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Fu◯k up my tongue, or just kill me."  作者: 虹の箸


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第25話 be sued by one's own parents

SARAへの義理は果たした。オーディション番組の熱狂が一段落し、時雨はいよいよ自身のファースト・アルバムの制作に全神経を集中させていた。

テーマは決まっている。

間もなく生まれてくる新しい命への畏敬。どんな暗闇の中でも自分を信じ、支え続けてくれた最愛の妻・未蘭への愛とリスペクト。そして、そんなささやかな幸せを脅かそうとする、社会の冷たさと矛盾。

過去のルサンチマンだけではない、未来へ向けた「今の時雨」の等身大のリアルをリリックに叩き込んでいく日々。

そんな矢先、スマートフォンに見知らぬ番号からの着信があった。

『……久しぶりね、時雨。テレビ、見たわよ。立派になって』

電話の主は、自分を捨てたも同然の実の母だった。

最初は「息子の活躍を喜ぶ母親」を演じていたものの、5分も経たないうちにその本性が顔を出した。「最近体調が悪くて」「今月の家賃が……」と、遠回しな、しかし明確な金の無心だった。

SARAとの共演で大金を手にしたと踏んで、どこからか連絡先を嗅ぎつけてきたのだろう。

時雨は電話を切り、静かに息を吐いた。

怒りよりも先に、どうしようもない吐き気と虚しさが込み上げてくる。しかし、次の瞬間にはペンを握っていた。このドロドロとした感情すらも、今の自分にとっては最高の「マテリアル(素材)」だ。

時雨は実の母への嫌悪と、親子の縁という呪縛の醜さを、赤裸々なまでに凶暴なリリックへと昇華させ、アルバムの一曲として録音した。


『Ah...

俺には誰にも言えない家族の秘密がある

世間が知ってるかどうかはわからねえが

連中が俺を棺桶にぶち込んで 蓋をしちまう前に

腹の底のヘドロごと 全部ここにぶちまけるぜ


あれはすっと以前の話だ

俺がまだ子どもで何も知らない頃、あのろくでなしの親は俺を置いて家をを出て行った、帰ってきやしなかった。

最後に別れのキスをしたか? いや、一万だけ残した。

それから ただアイツは死んだと思ってた。俺の中で。

でも今、隣で眠る未蘭の寝顔を見て思うんだ

彼女や、これから産まれてくる命のそばから離れるなんて、今の俺にはありえやしない。

例えあのババアの浅ましい金の無心に反吐が出ようが

歯を食いしばって 真正面から向かい合ってやる。

俺だって間違いは山ほどしてきた、所詮ただの人間だから、でも俺は「親」って責任から逃げ隠れだけはしねえ

そして俺が人生でやった一番賢い行動ってのは話を聞かずに切ったことだ、電話を縁を。


じゃなきゃ怒りでアイツをマジで殺しかねなかったもんな

ぶっ殺す寸前で、俺は代わりにマイクの引き金を引いたんだ

血の呪縛も痛みも 全てビートの上で金に変える

これが俺の選んだ人生 俺のリアル』


数ヶ月後、時雨のファースト・アルバムがドロップされた。

結果から言えば、それは日本のヒップホップシーンの歴史に深く刻まれる名盤となった。

新人離れした圧倒的なスキルと世界観。盟友ジードックを客演に迎えたゴリゴリのストリート・アンセムから、SARAの天上のボーカルと交差する壮大なトラックまで、一切の隙がない完成度。

中でもリスナーに強烈なインパクトを与えたのが、実の母への愛憎と金の無心を赤裸々に綴ったあの曲だった。

「親をディスる」というタブーに踏み込んだ生々しいラップは、瞬く間にSNSで拡散され、時雨というアーティストの「底知れぬリアル」を世間に知らしめる起爆剤となった。アルバムのセールスは爆発的に伸び、時雨は名実ともにトップラッパーの仲間入りを果たした。


しかし、光が強ければ闇は濃くなる。

アルバムの大ヒットから数週間後、時雨の元に一通の内容証明郵便が届いた。

実の母からの、名誉毀損と侮辱による損害賠償請求だった。

「自分のことを曲の中で公然と非難され、精神的苦痛を受けた」というのが相手の言い分だった。

弁護士からの書面を前に、時雨の心は揺れていた。

金目当ての浅ましい行動であることは百も承知だ。その生き方を軽蔑する心に嘘はない。だが同時に、幼い頃、わずかな期間とはいえ自分に飯を食わせ、育ててくれた「母親」であるという事実が、時雨の足枷となっていた。

「……めんどくさいことになったな」

頭を抱える時雨に、助け舟を出したのはまたしてもSARAだった。

「バカね。そういう輩は、法律と金で物理的に黙らせるのよ」

呆れたように笑うSARAが紹介してくれたのは、芸能界に精通した凄腕の弁護士だった。

弁護士の動きは迅速かつ冷徹だった。裁判で争うまでもなく、相手の弱みと要求額の妥当性を徹底的に詰め、最終的には「手切れ金」とも言える程度の和解金を支払うことで、一切の接触と権利主張を放棄させるという示談を成立させた。


すべての手続きが終わり、弁護士事務所からマンションへ帰る道すがら、時雨は自分の心の中を覗き込んでいた。

実の母親に訴えられ、金で縁を切った。

本来なら、もっと深く傷ついたり、激しい怒りや虚無感に苛まれたりするはずの出来事だ。自分の中で何かがポキリと折れてしまうのではないか、とさえ思っていた。

だが、驚くほどに何も感じなかった。

心が麻痺しているわけではない。ただ単に、あの母親に対する感情の糸が、完全に、そして綺麗に消滅していたのだ。

夜、ダイニング。

未蘭が作ってくれた、昔から変わらない味の豚キムチをつまみながら、時雨は今日の出来事と、自分の心の無関心について正直に打ち明けた。

「……俺、人間としてどこかおかしくなっちまったのかな」

自嘲気味に笑う時雨を見て、お腹の大きくなった未蘭は、呆れたように、しかし太陽のように明るく笑い飛ばした。

「当たり前じゃん、そんなの!」

「え?」

「シグれんは何もおかしくないよ。だって、そんな昔のことに構ってる暇なんてないでしょ? 私たちにはこれから、もっともっと大事なものができるんだから。もう、そんな人のことは忘れなよ」

未蘭は満面の笑みで、時雨の茶碗に大盛りのご飯をよそった。

「ほら、冷めちゃうよ。いっぱい食べて、またかっこいい曲作ってね」

その底抜けに明るい声を聞いた瞬間、時雨の中で僅かに残っていた心の澱が、嘘のようにスーッと溶けて消えていくのを感じた。

(……ああ、そうか)

自分にはもう、帰るべき場所がある。守るべき確かな未来がある。

血の繋がりや過去の呪縛など、この温かい食卓の前では何の力も持たないちっぽけな幻でしかなかったのだ。

時雨は茶碗を受け取り、豚キムチを口いっぱいに頬張った。美味い、生きてる俺は、実感する、生きている。

SARAという戦友、ジードックのような悪友、そして何より、世界で一番自分を愛してくれる最愛の妻。

彼らに救われ、支えられている今の自分は、間違いなく無敵だった。


お読みいただきありがとうございました。

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次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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