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 シーラ・ベロニウスは、ベロニウス王国の第四王女として生まれた。


 ベロニウス王国の王族は代々琥珀(こはく)色の瞳を持ち、さらにその多くは陽光のような輝く金色の髪の毛を持って生まれる特徴がある。


 しかし、シーラは金色の髪の毛をしていたものの、その髪は毛先にいくほど徐々に赤みを帯びる不思議な色合いをしていた。さらに王族特有の琥珀色の瞳ではなく、ブルーサファイアのような神秘的な濃い青い瞳だった。


 シーラの母は赤い髪と青い瞳を持つ女性で、田舎の子爵と平民の娘が恋に落ち、その間に生まれた子だった。家庭は愛にあふれていたが、一歩外に出ると平民の血が混じる子どもと差別され、周囲からの視線はとても冷ややかだったという。


 それでも母は税収の乏しい子爵家の助けに少しでもなればという思いから、女性が働ける数少ない職場である王宮侍女に志願して働き始める。しかしある日、不運にも国王の目に留まってしまい、なかば強引に側妃に据えられ、やがてシーラを生んだ。


 国王は母のほかにも側妃を数人娶っていたが、いずれも血統正しい高位貴族の娘だった。


 しかし、王族の次に高貴な血筋を持つ公爵家出身の正妃は、高位貴族の娘であろうと側妃を迎えること自体に激しく反対していた。にもかかわらず、平民の血が混じった女がいっときであろうと国王の寵愛を受けることになり、


『卑しい雑種の血が混じった赤毛の青い目の女。その女が生んだ娘もまた卑しい雑種にすぎない──』


 そう言って、ことあるごとに激しい憎悪と嫌悪をあらわにした。


 当初こそ国王は側妃に据えるほど母を目にかけていたが、シーラが生まれるころには興味を失ったらしかった。最低限の生活を保障するだけで、会いに来るどころか声をかけることもなかった。


 さらに正妃の指示で、母とシーラは人前には出ることが許されなくなり、王城内の最北端、城壁近くにある木々に覆われた古びた屋敷の奥で身を潜める生活を強いられるようになった。


 母はせめて、娘のシーラだけでも自由を与えてほしいと懇願したが、正妃がそれを許さなかった。


 正妃は執拗に母を虐げ、貶め、誹謗中傷の噂を流し、とことん追い詰めた。


 母は一縷(いちる)の望みを託して国王に助けを求めるも、そのころには国王は正妃の後ろ盾を失えない状況に陥っていたため、母とシーラに手を差し伸べることはなかった。


 生まれてからずっと王城の奥でひっそりと暮らしていたシーラだったが、置かれた境遇に嘆くこともなく、あるがままを受け入れていた。


 微笑みながらいつも抱きしめてくれる優しい母。自分たちの世話をしてくれる祖母のようなセルマがいて、彼女のひとり娘でシーラにとっては姉のようなしっかり者のケティがいる。その三人がシーラにとっての家族だった。


 しかし、シーラが十三歳のとき、母は病により幾月も経たぬうちにこの世を去ってしまう。


 母がいなくなってしまったあと、正妃の冷遇は苛烈を極めた。


 ついには、見えないところでシーラに手をあげることもしばしばだった。


 ある日、見かねた年老いたセルマが助けに入ってくれたが、打ちどころが悪く、セルマの手足に障がいが残ってしまう。


 その出来事は、シーラに大きな衝撃と恐れを抱かせた。


 そして決意するように、セルマとケティに近いうちに王城を離れてほしいと伝えた。


 これ以上ここにいれば、権力を強めている正妃はシーラだけでなく、セルマとケティにも手を出す可能性がある。かろうじてあった王の保護は、もはやないに等しい。


 元々セルマは王宮の下働きだったが、助産婦の経験もあったことから、出産間際の母につける世話役としてたまたま選ばれた女性だった。当初セルマは正妃が流した噂により、母のことを国王を誘惑した悪女と思い込み、嫌悪を抱いていた。だが、母と接するうちにそれは悪意のある噂でしかなかったことに気づき、自分を恥じた。


そしてすでに母の人柄に惹きつけられていたことから、誰がなんと言おうとも誠心誠意お仕えしようと心に誓ったのだと、のちに明かしてくれた。


 以来、セルマは王城内の冷ややかな視線も顧みず、母をそばで支えてくれた。そして、シーラが生まれた数年後、セルマは自身の娘のケティを呼び寄せ、シーラのそばにつかせてくれた。


 自分たち母娘を支えてくれたセルマとケティに何かあれば、シーラは悔やんでも悔やみきれない。


 だからこそ、今のうちに王城を離れてほしい。


 しかし、シーラのその決意を聞いたセルマとケティは断固拒否した。だが、セルマは身体の不自由を実感したせいもあるのだろう、いても足手まといになるだけだと思い直したようで、ケティだけでもそばに置いておくことを条件に王城を出るのを受け入れてくれた。


 それでも引き続き、シーラはケティの説得にも努めたが、ケティの決意は固かった。


 最後にはシーラが折れる形で、ケティが残ってくれることになったのだった。




「──じゃあ、ケティ行ってくるわ」


 中腰姿勢のシーラは、羽織ったローブと着古したワンピースの裾が地面につくのも気にせず、背後にいるケティを肩越しに振り返る。


 ひとつくくりにした、毛先にいくほど赤く変化する金色の特徴的な髪の毛がふわりと揺れる。


 ワンピースの胸元に隠すようにつけているのは、母の形見であるペンダント。ペンダントトップにはバラと幾何学模様をモチーフとしたデザインが彫られたロケットがあり、その中央には小さなルビーがついている。シーラの祖母である義母から母が譲り受けたものだ。母は亡くなる寸前、このネックレスをシーラに与えた。


