第46話 葵ちゃん、おっ幸せにーっ!
Ch.12は焦っていた。
彼の素体は、どんな攻撃もダメージを与えられない身体だ。
攻撃力も光線、火の球や電撃など、豊富な品揃えと共にS級に相応しいレベルの火力を誇る。
例え通用する攻撃があったとしても、持ち前の自己再生で回復し、すぐさま耐性を付けてしまう。
リクライト・ボンジャーグ襲撃の際、Ch.2の代理として参戦し、この星のありとあらゆる魔法攻撃耐性を付けた。
もはやCh.12は、無敵と言っても過言ではない。
だというのに、Ch.12はガクウ達を一人も殺せないでいた。
「ハッハー! 俺の財力は底なしじゃー!」
ヴィザーナ・チャペリン。
この男はCh.12が見たことのない道具を湯水のように使い捨てて繰り出して来ていた。
その為、傷や欠損こそはすぐさま自己再生出来ているのだが、HPのダメージ処理が追い付かず、疲労感が溜まっていっていた。
「オイオイオイ、こんなもんか? なんで『チーター』ってのは、こんなにも弱っちいのに俺達に歯向かって来るんだ? なあ、教えてくれよ」
かと言ってチャペリンを潰そうとしても、厭味ったらしくリクライト・ジャグーダがそれを阻止する。
そう、どんな攻撃を打ち出しても、ジャグーダはその技巧で全ていなしてくるのだ。
最初こそ魔法を使って阻止をしていたが、やがて剣一本で攻撃を阻止をしてきた。
火力が足りないと言わんばかりに、ジャグーダはCh.12を嘲笑うのだ。
「――――シャオラァッ!」
極めつけには、勇者リクライト・ガクウが聖剣を使わずに大暴れしていることだ。
ダメージこそCh.12に与えられていないものの、スライムの触手などを一か所にまとめ、チャペリンの攻撃を当てやすくサポートしている。
城南美琴を名乗るフリューヌや城南美琴本体に手を出そうとしても、ガクウがそれを許さず攻撃を弾いてくる。
「このぉ!」
その城南美琴を名乗るフリューヌでさえも、先程の言葉や周りの行動に奮起されたのか、Ch.12の攻撃を弾き、必死に城南美琴の本体を守ろうとさえしていた。
更には柊葵を捕まえようと床下にスライムの触手を這わせても、ガクウにすぐさま見抜かれてしまい、すぐさま引っこ抜かれてしまう。
いくらCh.12が策を弄しても、全てねじ伏せられてしまう。
そしてこれら全ては、単なるデータの塊を助ける為に、情報収集の時間を与えているだけに過ぎない。
ガクウが聖剣を引き抜けば、すぐにCh.12は終わってしまう事だろう。
「……クソ! クソクソクソクソッ!」
それがわかってしまっているCh.12は、耐えがたい苦渋を飲まされていた。
自分と言う存在が、単なる障害物の一つとしか捉えられていない。
そんな風に舐め腐っている連中を一掃できていないことが、何よりの屈辱だった。
「……お前らが悪いんだからな」
その怒りが、彼のとっておきの切り札を引かせた。
◇
「……?」
Ch.12の攻撃に対処し続けているガクウは、段々と違和感を覚え始めていた。
その攻撃の精度がわずかに落ちてきている気がしたのだ。
素体を見れば、怒り狂っているわけでもない。
むしろクールダウンしてきているようだった。
だというのに、攻撃の精度が落ちている。
ガクウは、とてつもなく嫌な予感がした。
「ん? どうしたぁ!」
チャペリンがガクウも見たことが無い道具を駆使し、Ch.12を翻弄し傷つけている中鏡話が入って来た。
ガクウがチラ見して確認したところ、どうやらポッカルからの通信のようだ。
『現在町が謎の粘液の襲撃にあっています! こちらの攻撃が何も通用せず、住民が捕食されています!』
「な――――!?」
それを聞いたチャペリンが、信じられないものを見る様な目をCh.12に向けていた。
それは、他の者達も同様だ。
「動くな。動けば町の住人の命は無い。今はまだ生かしてやってるけど、下手なことをすればすぐに消化してやる」
