第42話 水の神殿奪還戦、開始
ガクウ一行は、チャペリンの所有する船に乗って海を渡っていた。
水の神殿は、海の底にあると言うのは周知の事実である。
そこへ行くためには、大きな船で目的地の座標まで赴き、酸素の確保や水圧に耐性を付ける魔法や道具などで潜っていくしかない。
ジャグーダは当初海を割って進もうと進言したが、ガクウが海の生物に迷惑がかかるし、船の荷載った方が移動の体力を温存できると説得し事なきを得た。
それを聞いていた他の人間は、海を割ることができるのかと驚いたものだが、聖騎士の上に戦争に終止符を打った英雄の兄弟であればできないことも無いかと、納得させられてしまう。
そう言うわけで一行は船に乗っていたのだが、船の甲板でアオイは海を眺めながら、不思議そうに海を眺めていた。
「……どうして貴方がここに居るのかしら」
「葵ちゃんが危険な所行くって聞いたから!」
アオイの零れる問いに、フリューヌが元気よく答えた。
そう、この水の神殿奪還戦に、城南美琴を名乗るフリューヌが付いてきたのである。
不安そうな視線をフリューヌに向けるアオイだったが、当の本人は自信満々にその大きな胸を張った。
「大丈夫大丈夫! 私、何か今強いから!」
知識や体に蓄積された経験から、魔法や剣技などは使えそうだが、肝心な思考回路がポンコツになってしまっているのが、アオイには何より不安なのだ。
「所で、アオイちゃん寝る時も手袋とかしてたけど、それ気に入ってるの?」
唐突な質問を城南美琴を名乗るフリューヌにされ、どう答えるか悩むアオイ。
確かに気に入っている。だが、ガクウと一緒に選んで買ったと言えば、絶対にからかわれるのは目に見えていた。
なので、言及されないよう、遠い目で語ることにした。
「ちょっと空で火だるまになってしまって……」
「ちょっと空で火だるまに!?」
◇
そんな女性陣を、チャペリンは遠くから眺めていた。
監視用にクランメンバーを連れてきたりしているが、それでもチャペリンはフリューヌが心配でたまらなかったのだ。
「オイオイ、あの女を連れてきてよかったのか?」
どこからともなくジャグーダが現れ、厭味ったらしい笑みで問いかける。
チャペリンは苦い表情を浮かべ、溜息を吐いて返答する。
「フリューヌはこの町で最強の騎士なんだよ……下手に目を離すのも怖いし、アイツの面倒でクランメンバーの戦力が削がれるのも怖い」
チャペリンの説明を聞いて、ジャグーダは鼻で笑った。
「俺達の戦力が削がれるのはいいってか?」
「『チーター』を倒す。水の神殿を取り戻す。フリューヌの面倒を見る。聖騎士なら楽勝だろ」
「言ってくれるな。まっ、精々期待に応えてやるよ」
軽口をたたき合う二人だが、チャペリンはふと疑問に思ったことを口にする。
「ところで、お前の弟さんは?」
彼からすれば、ガクウはアオイが見える所にいる印象だった。
しかし、甲板を見回してもガクウはどこにも見当たらない。
一次的に船内に入っているという可能性もあるが、それにしたって見当たらない時間が長すぎた。
「弟じゃねえよ。アイツなら――――」
ジャグーダが嫌な顔をして説明しようとしたとき、船の近くで突如クジラが顔を出した。
顔だけでも八十メートルはありそうなビックサイズのクジラに、クランメンバー達が警戒する。
しかし、そのクジラの頭の上にガクウが乗っているのを発見すると、杞憂だったかと通常運転に戻っていった。
「サンキューカルパッチョ!」
『いいって事よ。困った時は、お互い様でさぁ』
『読声』を使用して言葉を交わすと、ガクウは船へと降り立った。
カルパッチョと呼ばれたクジラは、潮を噴き上げると静かに海の中へと潜っていった。
「えー……」
あんまりの光景に、チャペリンは動揺せざるを得ない。
そんなチャペリンに対して、ジャグーダが口を開いた。
「見ての通り、人間の言葉がわかる動物探して情報収集してる」
「あれ遊んでるんじゃねえんだ!?」
意外と真面目に仕事をしていたことに、チャペリンは驚愕する。
