噛ませ犬
Z-DOG凱旋ライブ当日。『ROOTS』は、今まで時雨が経験したことのない異常な熱気に包まれていた。
フロアは満員御礼。誰も無名の高校生になんて期待していない。早くメインアクトを出せという焦燥感が、重い空気となってステージを圧迫していた。
その重圧の中、時雨はゆっくりとステージの中央に進み出た。
DJに軽く頷く。静かに、しかし力強いBoom Bapのビートが流れ始めた。
時雨はマイクを両手で握り、目を閉じて、自分自身の内側から溢れ出す「最初の言葉」を放った。
次から次へと流れるリリック、もともとヒップホップを聞いていたわけでないのが、逆にオリジナリティを持って、オーディエンスにしみていく。確かにメインアクトのZ-DOGのファンばかりだが、まあ聞けるじゃんくらいのリアクションだ。
時雨のリリックは終盤に差し掛かった。
…ハァ、ハァ……息が切れる、だけど胸の奥が妙に熱くて、カンケーねえ金髪のギャルが俺に言う「楽しいかもよ?」って言葉 正直、賞味意味不明、俺の辞書にそんな症状は載ってねえ、傷をえぐって、過去と向き合う、そうして言葉を吐き出して……気づいちまった、これ、めちゃ『楽しい』な
誰かに届くかもしれぬ 俺の痛みが誰かのビートに乗る奇跡
マスカキ部屋の孤独なベッド、夢にも見ないステージ中央大抜擢
Z-DOG前座? そうだ前座だ前座のキング今は俺がこの場のキング
笑え笑いたければ好きにしろ俺は俺の言葉で、今この瞬間を笑ってる!
見えねえ壁、カースト、このFuc◯ingマイクでぶち壊してやる!
これが俺のアンサー最高の『Fun』だ!!
ビートが止まり、最後の言葉がライブハウスに響き渡る。
数秒の静寂。観客たちは、ただのオタクだと思っていた少年の口から放たれた、魂を削るような剥き出しの言葉。
やがて、フロアの後方から「ヤバ……」という声が漏れ、まばらな歓声と拍手が巻き起こった。
時雨は肩で息をしながら、汗だくの顔を上げた。
最前列では、未蘭が誰よりも高く手を挙げ、「シグれん! サイッコー!!」と叫んで飛び跳ねている。
その景色を見た時雨の口角は、自然と、そして確かに引き上がっていた。
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