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Fu◯k up my tongue, or just kill me."  作者: 虹の箸


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隣町?お前カンケーねえだろ黙ってろ

Z-DOGの凱旋ライブでのステージは、地下のヘッズたちの間でひとつの「事件」として語り継がれることになった。

Z-DOG自身が前座の時雨に、ライブが始まる前、悪くねえな、と一言あったというのもある。


「あそこのライブハウスにスキルがあるオタクがいるらしい」

SNSの断片的な動画と口コミが広がり、時雨の周囲は少しずつ騒がしくなっていた。

「シグれん、マジでバズってんじゃん! あたしが発掘したようなもんっしょ!」

未蘭はすっかり時雨の「自称マネージャー」として居座り、休み時間のたびに彼のそばに来た。時雨は相変わらずラノベから目を離さず、「うるさいです」と冷たくあしらうが、以前ほどの恐怖は感じなくなっていた。


しかし、目立つということは、同時に「敵」を作るということだ。

ヒップホップは「リアル」を重んじる文化である。スラムの貧困、不良たちのストリートの現実。それを歌い上げてきた彼らからすれば、平和な家庭で育ち、学校の隅で本を読んでいるだけのオタクが評価されることは「文化への冒涜」でしかなかった。


数週間後。時雨のもとに、隣町の割と大きなクラブハウスから一通のエントリーシートが届く。

送り主は、県内最大規模のヒップホップクルー『MAD HOUNDSマッドハウンズ』のリーダー、牙王ガオウ

全身にタトゥーを刻み、少年院上がりというハードコアな経歴を持つ、文字通り「ストリートの本物」だった。

「フェイクのオタク野郎。俺たちのシマ(遊び場)で、本物の恐怖を教えてやる」

マスターは「行くな、殺されるぞ」と止めたが、時雨はエントリーシートに自分の名前を書き込んだ。言葉から逃げることは、自分自身から逃げることだ。もう、教室の隅で震えるのはごめんだった。

「あたしも行く! シグれんの用心棒としてね!」

なぜか意気揚々とついてくる未蘭と共に、時雨は完全な敵地へと足を踏み入れた。


クラブハウスは、満員の観客の熱気と殺気で満ちていた。

客の九割がMAD HOUNDSの息がかかった不良やヘッズたち。青白い顔に分厚い眼鏡をかけた時雨が上がった瞬間、怒号のようなブーイングが飛び交った。

「帰れオタク!」「お前の来る場所じゃねえ!」

ビールの入ったプラカップが投げ込まれ、時雨の足元に転がる。

未蘭が「はぁ!? ふざけんなし!」と食ってかかろうとするのを、時雨は手で制した。

ビートが鳴る。重く、冷たく、暴力的なベース音が内臓を揺らす。

先行は牙王。彼がマイクを握ると、空気が一変した。

「Yo、ここは血生臭いストリートの処刑場

温室育ちのオタク、お前のメンタルは正常?

迷い込んだヘタレにゃ早すぎる終着場ターミナル

今日で終わらせてやるぜ、その薄っぺらい日常

ラノベ読んで現実逃避? 哀れな負け犬

俺は路地裏で泥水すすってきた野良犬

お前の言葉はネットで拾ったフェイク

俺の言葉は流した血で稼ぐテイク

ギャルの後ろに隠れるだけの童貞野郎

俺とお前じゃ違いすぎるぜ高低がよ

今日でお前は確実に引退だ

マイクごとへし折ってやるぜ、その細い人体!」

圧倒的な声の圧力と、実体験に裏打ちされた説得力。

観客は熱狂し、牙王の名前を叫ぶ。誰もが、次のターンで時雨が泣き出して逃げ帰るのを確信していた。

後攻、時雨。

投げ込まれたカップの泥水で、時雨のスニーカーは汚れていた。

彼はゆっくりとマイクを口に近づけ——深く息を吸い込んだ。

「Yo yesそうだよ。俺はキモいオタク」

時雨の最初の一言に、フロアの空気がピタリと止まった。

「誰も寄り付かないここは砂漠

俺と言っちゃ腕立て一回で息が上がる

不良にカツアゲされりゃすぐ後ろに下がる

ストリートの厳しさ貧困? 知らねえよ

俺の居場所は図書室の迷路」

牙王が怪訝な顔をする。「こいつ、何を言っているんだ?」と。

時雨は言葉のスピードを上げ、さらに自分自身を抉り出していく。

「童貞コミュ障、服にいたっては母親のチョイス

なんか応援してるギャルにも怯えてる、この震えるボイス

お前が言おうとした僕への悪口ディス

先に全部言ったぜ、もう無いだろピース?

まだあるなら、僕が代わりに全部言ってやるよ!」

フロアは異様な静けさに包まれていた。

相手の「ディス(悪口)」を無効化する最大の方法。それは、相手に言われる前に、自分の弱点やコンプレックスを自ら全て曝け出し、肯定してしまうことだ。

時雨は眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、牙王を真っ直ぐに射抜いた。

「俺はノットリアルただの引きこもり。

……だけどがおうさまさまんこごめんね間違えた名前。関係ねーか

ガオウマン ガセガオーそんなゴミが作った檻で震えてるんだ言葉の波で溺れてろ!!」

ビートの重低音に、時雨の研ぎ澄まされた滑舌が完全に重なる。

「リアルを語るだけのテンプレラッパー、ワルを気取って 聞くけどお前はなんかやったのか?タタキかゴーサツ だったら食わせてみろよ、そのリアル。

できなきゃ言葉の海で溺死しろ、息の根止めろジ・エンド!

お前のフッドなんかより俺のヘッドがよっぽどスリリング

暴力でしかビビらせないなら、とっとと降りろよこのリング!」


観客の何人かが、思わず「おぉ……っ」と声を漏らす。

時雨は一歩、牙王に歩み寄った。


「あんたストリートの王様なんだろ? 『本物リアル』なんだろ?

だったら、この『偽物フェイク』の首を、今ここで言葉ライムで掻き切ってみろよ!!」


時雨がマイクを乱暴に下ろした瞬間、張り詰めていた空気が爆発した。

「ヤバい!!」「なんだ今の返し!!」

敵陣のど真ん中、アウェーの極みであったはずのクラブハウスが、時雨の捨て身のパンチラインによって完全に支配されていた。

牙王は次のターン、完全に言葉に詰まった。

時雨をディスるための材料——「オタク」「童貞」「温室育ち」——それらの弾丸は、すべて時雨自身によって先に撃ち尽くされていたからだ。何も言えなくなった牙王の姿を見て、勝敗は誰の目にも明らかだった。

帰り道。夜の街を歩く時雨の隣で、未蘭が興奮冷めやらぬ様子で騒いでいる。

「もうサイッコー!! あん時のシグれん、マジで無敵だったし! あいつの顔見た!? 完全にビビってたじゃん!」

「……耳元で大声出さないでください、星野さん」

時雨は疲れたようにため息をつきながらも、足取りは驚くほど軽かった。

自分の一番見せたくない、醜い部分。

それを隠そうとするから苦しかった。晒してしまえば、こんなにも自由になれる。

時雨はカバンの中のライトノベルにそっと触れた。

「次は……どんな言葉を使おうか」

誰に言うでもなく呟いたその目は、間違いなく、言葉を操るラッパーのそれだった。


お読みいただきありがとうございました。

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次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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