「シーラさま、どうかお気をつけて」


 ケティが心配そうに見送ってくれる。


 今日は月に一度、外に出かける日だった。


 出かけるといっても、シーラは外出を許されているわけではない。


 王城の外に出る秘密の通路を母と一緒に見つけたのは、王城の奥でひっそりと暮らすようになって半年ほど経ったころだった。


 住むことを許されている建物の廊下の奥、ずいぶんと使われていない部屋の一室に置かれた、精緻な細工が施されたマントルピースがついた暖炉。その暖炉の中、右側の壁が外れる仕組みになっていて、抜け穴が隠れているのを発見できたのは本当に偶然だった。


 以来、母とシーラは時折王城を抜け出し、城下の様子を見て回るようになった。そして、城下の中心区の外れにある小さな教会で、ひと目を忍ぶように祈りを捧げるようになったのだ。


 しかし、いつからだろうか。


 城下の活気は徐々に薄れ、人々の顔には悲壮感が浮かぶようになった。


 路上には力なく座り込む人があちこちで目につくようになる。


 不穏な空気が王都だけでなく、国全体も覆い始めていた。


 ヒソヒソとしたくぐもった声でシーラたちの耳に届くのは、王族への強い怒りと憎しみ、憤り──。


 あきらかに国は傾き始めていた。


 シーラにとって血縁上の祖父にあたる、先代の七代目国王は賢君として名高い人物だった。


 彼の治世で王国はより一層発展し、ありとあらゆる物がベロニウス王国に集まると言われるほど豊かになった。


 しかし、次に即位したシーラの実父である八代目国王は自尊心が高く、権力を振りかざして圧政を行う人物だった。


 自分の意のままに法律を変え、税を増やし、民の苦境を顧みず決められた税以上のものを着実に納める臣下たちを優遇した。


 一方で、異議を唱えて反論する臣下たちは容赦なく切り捨てた。その中には、先王の七代目国王が玉座を退く前の数年間、最年少の若さで宰相に抜擢され、数々の功績を上げたレセン侯爵をはじめ、能力の高さに定評のあった人物たち、さらに母の実家である子爵家も含まれていた。


 裏では公金横領がまかり通るようになり、王宮の中枢に残っているのは私腹を肥やす臣下ばかり。


 国王に進言できる者はいなくなり、周りにいるのは正妃の生家である公爵家と、それに連なる家門ばかりだという噂だった。


 国王に従うそぶりを見せ、国をなんとか存続させようと水面下で動いている者もわずかばかりいたが、表立って声を上げられないため、誰が敵か味方かわからないようだった。


 そんな王国をさらなる苦難が襲う。


 凶作による飢饉と国境から広がる疫病だった。


 多くの民が苦境に(あえ)ぐなか、国王や正妃、そのほかの王族、臣下たちは贅を極めることを止めなかった。 


 ──何か自分たちにできることはないか。


 母はそう考えたのだろう。自分たちの生活をより一層切り詰め、嫁入りした当時から貯めていた実家の子爵家からの支援金を取り崩し、さらには国王から寵愛を受けていたころに贈られたドレスや宝石などを売って得た金銭、さらに薬が手に入ったときには薬も、祈りを捧げているいつもの教会に匿名で寄付するようになった。


 教会では各方面から集まった寄付をもとに、細々と炊き出しを行ったり、病人の面倒をみていたりしていた。


 王国に数多くある教会のうちのひとつに寄付したところで、すべての民が救われるわけもない。


 それでも何かせずにはいられない母の気持ちは痛いほどわかった。


 だからこそ、幼いシーラも母の行動を支えた。


 それが一年ばかり続いただろうか。


 民はますます困窮し、国の衰退が誰の目にもあきらかになり始めたころ、ようやく国王も焦りを見せ、臣下らに対策を指示したようだったがすでに手遅れだった。


 そしてそのころ、シーラの母は病魔におかされ十分な処置も受けられないままこの世を去り、その後正妃からシーラをかばい、手足に障がいが残ってしまったセルマには、これ以上の被害が及ぶ前に王城から離れてもらった。


 それからさらに二年が経ったが、セルマの娘であるケティは今も変わらずシーラのそばにいてくれる。


 かつては、セルマとケティの身の安全のために王城を去ってほしいと頼んだこともあったが、もしそのときにケティまでいなくなっていたら、当時十三歳のまだ幼いシーラは憎悪と嫌悪に覆われた王城での孤独に耐えられなかっただろう。


 もしかしたら、セルマはシーラの弱さと強がりも見越していたからこそ、大事な一人娘のケティをシーラのそばに残してくれたのかもしれない。それを思うと申し訳なさを感じながらも、じんと胸が熱くなるのだった。


 でも王城は、いや、王都、そしてこの国の状況はますます悪化している。


 それはケティにも王城を去ってもらう日が近いことを告げていた。 


 ケティの身に何かある前に、後悔しないよう決断しなければいけない。


 シーラは母の形見であるペンダントを服の上から握り締め、気持ちをぐっと引きしめた。

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