てっきりクジラに乗って遊んでいるとばかり思っていたのだ。
「……カルパッチョ。こっちには無いんだよね」
「材料は似たようなのがあるし、何とか再現できないかしら……」
アオイとフリューヌがガクウの会話を聞いて、何やら話し合っていたが、他の誰かにそれが届くことは無かった。
◇
水の神殿に突入する為の主要メンバーが看板に集まり、ガクウが集めて来た情報を聞いていた。
「俺が調べたところによると、水の神殿は警備兵が二人いるぐらいらしい。その警備兵が、魚の顔をした人なんだとか」
「まあ、ポッカルに攻めて来た奴らと同型機がいるって認識でいいのか?」
ガクウの説明を聞き、ジャグーダがアオイに確認する。
「そうね。あの素体は海魔シリーズだと思うわ。水中での活動に特化してる素体よ。分かりやすい異形だけじゃなくて、普通の魚が監視の目を光らせてると思うから注意して」
アオイの説明に、ガクウは納得するように頷いた。
「確かに、不審な魚がいるってカルパッチョも言ってたな」
カルパッチョ。ガクウがそういう度にアオイとフリューヌが悲しみと爆笑の入り混じった顔をするのだが、ガクウにはその理由が検討もつかなかった。
「魚とかも『チーター』の可能性があると、潜入とかは難しそうだな……」
「それと、カルパッチョが昨日の夜に生きる粘液が神殿に入っていくのを見たって話をしてた。これもカイマシリーズってやつかな?」
昨日の夜。それはガクウ達がポッカルへとやって来て、港で『チーター』の有象無象を一掃した日だ。
あの日、確認できている『チーター』は全てガクウが消滅させた。
だが、そんな不気味な物は『クラン・ヴィザーナ』は確認できていない。
それどころか、水の神殿に帰って来る姿が目撃されている。
「……そいつがフリューヌにビームを仕掛けた可能性が高そうだな」
チャペリンがそう推測するのは、不思議な事では無かった。
アオイもそれに関して異論は挟まず、説明を続けていく。
「……恐らくは、スライムね。何でも飲み込んで溶解するチート素体よ。恐らくそれがここを仕切ってる『チーター』でしょうね。気を付けて」
「スライムってそんななの……?」
スライムに弱いイメージを持っていたらしく、アオイの説明を聞いてぼそりと呟くフリューヌだったが、それに対し誰からも言及は無かった。
そもそも、この星の文化にスライムという物は存在しない。スライムが弱い強いと、論じる土壌すらないのだ。
「水の中の活動特化か……神殿の周りだけ海消すか」
「カルパッチョと周辺の海の生物に避難勧告だしたし、俺は賛成だ! 動けないやつは神殿周りにいなかったし」
ジャグーダとガクウが、さらりととんでもない事を言い出す。
さすがに冗談でしょ? と信じたくない顔をしていたが、ジャグーダが船の先頭に立つと、本気だわコイツと近くの物にしがみ付く。
「我、海の深淵を開く者」
ジャグーダが呪文を唱え、海を切り裂くように剣を振う。
すると、海はあっという間に開き、水の神殿が顔を出す。
警備に立っていた魚人の『チーター』二人が慌てている様子を見せるが、ジャグーダは意にも介さない。
あっさりと凄い事をやってのけるジャグーダに、『ヴィザーナ・クラン』のメンバーがに尊敬と畏怖の念が向けられた。
「魔法使う必要あった?」
「お前みたいに馬鹿力じゃねーんだよ」
ガクウにそう返事をすると、ジャグーダは開いた海の底へと飛び込む。
「よし、俺達も行こうか!」
「行こうかって、ええ!?」
ガクウがいとも簡単にアオイをお姫様抱っこをすると、ジャグーダに続いて飛び込んでいく。
それを、フリューヌは茫然として眺め、ぼそりと呟く。
「モーゼじゃん……」
「誰だよそれ」
チャペリンは茫然とするフリューヌの手を掴み、突入するクランメンバーを引き連れ海の底へと飛び降りた。
「いやなんで手を握るの石油王!!」
「お前を見逃さねえためだよ! あと石油王ってなんだ!!」
チャペリンのツッコミと共に、一行は海の底へと落ちていく――――。