あまりに卑怯な手段に、ガクウは唖然とする。
なぜこうも無関係な者を巻き込めるのかと、すぐに叩き切ってしまいたかった。
しかし、そんな事をすれば、フリューヌの中にある城南美琴の記憶が霧散してしまう。
アオイから何の連絡はまだ無い。
恐らくは、あちらにもCh.12の所業が通信で報告されているのだろう。
町の人々を助ける為には、何も考えずすぐさまCh.12を切り裂くしかない。
フリューヌの中にある城南美琴の記憶を救うためには、まだ時間が必要だ。
「さて、まずは……お前からだ。ヴィザーナ・チャペリン」
だが動かなければ、Ch.12はここにいる人間を一人ずつ殺していくのだろう。
苦渋の決断が、目の前にあった。
「――――やれー!」
フリューヌが、万感の思いを込めて叫んだ。
その目には、涙が溢れだしている。
けれども、その涙の奥には、決意が宿っていた。
『死ぬのは死ぬほど怖いし嫌だけど! これ以上、友達を苦しめたくない。だから、お願い――――!』
ガクウは『読声』で、フリューヌの万感の思いを知り、それを背負う。
Ch.12の一瞬の隙を見抜き、その背後に立つ。
鞘に収まっていた聖剣は、この外道を切り飛ばしたいと、既に準備が整っていた。
聖剣を鞘から引き抜く動作で、Ch.12の背中を切り裂く。
「ぉ――――!?」
Ch.12は、言葉を残すことも許されず、攻撃的に活性化したマナの奔流に呑まれ消え去った。
「――――《託された希望の聖剣》」
ガクウは誉れ高き聖剣の名だけを呟き、静かに聖剣を鞘に納める。
「やった……ぬぇへぇ」
フリューヌの方を振り向けば、今にも倒れそうになっていた。
「おい!」
すかさずチャペリンがフリューヌを支える。
もうフリューヌは、満足に立つことさえ出来ていなかった。
「あはは……何か、記憶が抜けてく……ええと、ええと……」
「……石油王、色々とごめんね。ホテル爆破しようとしたり、あんたの友達の身体奪っちゃって。……大丈夫。すぐ、返すから」
「……ああ」
弱々しい城南美琴を名乗るフリューヌの言葉に、チャペリンはただ曖昧に頷く事しかできなかった。
その返事に満足したのか、フリューヌは優しく微笑んだ。
ガクウの方に目線を向け、城南美琴を名乗るフリューヌは、たどたどしくながらも口を開く。
「ガクウ君や、ジャグーダさんも、私なんかの為につき合わせちゃってごめんね。無駄な徒労ってやつさせちゃってさ」
「……俺の方こそ、君を助けられなくてごめん」
ガクウは自分の胸に手を当て、頭を下げる。
この世界での謝罪の仕草を見て、フリューヌはまたしても優しく微笑んだ。
「……ガクウ君は優しいなぁ。葵ちゃんの言ってた通りだ」
「え?」
思わず頭を挙げて、フリューヌに聞き返してしまうガクウ。
「葵ちゃん、言ってたよ。傷ついた人の事を背負っちゃうくらい、優しい人なんだって。葵ちゃんも、泣き虫だからさ。できれば、傍にいてあげてね」
「……うん、わかった」
城南美琴を名乗るフリューヌの言葉に、ガクウは真摯に頷く。
それを見たフリューヌは、心底安心したような表情を浮かべると、目を瞑った。
「……あっ」
だが、すぐさま目を開き、城南美琴を名乗るフリューヌは本物の城南美琴に目を向ける。
「それから、ええと……私ー! 美琴さーん!」
美琴に向けて、フリューヌは残る力を使い、精一杯声を張り上げて呼びかけた。
「…………」
だが、本物の美琴は運ともすんとも言わずに、ただ壁に背を預けている。
戦闘の最中も、美琴はこうして何も言わず、何もしなかった。
それほどまでに彼女の心は摩耗し、身体は壊れてしまっていたのだ。
だが、そんな美琴に向けて、城南美琴を名乗ったフリューヌは言葉を送る。
「……葵ちゃんの事悲しませたら、私許さないからね!」
指先が、ピクリと動いた気がした。
それは、摩耗した美琴の心に届いたのか否か。
答えは誰にもわからなかった。
そんな時、息も絶え絶えにして、アオイが壊れてしまった祭壇の間の出入り口にやって来た。
