顔で首を振る青年に私は続ける。
「さて、そうしたらあとは、きみたちに『預けた』本物のブルーパピヨンを回収する作業が必要だ。これに関しては、あまり苦労はなかったな。きみたちが立てた巧妙な計画に乗ってやりさえすればよいのだから。しいて言えば、きみたちの持っている宝石が偽物だと誤認させるために嘘の情報を流すことくらいか。我々は泥棒である、とか」
ちなみに、彼らに聞かれるとまずい内容を含む会話は全て筆談で行なうようにした。どちらかというと双子(特にソル)に重要な情報をうっかり口に出してしまわないよう注意させるほうにむしろ神経を多く使った。
「そんな……」
青年は落胆したようにがっくりとうなだれる。
「聴いていたつもりが聴かれてて、偽物だと思っていたものが本物だったなんて……」
「残念だったな。億万長者になる夢がふいになって」
あはは、と青年は力なく笑う。
「……でも、これでよかったのかもしれません。いまさら言い訳みたいになっちゃうけど、僕はもともと音尾さんに弱みを握られて、脅されてやってただけだし……。宝石がちゃんと元の持ち主のもとに帰って、何事もなく終わってよかったです」
苦労が徒労に終わった無念さは感じていそうだが、言葉通り、それよりも安堵感が勝っている様子だった。まあ、本来的に根は悪人ではないということだろう。
「だけど、すみません。あなたたちが用意したっていう偽の宝石ですが、僕、どこかに落としちゃったみたいで……」
「落としたのではない。あれはいま、片桐が持っている」
「え?」
「話を少し戻すが、きみたちと別れ、ひとり部屋に戻った片桐はその後どうしたと思う? 気を取り直し、あらためて盗もうと思った宝石が金庫から消えている。自分と森田夫人を除けば、部屋に入ったのは先ほどやってきた給仕だけ。となれば、彼女がきみたちを疑うのは当然だ。
私としては、片桐が宝石を盗むとしたら双子のショーのときだろうと考えていたから、彼女がきみたちよりも前に直接部屋に盗みに入ったのは正直想定外だった。その点、きみたちを銀行役に、という私の目論見は、その時点ではあまりうまくいっていなかったと言えるな。だが結果的にその後、事態は我々にとって都合の良いように進んだ。
方法は知らないが、片桐は彼女なりにきみたちのことを調べ上げた。そして双子のショーを利用した、きみたちの計画のことを知った。そこできみたちが『本物』の宝石を手に入れた後で、それを横取りしてやろうと考えたようだ。『プロの泥棒』として、彼女もなかなか執念深い」
あ、と青年は何かに気が付いたように声を上げる。
「それじゃあもしかして、あの、トイレに案内されたとき……」
「そういえば、今日細野はマスクをしていたな。前日に不完全な変装姿できみと会っているから、万一正体がバレないようにと講じた措置だったんじゃないか」
そういうことか、と青年はひとり納得したようにうんうん頷く。これで、彼の抱えている疑問はほぼ全て解消されたはずだ。
そして折よく、目的のものも見えてきた。
「前を走っている赤い車が見えるか?」
私はフロントガラスの向こうを指さす。
「あ、はい。見えます」と青年。
「あの車に、片桐が乗っている」
「え」
「偽物の宝石には発信器を取り付けておいた。我々はそれを頼りに彼女を追っていたんだ」
「はあ、そうなんですか」
ぼんやりした様子で言う青年に、私は横目で目をやる。
「なあ、ハエくん」
「……あの、羽江です」
「未遂に終わったとはいえ、きみたちは大きな罪を犯しかけた。それを反省し、過ちを償うチャンスがあれば欲しいと思わないか?」
「は、はあ……そうですね、現に招待客のふりをしてパーティーに潜り込んだりとか、悪いことはいくつかしてしまっているわけですし……」
そうだろう、と私は頷き、そして言う。「ではそのチャンスを私が与えよう」
「へ?」
「おい。ルナ、ソル」
話に飽き、カードゲームを始めていた双子に声をかける。
「お。出番か?」
「あと一戦」
「駄目だ。続きは仕事が終わってからにしろ。片桐の車が見えた。行動開始だ」
「へーい」「わかった」
双子は座席に座り直し、同時に両手を前にかざす。がこっ、と音がして助手席側のドアが薄く開いた。
「……え? あの……」
「羽江くん、すまない。実はきみに一つ、隠していたことがある」
「隠していたこと……?」
「ショーの最中に、双子に盗聴器を取り外させたと言ったな。実はあのとき、盗聴器を外すのと同時に、きみの体に代わりにあるものを付けておいたんだ」
な、なんですか、と青年が後ろに首を回そうとする。その刹那、まるで透明な腕に下から持ち上げられたように、彼の体はふわりと座席から離れた。
「え、え? あ、あの、これは、どういう……」
「それが何かは、向こうに着いてから確かめてみてくれ」
「向こう?」
と、青年が発した瞬間。彼の体は助手席のドアを押し開け、そのまま外へと投げ出された。言葉にならない悲鳴とともに、青年の体は前に向かって飛んでいく。恐怖、困惑、その他様々な感情が入り混じったような表情がこちらを向く。私はそれに親指を立てて応じた。
羽江青年は宙を舞う。
前方を走る赤い車に向かって飛んでいく。
やがて彼の体は、車のリアウインドウ部分に着陸した。




