↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〇を書くけど〇じゃないから  作者: 佳上 成鳴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/14

莎羅という犬が心の支えだった。

 昔飼っていた柴犬の莎羅(さら)は「新聞配達」が出来た。

と、言っても色々なお宅を訪問するのではなく父から母に新聞を持っていくだけのお仕事だった。

目的はおやつのボーロ。莎羅はそれが大好きで喜んで配達してた。

なんなら「やりたいんだけど」と催促してた。


 莎羅を飼い始めたのは柴犬を飼いたいと親に話して親戚の叔母が近所で安く売っているところがあると連絡をくれて東京から静岡まで買いに行った。

 動物病院で「こんなに毛がある子は初めてだ」と後で言われるくらいもふもふで抱き上げたら嬉しそうにペロペロと顔を舐めてきて即座に「この子にする!」と買うことになった。

 色々と説明を受けていた時に側にいた老夫婦が「ほら、あなたが早く決めないから買われちゃったじゃない」と話していたのが聞こえたのでタッチの差でうちに来た。もしかしたらうちの犬にはなってなかったかもしれない。

 家中で飼うからケージやらあれこれ買って車で大荷物になりながら静岡から帰ってきて箱から出したら「ここどこ?なにこれ?」と大はしゃぎだった。オロオロとするという子も多いと聞くが莎羅は呑気にあちこち見て回ってた。

 名前…と考えたが出てきたのはわたしの自作の漫画のお気に入りのキャラクターの「莎羅」という名前。すぐに決まった。

 名前でわかる通り女の子。血統書つきだ。

後でわかったことだが莎羅のおじいちゃんが有名なわんこで莎羅の親戚が沢山いた。

 あれこれ写真を撮っていたがホームページを作ろう!と思い立ち、すぐにソフトを買ってきた。(当時はYouTubeも無い時代でネットではホームページが乱立していた)

ドリームウィーバーというソフトであーでもない、こーでもないと作ったのが「DOG'S ROOM」というもの。プロバイダのサイトで作ったのでタダだった。今思えばもっと莎羅の名前を入れた名前にすればよかった。

 そこからあちこちの柴犬のホームページを訪問して柴犬の仲間ができた。

blogも開設してホームページにリンクさせて色々と華やかにした。

犬とは全く関係ないゲームも作ってホームページに載せたりもした。

 毎日莎羅のことを日記のように綴ってアップするのが楽しかった。

日に日に大きくなっていく莎羅のことが可愛くて仕方なかった。

大きくなる頃には小さい頃の積極的な性格は姿を消しのんびりマイペースな子になっていった。

 散歩は徹底的に躾をした。常に横を歩くこと。走って引っ張らないこと。道ゆく人を噛まないこと。撫でてくる人を噛まないこと。

莎羅はその躾にちゃんとついてきてて引っ張らず良い子に散歩するようになった。

 早朝の日の出と共に散歩に出かける。夕方も散歩をする。

するといつもすれ違ういぬの散歩の人たちと顔見知りになって挨拶するようになった。特に立ち止まって長話…ということはなかったが色んな犬を見るのも楽しかった。

 その頃に早起きの習慣が出来て今でも朝4時に起きて旦那さんのお弁当を作っている。莎羅のおかげで早く仕事に行く旦那さんのサイクルにもついていけている。もし、朝がだめなタイプだったら今大変だったかもしれない。

 ホームページで仲良くなって比較的近い人と昭和記念公園に行ってみんなで散歩としたこともある。みんな柴犬仲間なので黒柴、赤柴(白柴はいなかった)たちで5、6匹でドックランに寄って遊ばせたりもした。

 その時莎羅を車で連れて行っていたんだけど、どうも車が苦手らしく緊張しているのは治らなかった。

 莎羅のために車用の安全な入れ物を買ったのでそれはわたしの車の後部座席の指定席になった。大きな箱のような物だったんだけど莎羅の最後の時にそれに入ってもらって世話をしたのでとても役に立った。

 莎羅は洋服犬で色々な洋服を買った。最初は作ってみたのだがあまりにも下手くそで作るのは諦めた。

 車で30分以上かけてお店に行き気に入って買ってあげた可愛いジャージは2日くらいでボロボロに噛み引きちぎられた。勿論わたしにめちゃめちゃ怒られた。5000円も出したのに2日って…落ち込んだ。

 犬だから仕方がない。それはわかっている。だけど…だけど!このやるせなさ、わかっていただけるだろうか?

