Rebellion
SARAが放った5人の少女たちのグループは、瞬く間にエンタメ界の覇権を握った。
エリートたちの完璧なパフォーマンスと、ソラの野性味、ニカの異質さ。そして何より、曲の心臓部で泥臭いラップを叩きつけるリンの存在は、既存のアイドルグループの概念を破壊する劇薬として大衆を熱狂させていた。
しかし、華やかな成功の裏で、リンの心にはどす黒いフラストレーションがヘドロのように溜まり続けていた。
「はい、リンちゃん! ここはカメラに向かって最高の笑顔でウインクね!」
「……はい」
テレビ局のスタジオ。煌びやかな衣装を着せられ、ひな壇で愛想笑いを振りまく日々。
インタビューで求められるのは「メンバー同士の仲良しエピソード」や「好きなスイーツの話」ばかり。SARAが計算し尽くした完璧なプロモーションのレールの上で、リンは自分がどんどん「綺麗で無害なお人形」に作り変えられていくような感覚に陥っていた。
(……こんなの、あたしがやりたかったヒップホップじゃない)
リンの脳裏には常に、あの日、審査員席から降りてきた時雨の姿があった。
他人の顔色など一切窺わず、言葉の暴力で圧倒的なリアルを叩きつけた、あのヒリヒリするような背中。
自分は「野良犬」だから選ばれたはずだ。それなのに、今の自分は首輪をつけられ、ドッグショーで尻尾を振るだけの愛玩犬になっているのではないか。
焦燥と苛立ちは、限界点まで膨れ上がっていた。
それは、年末の大型音楽特番、ゴールデンタイムの生放送での出来事だった。
数千万人が視聴する大舞台。5人はグループの最大のヒットナンバーを披露していた。レイナとミウが完璧なユニゾンを決め、客席のボルテージは最高潮に達する。
そして、トラップビートが重くなり、リンのラップパートが来る。
だが、その瞬間。
リンは決められた立ち位置を完全に無視し、ステージの中央へと歩み出た。
踊ることをやめ、カメラのレンズを真っ直ぐに睨みつける。そして、予定されていたポップでキャッチーな歌詞ではなく、喉の奥から絞り出すような、全く別の言葉を吐き出し始めたのだ。
『——愛想笑いで塗り固めた顔面、飾られたショーケースの中の操り人形
これがリアル? 笑わせんな、ここは嘘で塗り固めたプラスチックのゴミ箱だ!』
一瞬、何が起きたのか分からず、レイナたちメンバーが凍りつく。
スタジオの観客も水を打ったように静まり返り、PA卓のスタッフたちは血相を変えて立ち上がった。
『台本通りに尻尾振るだけな犬なら、今すぐ首輪を引きちぎる!
私が吐きたいのは、こんな薄っぺらい作り物の言葉じゃねえ!!』
放送事故。
ディレクターの怒号が飛び交い、カメラは慌ててステージから司会者の顔へと切り替わった。曲は不自然にフェードアウトされ、CMへと突入する。
ネットのタイムラインは、たった数分で爆発した。
「リン、放送事故www」「マジで狂ってる」「いや、アイドルへの強烈なディス、最高にパンクだろ」「周りのメンバーかわいそう……」
賛否両論、阿鼻叫喚の嵐。良くも悪くも、リンは全国民の注目の的となった。
数時間後。SARAのプライベートスタジオ。
分厚い防音扉の向こう側で、リンは一人、ソファに座り込んでいた。メイクは涙で崩れ、肩を震わせている。
「……で? 何のつもりだ、アレは」
静かに扉を開けて入ってきたのは、時雨だった。
彼は怒鳴りもしない。ただ、冷たく重い視線でリンを見下ろしていた。
リンは弾かれたように顔を上げ、涙声で叫んだ。
「私だって、時雨さんみたいになりたかったんです!! SARAさんは『野良犬でいろ』って言った! なのに、毎日毎日作り笑いして、思ってもない綺麗な言葉ばっかり歌わされて……! あんなのフェイクです! 私のリアルじゃない!!」
自分は正しいことをしたのだと、必死にすがるような目で時雨を見つめるリン。
時雨は深くため息をつくと、テーブルを蹴り上げだ。
ビクッと肩をすくめるリンに、時雨は低い声で言い放った。
「勘違いすんな。お前のやったことは『リアル』でもなんでもない。ただの子供の癇癪だ」
「……っ!」
「お前を輝かせるために、裏で何十人のスタッフが動いてると思ってんだ。隣で踊ってたメンバーたちは、あの日のためにどれだけ血の滲むような練習をしてきた? お前はそれを全部泥で汚して、自分一人が気持ちよくなるためだけに『仲間』を裏切ったんだよ」
時雨の言葉は、鋭いナイフのようにリンの胸をえぐった。
「俺は、守るべきものを守るためにマイクを握ってる。……お前が今日マイクでやったのは、ただの破壊だ。そんな薄っぺらい覚悟で俺の名前を出すな」
涙をポロポロとこぼし、言葉を失うリン。
時雨は彼女の腕を乱暴に掴むと、無理やり立ち上がらせた。
「……来い。お前の大好きな『リアル』がどんなもんか、教えてやる」
地下室の掟、マイクの重み
時雨がリンを引きずり込んだのは、都内のディープな繁華街の地下深くにある、薄暗い小箱だった。
煙草の煙と安いアルコールの匂い。フロアにいるのは、テレビ局にいたような行儀の良い客ではない。目つきの悪いストリートのハスラーや、全身タトゥーの男たちが、ステージ上で繰り広げられるMCバトルに汚いヤジを飛ばしている。
そこは、かつて時雨が泥水をすすりながら這い上がってきた、純度100%のアンダーグラウンドだった。
「ひっ……」
異様な空気に怯え、時雨の背中に隠れようとするリン。しかし時雨は、彼女の背中を無情にもステージの方へと突き飛ばした。
「時雨さん……!?」
「お前、テレビの生放送で『自分の言葉を吐きたい』って喚いたよな。お膳立てされたステージじゃなくて、本物のストリートで闘いたいって」
時雨は、DJブースの横で出番を待っていた強面のラッパーからマイクを奪い取ると、それをリンの胸に強く押し付けた。
「なら、ここで証明しろ」
フロアの視線が一斉にリンに突き刺さる。
「おい、あいつテレビに出てるアイドルのガキじゃねえか?」「何しに来たんだよ、お遊戯会なら他所でやれ!」
容赦ない嘲笑と敵意の雨。バックについてくれるSARAの権力も、レイナたちの完璧なダンスのカバーも、ここには一切存在しない。
「お前が吐き出した言葉の責任は、お前自身でケツを拭け。……ここで誰か一人でも、お前のラップで黙らせることができたら、俺がSARAに頭を下げてグループに戻してやる」
時雨は腕を組み、冷酷な目でリンを見据えた。
「できなきゃ、お前は一生『作り物のステージを逃げ出したダサいガキ』のままだ。……やれ」
スピーカーから、腹の底に響くような重く攻撃的なビートが流れ始める。
逃げ場はない。
圧倒的な恐怖とプレッシャーの中、リンは震える手でマイクを握りしめた。テレビカメラの前で見せたような安い反逆ではない。命を削って言葉を紡ぐ「本当の闘い」が、今、地下室で幕を開けたのだ。




