apologize
翌日。SARAの所属する超高層オフィスの最上階。
分厚いカーペットが敷かれた豪奢なプロデューサールームで、リンはSARAの前に深く頭を下げていた。
「……SARAさん、昨日は本当に申し訳ありませんでした。私、完全に勘違いしていました」
リンの声は微かに震えていたが、あの中継の時のような独りよがりな怒りも、地下のクラブで見せた怯えもなかった。そこにあったのは、己の未熟さを骨の髄まで思い知った者だけが持つ、痛切な反省だった。
「自分が『特別』な野良犬なんだって、どこかで驕ってました。泥水をすすってきた時雨さんや、全てを背負ってトップに立つSARAさんの覚悟なんて、何一つ分かっていなかったのに……。だから、私はもう一度、一から始めます。地下のクラブから、自分の力だけで這い上がって——」
「ちょっと待って」
悲壮な決意を口にするリンの言葉を、SARAの冷たい声が遮った。
革張りのソファに深く腰掛け、ネイルの仕上がりを眺めていたSARAは、呆れたようにため息をつく。
「一から始める? ゼロに戻る? ……一かゼロかなんて、バカのすることよ。」
「え……?」
顔を上げたリンに、SARAはいつも通りの、冷徹で傲慢、けれどどこまでも真っ直ぐな視線を向けた。
「せっかく掴んだメジャーの舞台と、何千万人っていうオーディエンスを捨てる気? それこそ『逃げ』じゃない。地下のライブで本物のヒップホップをやりたいなら、やればいい。でも、グループの活動だってやりなさいよ。どっちもやって、どっちのステージでも客を黙らせればいいだけのことじゃない」
「グループと、地下のライブを……両方?」
「そうよ。綺麗な衣装を着てアイドルみたいな笑顔を振りまく自分も、地下の煙たいクラブでマイクに食らいつく自分も、両方アンタの『リアル』にしてやればいいの。私だって、そうやって全部手に入れてきたんだから」
SARAのスケールの大きすぎる言葉に、リンは目を見開いた。
型にはめようとしていたのはSARAではない。勝手に「アイドルか、ラッパーか」という狭い枠に自分を押し込め、勝手に息苦しくなっていたのは、他でもない自分自身だったのだ。
SARAは立ち上がり、リンの目の前まで歩み寄ると、その肩をポンと軽く叩いた。
「それと。昨日、アンタのワガママのせいで一番迷惑を被ったのは、私でもテレビ局の人間でもないわ」
「……っ!」
「アンタの隣で、必死にステージを成立させようとしていたあの4人よ。みんなのところに戻って、ちゃんと謝ること。 まあ、みんなもアンタの謝罪ならきっと面白がって受け入れるわよ」
その瞬間、リンの目からせき止めていた涙が一気に溢れ出した。
切り捨てられても文句は言えなかった。それなのに、この絶対的な女王は、不器用な野良犬の首輪を外すのではなく、どこまでも走れるようにと新しい荒野を指差してくれたのだ。
「……はいっ……! 本当に……ごめんなさい、そして、ありがとうございます……!」
ボロボロと涙をこぼしながら、何度も何度も深く頷くリン。
その不格好で泥臭い姿を見下ろしながら、SARAはふっと口角を上げ、小声で「まったく、あの男の弟子だけあって手がかかるわね」と、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに呟くのだった。




