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「エイナル──ッ‼︎」


 金色の糸に引っ張られていく彼女が叫んだ瞬間、すべてを思い出した。


 すると、自分の身体を覆っていた黒い靄が弾かれるように消え失せた。


 身体がじんわりとあたたかくなる感覚がある。


 記憶が次から次へと脳裏に浮かぶ。




「──ほれ、これをお前さんにやろう」


 そう言った老人は、年齢に反して屈強な体躯をしていた。しかし、片方の足の膝から下がないのは、先の戦で苦境に立たされていた隣国からの要請を受けて参戦した際、負傷した味方をかばって失ってしまったかららしい。


 老人の名は、ナルヴィク・ルオリ。ベロニウス王国の北部一帯を治める領主で、数々の武勲を立て、戦勝の将軍とまで称される男だった。


 そのルオリは、両親を亡くして路頭に迷っていた幼いエイナルを見かけ、連れ帰った。


 最初はその優しさを信じられず、エイナルは反抗してばかりだった。


 しかし、気づけばルオリを尊敬し、彼の役に立ちたいと思うようになった。


 エイナルは、ルオリから剣術や戦術、領地運営などのさまざまなことを学んだ。


 ある日、エイナルはルオリが持っている勲章メダルの中のひとつに目を奪われる。


 銀製のメダルの表面に施されているのは、王冠を被った横向きの獅子が力強く天に向かって吠えている意匠だった。


 もちろん勲章メダルがどういったものか、エイナルは理解していた。


 だから、ただ見惚れていただけなのに、まさか後日、それをやると言われたときは心底驚いた。


 あり得ない言葉に、エイナルはすぐさま断った。


 しかし、ルオリは何を思ったのか、エイナルの目の前でいきなりメダルの表面に彼の名を彫ってしまったのだ。


 当然ながら、細工師ではない素人のルオリの手で彫られた文字は、大層いびつだった。


 ルオリはエイナルの頭をくしゃくしゃ撫でながら、


「エイナルよ。そういえば、聖書に登場する獅子を連れた聖人の名も、エイナルだったな」

 そう言って愉快そうに笑った。


 それからその勲章メダルは、エイナルにとって何物にもかえられない宝物になった。

 



 だから、その勲章メダルを王都の手癖の悪い騎士らに奪われたとき、エイナルはかつてないほどに感情をあらわにした。


 相手は自分よりも体格のよい騎士でしかも複数だったが、相手に傷を負わせてもいいなら取り返せなくはない。


 しかし、そのときのエイナルはルオリの指示で、秘密裏に城下の外れにある教会を支援するため出入りしている状況だった。


 だからこそ、余計にルオリの名が入っているメダルを渡すわけにはいかなかったし、それ以上に自分の唯一の宝物を奪われたくなかった。


 相手に油断する隙を与えながら慎重に機会をうかがっていたのに、あろうことかメダルを持っている騎士は無造作に放り投げたのだ。


 さすがにそこまで予測できていなかったエイナルはひどく焦った。


 メダルは石畳の上、馬車の轍付近に落ちる。


 早く拾わなければと思ったとき、タイミング悪く向こう側からは勢いよく馬車が走ってくるのが見えた。迷っている暇はない。そう思った瞬間、建物の影からひとりの少女が飛び出し、メダルを拾い上げた。


 エイナルは呆気に取られたが、すぐさま自分を押さえつけている背後の騎士に足をかけて倒すと、少女の華奢な身体に両手を伸ばした。


 すんでのところで、少女と馬車の接触は避けられたが、受け身をとった拍子に石畳の出っ張りに頭をぶつけて負傷してしまい、意識を失ったのだった──。




 そのあとは、気づくと真っ暗闇に覆われた見知らぬ空間にいた。


 自分の中は空っぽで、自分の存在も、名も、何もかもがわからなかった。


 そんな中でも、時々感じるぬくもりがあたたかく、なくなると名残惜しいような気がした。


 そして、彼女が現れたときから、何かが変わり始めた。


 凍った分厚い氷に少しずつ亀裂が入るように。


 その声が、言葉が──。


 自分の中の何かを揺さぶり、あたたかな記憶を呼び起こす。


 だから、嫌だった。


 それがどんな願いであろうと、その命と引き換えにするなんて──。


 気づけば身体が動いていた。


 そして、彼女の腕に触れた瞬間、わかった。


 あのぬくもりは、彼女によってもたらされていたものだったのだと──。

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