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Fu◯k up my tongue, or just kill me."  作者: 虹の箸


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アメニモマケズ

時雨の名前は、ヒップホップシーンや熱心な音楽ファンの間ではすでに「本物」として神格化されていた。しかし、広大な芸能界全体、特にお茶の間の一般的な知名度で見れば、彼はまだ「知る人ぞ知る、売り出し中のアーティスト」程度の存在に過ぎなかった。

その日、時雨はあるキー局のゴールデンタイムに放送される生放送の音楽バラエティ番組にキャスティングされていた。

オファーの段階では「ストリートから成り上がったカリスマ」として十分な尺とリスペクトを用意すると言われていた。しかし、いざ現場に入ってみると、実態は全く違っていた。

番組のメインは、今をときめく旬の女性アイドルグループと、人気お笑い芸人たちの絡みだった。

「いやー、サキちゃんの今日の衣装、攻めてるねー!」「やだー、見ないでくださいよー!」といった、音楽とは何の関係もないくだらないトークがダラダラと続き、押した時間はそのまま後続のアーティストの尺を削ることで調整されていく。

結果として、時雨の持ち時間は予定の半分以下、わずか「3分」にまで削られていた。

スタジオの隅の暗がりで出番を待つ時雨に、ディレクターが申し訳なさそうな顔一つせず、巻きの合図を送ってくる。

そして、芸人のMCが思い出したように、ヘラヘラとした笑顔でカメラに向かって手を振った。

「はい、それじゃあ次の曲いきましょー! えーと、今売り出し中のラッパー、時雨さんでーす! どうぞー!」

その、アーティストに対する敬意など微塵もない、あまりにも適当で消費的な送り出し。

直後、スタジオの空気が、いや、テレビの前の数千万人の視聴者の思考が、完全に停止することになる。


カメラがステージの中央を抜いた瞬間、お茶の間の画面越しにギョッとした空気が広がった。

ひな壇の芸人たちも、アイドルたちも、カンペを出していたスタッフたちも、全員が言葉を失い、目を見開いて硬直した。

そこに立っていたのは、スタイリッシュなストリートファッションに身を包んだカリスマラッパーではなかった。

白いブリーフ一丁の、右手におもちゃのモデルガンをだらりと下げた、ほぼ全裸の時雨だったのだ。

「……は?」

誰かの間抜けな声が、静まり返ったスタジオに漏れる。

放送事故だ。スタッフが慌ててカメラを切り替えようとするが、生放送中だ、どうしようもない。

時雨は、手にしたモデルガンをブラリと持ったまま、

瞬き一つしない。

底なし沼のように冷たく、狂気に満ちた瞳。


用意されていたトラックを無視し、時雨はマイクを通さずに、低くドスを効かせた地声で、カメラの向こう側にいる「芸能界」そのものを睨みつけながら口を開いた。

「……雨ニモマケズ」

スタジオに、時雨の恐ろしく響く声だけが落ちる。

「風ニモマケズ」

「雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ」

「慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル」

ラップですらない。

それは、宮沢賢治の有名な詩の朗読だった。

しかし、白ブリーフにモデルガンという極限の狂気を纏った男が、一切の感情を排して読み上げるその詩は、どんなギャングスタラップよりも恐ろしい、強烈な「社会へのテロリズム」としてスタジオの空気を完全に支配していた。

『——ソウイフモノニ ワタシハナリタイ』

最後の一節を、吐き捨てるように言い放つ。

時雨はモデルガンを床に叩きつけると、呆然と立ち尽くす出演者やスタッフには目もくれず、そのままクルリと背を向けてステージを降り、スタスタと暗がりへ消えていった。


「…………」

時雨が去った後も、スタジオには5秒以上の完全な静寂が流れた。

やがて、我に返ったMCの芸人が「えっ!? あ、ええと……斬新なパフォーマンスでしたねー!!」と引きつった笑顔で必死にフォローを入れ、番組は強引にCMへと雪崩れ込んだ。

生放送直後、ネットのサーバーはパンク寸前になった。

「時雨、白ブリーフで放送事故」「モデルガンで宮沢賢治」「完全にイカれてる」というワードがトレンドを独占し、彼が放ったたった数分の異様なパフォーマンスは、伝説的なミームとして瞬く間に拡散された。

後日。

当然のように、テレビ局の上層部からは大目玉を食らうことになった。しかし、この一件が業界に与えたインパクトは、別の意味で計り知れないものがあった。

『あいつは、適当に扱っていいタレントじゃない。ナメた真似をすれば、生放送だろうがなんだろうが、全てをぶち壊してくる本物の危険人物だ』

枠に収めようとしたテレビ局側の驕りを、圧倒的な「異常性」で粉砕してみせた時雨。

この白ブリーフ事件を境に、彼を軽薄なバラエティのノリで消費しようとするメディアからのオファーはパタリと消え失せた。代わりに残ったのは、彼自身の音楽と、その底知れぬ狂気に本気で向き合おうとする、真に覚悟のある音楽番組やメディアからのオファーだけだった。

「まったく……アンタって男は、本当に最高に最悪なプロモーションをするわね」

後日、大バズりしたネットの切り抜き動画を見ながら、SARAは腹を抱えて大爆笑していた。

そして時雨は、六畳一間から持ってきたヨレヨレのジャージ姿で、未蘭が作ってくれた豚キムチを無心で頬張りながら美蘭に「あのアイドルたちの顔、傑作だったろ」と悪びれもせずに笑うのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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