 雨用のコートも寒い日用のコートも買った。雨用のはガチャピンが大きくプリントしてあって一部では莎羅ではなくガチャピンって呼ばれるようになった(笑)ほかの一部では緑から連想してバッタとも呼ばれいた。これは手足が濡れてしまう感じの体を覆うだけのものだったけど莎羅自身も気に入っていたのか、これを着るのを嫌がることはなかった。

 破いてしまったジャージも気に入っていたからボロボロになったんだと思う。それ以降はどの洋服もボロボロにすることはなかった。わたしが本気で落ち込んでいたので悪いなと思ったのかもしれない。


 最初はゲージで寝ていた莎羅だったがいつの間にかわたしの布団で寝るようになった。まぁそれは良いんだけど、私が布団でゴロゴロしながらテレビを見ていると必ずやってきてテレビと私の間を陣取る。そうなるとテレビは見えなくて莎羅しか見えない。

「ちょっと退いて」とどかしてもすぐにまた間に来てじっと私を見ている。そこから軽い喧嘩が始まって、どいて、嫌だ。となって、いつだったか顔にビンタされた。しかも顔の真ん中。犬なので頬を叩くっていう発想がないのは分かるけど顔の真ん中ビンタしなくても…と思ったら思わず笑ってしまった。そしたらわかったか。と言わんばかりにペロリと打ったところを舐めてきた。そしてまたテレビと私の間に座った。

私がテレビを見ているのが気に入らないのか構ってほしいのかはわからないけどとにかく邪魔をしてきた。なんでなのか。

そういえば寝てたら顔を踏まれたこともある。驚いて飛び起きたら笑顔で尻尾振ってた。なんでなのか。


 そんな感じで16年一緒に過ごした。

最後は病気で亡くなってしまったが介護はほぼ無くいい子で旅立った。

莎羅の前に飼っていた犬が老衰で亡くなったんだけど最後はもがき苦しんで亡くなったので莎羅は安らかな最期にするつもりで飼っていた。

お薬に頼ってしまったけど眠るように亡くなった。

 その時に私は「ありがとう」「一緒にいられて嬉しかった」「大好きだよ」などと感謝と気持ちをずっと言っていた。どこまで聞けたかは分からないけど。

 亡くなってから病院の方々が綺麗に体を拭き、段ボールに入れて花まで用意してくれていた。時間外の夜だったのに慌てて買いに行ってくれたんだろう。感謝しかない。

 それを見て私は泣き崩れた。

ずっと一緒に過ごしてきてどれだけ莎羅が私の中で大きな存在で支えていてくれたのか実感した。

母は「あんたはよくやったよ。ちゃんと面倒見れてたよ」と言った。

泣きながらそうなのかな。そうだといいな。と思っていた。

火葬場でもう見れないとその姿を目に焼き付けた。

そして、撫でた。少し硬くなった体だったけど毛並みは生きている時のまま。もう撫でることも出来ない。私は火葬場でまた泣いた。


 今でもむしょうに莎羅を撫でたい衝動に駆られる。

でも、それは無理。いいようのない悲しみが10年経った今でも襲い掛かる。

こうして書いている時も泣きそう。それほど、莎羅は私の中で大きな存在だった。一緒に生きた。一緒に遊んで散歩して話しかけて喧嘩して…


 莎羅は楽しい人生を過ごせただろうか?家に来てよかったと思ってくれただろうか?

そういう疑問をずっと考えていたが、きっと楽しくて仕方ない人生だっただろうと思うことにした。

今でもずっともふもふしたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。