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Fu◯k up my tongue, or just kill me."  作者: 虹の箸


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第18話 She had a baby amidst a frenzy of popularity.

SARAの予言は、恐ろしいほどの精度で的中した。

リリースされた楽曲は、瞬く間にストリーミングチャートを席巻。天上界の歌姫が放つ透明なメロディと、地下の泥水から這い上がってきた時雨のザラついたラップ。その極端なコントラストは、リスナーに強烈な中毒性をもたらした。

特に、ゴールデンタイムの大型音楽番組でのパフォーマンスは決定打となった。画面越しでも伝わる二人のヒリヒリとしたセッションはSNSでトレンドを独占。時雨を取り巻く環境は、文字通り「一変」した。

取材、撮影、次回の打ち合わせ、ラジオ出演。スケジュール帳は黒く塗りつぶされ、六畳一間のボロアパートに帰るどころか、睡眠時間すら移動車のシートで細切れに取るような日々が続いた。


スポットライトが強ければ強いほど、そこに落ちる影もまた濃く、黒くなる。

「シグれん、昨日のテレビも最高だったよ! ご飯ちゃんと食べてる?」

たまに繋がる電話越しの未蘭は、いつもと変わらない明るい声を作っていた。しかし、急激な露出は、得体の知れない悪意をも引き寄せていた。


「SARAの隣にいるあのラッパー、誰? 邪魔なんだけど」

「スキャンダル起こす前に業界から消えろ」

「あいつの過去掘ったけど、まともな育ちじゃない。「住所特定したわ」

熱狂的なSARAのファンからの嫉妬、あるいは単なる愉快犯からの誹謗中傷。それは次第にエスカレートし、未蘭が一人で待つアパートのポストには、カミソリの刃が同封された脅迫状まで届くようになっていた。未蘭は時雨に心配をかけまいと気丈に振る舞っていたが、疲労の隙間を縫って帰宅した際、時雨がその事実に気づくのに時間はかからなかった。


「アンタ、顔色最悪よ。全然寝てないでしょ」

ある日のスタジオ。すっかり時雨を「戦友」として認識するようになったSARAが、コーヒーを差し出しながら呆れたように言った。時雨が未蘭への脅迫やセキュリティへの不安を吐露すると、彼女はあっさりと答えた。

「だったら、うちのマンションに越してきなさいよ」

「……は?」

「部屋は空いてるし、あそこのセキュリティは要塞レベルだから、週刊誌も頭のおかしいアンチも絶対に入ってこれない。下の階には機材が揃ったプライベートスタジオもある。曲作りにも便利でしょ?」

トップスターの住む超高級マンション。かつての自分なら、住む世界が違うと絶対に断っていたであろう提案だ。しかし、今は未蘭の安全が最優先だった。

「……恩に着ます」

「ふふっ。いい曲作って返すことね」


数週間ぶりに帰還したアパート。

換気扇は回っておらず、豚キムチの匂いもしない。ただ、張り詰めたような不安の匂いだけが部屋に満ちていた。

「未蘭、聞いてくれ。引っ越すことにした」

時雨は、SARAのマンションへ移ることを告げた。これ以上、未蘭を危険な目に遭わせるわけにはいかない。セキュリティも完璧だ、と必死に説得する時雨に対し、未蘭は静かに頷いた。

「そっか。……よかった。シグれんも、SARAさんも、本当にすごいね」

俯いていた未蘭が、ゆっくりと顔を上げる。その瞳には、不安や恐怖とは違う、もっと根源的な覚悟のようなものが宿っていた。

「ねえ、シグれん。私も、言わなきゃいけないことがあるの」

「……どうした?」

「私ね、赤ちゃんができたの。シグれんの子だよ」


時が、止まった。

トップアーティストとの共演、数千万人からの称賛、何億円もするタワーマンション。そんなものは一瞬で吹き飛んだ。

子供が、できた。

自分のような、何者でもなかった路地裏のクソが、父親になる。

未蘭の震える小さな手を握りしめた瞬間、時雨の中で「何か」が弾けた。

今までラップにしてきたのは、社会への怒り、底辺のルサンチマン、己の存在証明だった。しかし今、彼の脳内を駆け巡っているのは、全く違う感情だ。

守るべき命の重さ。どんな時も自分を信じて共に歩んでくれた愛しい女への誓い。これから直面するであろう未知の世界への恐怖と、それを遥かに上回る眩しい希望。

ドクン、ドクンと、自身の心臓の音が、そのままキックドラムの重低音に変わっていく。

頭の中で、泥臭くも力強い、生命力に溢れた新しいビートが鳴り始めた。そこに乗せるべき言葉が、泉のように次々と湧き上がってくる。

それは間違いなく、時雨というラッパーが真の意味で次のステージへと昇る、魂の産声だった。

「……最高の曲を、作る。俺たちと、この子のためだけの曲を」

涙をこぼす未蘭を強く抱きしめながら、時雨はまだ見ぬ我が子へ捧ぐ、新たなリリックを紡ぎ始めていた。


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