A-1
不安そうな顔をしているな。
やはり、自分がいまどんな境遇に置かれているのかわからないことが不安なのにちがいない。そろそろ説明してやるべきか、と思ったところで、先に彼のほうから口を開いた。
「あ、あの、この車はどこに向かっているんですか……?」
「どこに、というか、我々はある泥棒を追っているんだ」
「泥棒……」
青年がフロントミラーにちらりと目をやる。後ろで寝ている彼の「相棒」を見ているのだろう。
「きみたちのことではない。あのホテルに潜伏していた、とある一人の泥棒だ」
「一人の……。あのホテルに、僕たちやあなたたちの他に、さらに泥棒がいたんですか?」
「おい、そこ! 失敬だぞ!」
「名誉毀損。訴訟」
と、双子。青年は顔に困惑の色を浮かべる。
「我々は泥棒ではない」端的に事実を伝える。「もっとも、そうであるようにきみたちに思い込ませようとはしたが」
「泥棒じゃない……?」当然ながら、青年はまだ困惑を拭い去れずにいる。「じ、じゃあ、あなたたちは、いったいなんなんですか?」
「正義の味方!」
「賞金稼ぎ」
「どちらでもない」
……いや、どちらでもあるのか? とにかく、それでは伝わらない。
「全国指名手配犯など、当局が手を焼いているいわゆる『お尋ね者』を彼らに代わって捕まえ、その見返りとして報酬を貰う。そういう、民間の協力団体のようなものだ」
「つまり、NPCなわけよ」
「それを言うならNPO。ちなみに、営利目的だからNPOでもない。ソルはもっと英語を勉強すべき」
喧嘩を始めた双子を無視して、私は続ける。
「今回、我々はある筋から、とある泥棒があのホテルに泊まっているという情報を得てやってきた。その泥棒、国内の価値ある宝飾品を中心にこれまで数々の犯行を繰り返してきた、界隈では有名な泥棒でな。ちなみに名を片桐という」
「カ、カマキリ、ですか……」
「片桐だ。片桐繭香。まあ、本名かどうかはわからんがな」
「女性なんですね」
「ああ。そしてその泥棒を捕まえるために我々はあのホテルにやってきたというわけだ」
「宿泊費を浮かすために、森田のおじいちゃんに売り込みをかけてね」
「失礼な。売り込んだわけではない。森田会長があのホテルで会社創立九十周年のパーティーをやると聞いたから、祝いの言葉ついでに、ちょうど我々もそちらのほうに行く予定があるんですよという話をちょっとしただけだ。そうしたらむこうからオファーがあった」
「物は言いよう」
「とにかく、片桐があのホテルにいるというなら、狙いは十中八九、ブルーパピヨンだ。やつがいつ、どんな方法でそれを盗み出すつもりかはわからなかったが、その仕事を終えたらやつはあのホテルから姿を消すだろう。だからまず我々は、片桐からあの宝石を守る必要があった。そしてそれに、きみたちを利用させてもらった」
「僕たちを……?」
青年はきょとんとした顔をする。少々回りくどくなるが、私は説明を続ける。
「たとえば、きみにこれまでの仕事で汗水流して稼いだ大量の貯金があったとする」
「まあ、そんなものほとんどありませんけど……」
「たとえばの話だ。当然きみはそれを他人に奪われたくない。かと言ってそれを家に置いておいたら誰かに泥棒される危険がある。そんなとき、きみはどうする?」
「……銀行に預けますね」
「そうだ。だがそれはほとんどの人間が思い付く。金を銀行に預けるのは、便意を催したときトイレに行くのと同じくらい当たり前のことだからな」
「おじさん、例が汚いよ」
「低金利時代にあって、タンス預金も悪ではない」
「黙っていろ。とにかく、貴重な財産を預けるにあたって、その対象が容易に想像できる相手では盗難防止という観点から効果は薄い。今回のブルーパピヨンで言えば、我々を含む森田会長の関係者については誰も、それを預ける最適な相手にはなり得ない」
「泥棒にとって、予想がついてしまうから、ですか?」
「そういうことだ。だから我々はブルーパピヨンを、森田会長といっさい関係のない人物たちにいったん預かってもらうことにした」
「つまり――」
「それが、きみたちだ」
「……僕たちに、ブルーパピヨンを? いや、そんな覚えは……」
「昨日、森田会長の部屋から宝石を盗み出しただろう」
青年はぎょっとしたように私を見る。何を言うべきか迷っているように、「でも、あれは」と呟く。
「あれは偽物、か? いいや、違う。昨日きみたちが盗み出した宝石。あれこそが本物のブルーパピヨンだ」