「待って! お願い待って! きっと貴女を助けて見せるから、待って――――!」
有効な手立てが見つからなかったのだろう。
アオイにしては曖昧な言葉を振り絞りながら、フリューヌに駆け寄ろうとする。
「葵、ちゃん……っ!」
最期の力を振り絞り、立ち上がる城南美琴を名乗るフリューヌ。
だが、もう彼女はまともに歩く事さえできない。
だからなのだろうか。
彼女は思い切りのスマイルを浮かべて、わずかな時間を過ごした友達に手を振う。
「……葵ちゃん、おっ幸せにーっ!」
そう言って、彼女はネジが切れたブリキの様に動かなくなった。
「――――美琴ちゃん!」
かつての友達だと思っていた、一夜の友人の名前をアオイは叫ぶ。
倒れてしまいそうになったフリューヌを、駆け寄ったアオイが受け止めた。
「うん? ああ、すまない。何やら閃光弾でも喰らったらしくてな。目眩を起こしてしまったらしい」
フリューヌがすまなそうにアオイに謝罪し、その手から離れていく。
アオイの知っている城南美琴とは、全く違う口調に、元に戻ったのだろうとアオイは悟る。悟ってしまう。
「……ん?」
フリューヌは辺りを見回すと、目を大きく見開いた。
そしてチャペリンに駆け寄り、肩を掴んで揺らす。
「チャペリン! ここは水のマナ神殿では? まさか、『チーター』から取り返したのか!?」
驚愕するフリューヌに、チャペリンは身体を揺らされながらも笑みを浮かべた。
「……ああ、がんばったんだぜ。俺達」
そういって、チャペリンはフリューヌを抱きしめた。
「お、おいチャペリン? どうした急に」
あまりに強く抱きしめるものだから、フリューヌも思わず抱き返してしまう。
最初こそ困惑こそしていたものの、どこか幸せそうにフリューヌは微笑んだ。
一方チャペリンはというと、涙と鼻水がズルズルと出ていた。
自分の情けない顔を見せまいと、フリューヌの肩に顎を乗せることでそれを隠していたのだ。
「……まったく」
もっとも、すすり泣いて音を出してしまっているので、フリューヌにはもバレバレだった。
そんなチャペリンの頭を、フリューヌは優しく撫でる。
一緒に突入していた『クラン・ヴィザーナ』の面々は、その姿を見て各々の気持ちを胸に秘める。
だが、それは大方喜びや嬉しいというものだった。
「…………」
それを、アオイは複雑そうな表情で眺めている。
今まで自分の感情を押し殺し、フリューヌの中にいる記憶を助けようと頭を動かした。
けれども、その理想は現実に敗れた。
大方無理な話だった。これで大団円だ。
そう自分に言い聞かせ、アオイは自分の涙をこらえた。
そんな時だった。
美琴が歩み寄り、アオイを抱きしめた。
先程までどんなに攻撃が来ても、動きもしなかった城南美琴が。
「美琴ちゃん……」
その顔を見て、葵は目に涙を浮かべる。
「……ううっ、あぁ――――っ!」
柊葵の涙腺は決壊した。
涙と共に、並べきれない程の感情を溢れださせながら、彼女は子供のように泣いてしまう。
死んでいたと思っていた友はただの記憶で、それでも助けたくて。
生きていたと思ったら、それは心も体も壊れてしまっていた。
そんな彼女の心情を、正確に推し測るすべはない。
そんな複雑怪奇の悪意を、普通であれば体験しえないのだから。
「…………」
だがそんな葵を、美琴は何も言わずに寄り添い、頭を撫でる。
とてもぎこちなく、おぼつかない動作だったが、とても優しかった。
二人の世界に置いて行かれてしまったガクウは、それを優しく見守るしかできない。
これが、アオイちゃんの救いになりますようにと。
「……ったく」
ジャグーダは、いつの間にか起動していたデータ変換装置を、こっそりとしまった。
総合評価200pt突破しました! 皆さん、本当にありがとうございます!
これを励みに頑張っていきますので、これからも本作をよろしくおねがいします!




