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──ふっと、意識が浮上する感覚のあとで、シーラはゆっくりと目を覚ました。
ブルーサファイアのような神秘的な濃い青色の瞳で、あたりをぼんやりと見回す。
夜のように真っ暗闇な空間だった。
それでもかろうじてあたりを確認できるのは、地面からほのかに青白い淡い光が放たれているからだろう。
その不思議な光は飛び石のように点々と地面を照らしている。
シーラは、十六歳の少女にしては貧弱にも見える細い腕に力を入れて起き上がった。彼女の黄金色の長い髪の毛がさらりと揺れる。その髪は不思議なほどに、毛先にいくほど赤みを帯びている。
立ち上がると、やけに身体が重たかった。
ふと見上げれば、分厚い黒い雲が嵐のように流れていくのが見えた。
それなのに、木々の揺れる音や建物が軋む音どころか、風が吹く音すら、何も聞こえないのはひどく奇妙だった。
空が見えるということは外なのだろうか、とぼんやり思う。
しかし、建物の中のように風が肌に当たる感覚はなく、暑さも寒さも感じない。
ふと、わずかに左の脇腹に引き攣れるような違和感を覚えたが、それも一瞬だけだった。
少しばかり脇腹をさすったあとで、シーラはあたりをもう一度見回す。
ぐるりと前後左右見回しても、地面が青白い淡い光で照らされている以外は、暗闇がどこまでも広がるばかりだった。
シーラは諦めるように、着古した飾り気のない質素なワンピースの裾をわずかに揺らし、あてもなく歩き始めた。
それからどのくらい歩いただろうか。
それはほんのわずかにも思えるし、途方もない距離を歩いたようにも思えた。
意味のないことだとわかっていたが、シーラはふと足を止め、後ろを振り返ってみる。
何か変化があることを期待したが、やはり暗闇しか見えない。
再び視線を前に戻したところで、突然何かの気配を感じ、ハッとして身体をこわばらせる。
──数歩先に、何かが立っていた。
しかし、黄昏時のようにぼんやりと薄闇に覆われ、あるはずの姿がはっきりと見えない。
ただ、かろうじて見える輪郭は人間のようにも見えた。
黒い靄の中、人間ならば瞳があると思われる位置が一瞬反射し、鮮やかな緑色の光が瞬いたように見えたのは気のせいだろうか。
シーラはじっと目を凝らす。
人間ならば、自分とそう変わらない背丈にも思えた。
自分が置かれた状況がまったくわからない中、突如として現れた存在は奇妙でしかなかったが、なぜかさほど警戒心は湧かなかった。
「……あなたは誰? ここはどこ?」
シーラは静かに尋ねる。
声はわずかに反響したあとで、湖面が凪いでいくように暗闇の中へと吸い込まれていく。
しばらくの沈黙のあとで、薄闇に覆われている姿から声がした。
「──スーヴェ。ここは冥府の狭間」
淡々とした抑揚のない声だった。
どこかくぐもって聞こえる。掴もうとしても掴めない霧のようだった。
会話ができるのだから、やはり人間なのだろうか。
しかし、このあいまいな声だけでは相手の性別どころか年齢すらも判別できそうもない。
シーラはしばし考え込んだあとで口を開いた。
「スーヴェって、あのベロニウス聖書に出てくる『見えざる者』のこと?」
シーラは自身の国であるベロニウス国の国教、その聖書の教えの一節を思い起こす。
分厚い聖書の中で、神のほかには聖エテディウスなどの聖人の名は数多く登場するが、スーヴェの名が出てくるのはわずか一箇所のみ。
神でもない、人でもない、何者でもない存在──。
「……わからない」
しばらく経ったあとで、小さく声が漏れる。
顔は見えないが、スーヴェと答えた存在がかすかに首を左右に振ったような気配がした。
シーラは軽く肩をすくめる。
「それで? ここが冥府の狭間ですって? つまり、死後の世界ってこと?」
スーヴェは聞こえていないかのように、何も答えない。
「──じゃあ、わたし死んだの?」
シーラはスーヴェの瞳がある位置をじっと見つめる。
しかし、いくら待ってみても状況は変わらないようだった。もしくは、スーヴェ自身もシーラの身に起こったことなどわからないのか。
シーラは待つのを諦め、目の前から視線を外す。
(死か──)
小さく息を吐く。
(──あり得ることね)
ここで目覚める前に見た光景を脳裏に思い起こせば、その可能性は十分あり得ることだった。
しかし思考を停止するように、彼女はすっと視線を落とす。
すると、
「──命と引き換えに、願いをひとつだけ叶えてやろう」
スーヴェが言葉を発した。
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