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Fu◯k up my tongue, or just kill me."  作者: 虹の箸


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第14話 Partings and new ties

季節は巡り、桜の花びらがアスファルトを薄紅に染める春。

時雨の高校生活は、静かに終わりを告げようとしていた。

卒業証書を片手に、時雨は誰もいなくなった教室の隅——かつて自分が息を潜め、分厚い辞書の陰に隠れるようにして過ごしていた「指定席」に視線を落とした。

大半の高校生活は、ただひたすらに暗く、重い泥水の中に沈んでいるような日々だった。

しかし、言葉という武器に出会い、マイクを握ってからのは怒涛の熱狂の中にあった。


狂ったようにビートと向き合い、自らの傷を抉り出し、ステージで全てを解放する日々。そして、その激動の渦中で、常に隣で笑い、泣き、支え続けてくれた未蘭という存在。

「シグれーん! なに黄昏たそがれてんの! 写真撮るよ!」

教室の入り口から、短く着崩した制服姿の未蘭が手を振っていた。彼女の手には、二人で買ったお揃いのスマホケースが握られている。

「……今行く」

時雨は、かつての自分の幻影に短く別れを告げ、光の差し込む廊下へと歩み出した。

高校卒業という節目を迎え、時雨の中にはすでに、揺るぎない「二つの決断」が固まっていた。


卒業式の日の夕方。

時雨は未蘭をアパートに帰し、一人である場所へと向かった。

閑静な住宅街に建つ、立派な二階建てのマイホーム。時雨をゴミのようにアパートへ放り込み、新しい家族と平穏に暮らす「父親」の家だった。

インターホンを鳴らすと、怪訝な顔をした父親が玄関から顔を出した。数年ぶりに見る息子の姿、しかも見違えるほど精悍になった顔つきに、父親は一瞬誰だか分からない様子だった。

「……時雨か? 連絡もなしに、いきなりどうした」

「すぐに終わります」

時雨はカバンから一冊の通帳とキャッシュカードを取り出し、父親の胸元に突きつけるように差し出した。

「高校を卒業しました。今まで、最低限の生活費を出していただきありがとうございました。この口座はもう使わないので、お返しします。あと、使わせていただいた金額はこの口座に入金しました」

「……は? お前、これからどうやって生活するつもりだ。大学には行かないと言っていたが……」

「自分で稼ぎます。音楽で」

父親の顔に、明確な侮蔑の色が浮かんだ。

「音楽だと? 馬鹿なことを言うな。お前みたいな薄暗い人間に何ができる。どうせ路頭に迷って泣きついてくるのがオチだ。その時になって……」

「黙れよ」

時雨の低く、芯のある声が、父親の言葉を冷たく遮った。

「俺はもう、あんたに何も期待してないし、憎んでさえいない。ただ……もう俺の人生から、完全に消えてもらおうと思って。これでお別れです。もう二度お会いしません」

時雨はカードを通帳に挟んで父親の手に押し付けると、一切の未練を見せず、きびすを返した。扉が閉まる音が、背後で聞こえた。

血の繋がりという重い鎖を、自らの手と、言葉で稼いだ力で断ち切ったのだ。

足取りは、驚くほど軽かった。

すっかり日が落ちた頃、時雨は自分の六畳一間のアパートに帰った。

ドアを開けると、換気扇の回る音と共に、味噌汁と肉を焼く温かい匂いが漂ってきた。

「あ、おかえりシグれん! ハンバーグ、もうすぐ焼けるよ」

エプロン姿の未蘭が、フライパン片手に笑顔で振り返る。

「ただいま。……未蘭、ちょっといいか」

時雨は靴を脱ぐと、キッチンに立つ未蘭の前に真っ直ぐに歩み寄った。

いつもと違う時雨の真剣な雰囲気に、未蘭は不思議そうにコンロの火を止めた。

「どうしたの? 父親のとこ、行ってきたんでしょ? なんか言われた?」

「いや、完全に縁を切ってきた。これで僕は、正真正銘の天涯孤独だ」

「そっか……。お疲れ様、シグれん」

未蘭は優しく微笑み、時雨の頬に手を伸ばそうとした。

しかし、時雨はその手をそっと両手で包み込み、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。

「だから……僕の家族になってほしい」

「……え?」

「僕には何もない。親の愛も知らないし、温かい家庭の作り方も分からない。君も、実家にはもう戻れないだろ」

時雨の言葉は、飾らない、剥き出しの真実だった。

「世間の普通の夫婦みたいに、立派なことはできないかもしれない。でも、君が僕の言葉を信じてくれたように、僕は一生、君を守るために言葉を紡ぐ。僕の人生のすべてを、ラップと、君に捧げる」

時雨は、繋いだ未蘭の手にぎゅっと力を込めた。

「高校も卒業した。もう大人だ。……未蘭、僕と結婚してくれ」

シン、と静まり返った六畳間。

未蘭の大きな目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。彼女は両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んで子どものように声を上げて泣き始めた。

「……ずるい。そんなの……断れるわけ…ないじゃん……っ」

泣きじゃくる彼女の肩を、時雨は床に膝をついてしっかりと抱きしめた。

美しい指輪も、夜景の見えるレストランもなかったけれど、二人にとっては、お互いの存在そのものが世界で一番の救いだった。

親から与えられなかった「家族」を、今度は自分たち自身の手で作り上げる。

暗闇の中で身を寄せ合ってきた二人の迷子は、本当の居場所を見つけたのだ。

その日を境に、時雨の私生活はより一層、純度を増して「ヒップホップ」へと向かっていった。

父親との訣別、そして未蘭との永遠の誓い。

血の繋がりを捨て、愛と言葉で新たな縁を結んだ時雨の覚悟は、そのまま彼のリリックにすさまじい熱量となって宿った。

失うものがなくなった男のフロウは、以前にも増して鋭く、深く、そして聴く者の魂を震わせる「神髄」へと到達しつつあった。

『ROOTS』の地下から始まり、全国のクラブ、そしてやがては日本中を巻き込むことになる、ラッパー・シグレの本当の伝説。

それは、彼が「守るべき家族」を手に入れたこの春の夜から、静かに、そして爆発的に幕を開けたのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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