第41話 水の神殿奪還戦の朝
アオイは『ヴィザーナホテル』の一室で、先日押収したパソコンやデータ変換装置の調整などをしていた。
この星で使うためのエネルギー変換機等も備わっていた為、パソコン自体は容易に操作が出来る。
このまま月にある『虐殺遊戯連合』の本拠地、月面基地アラモサーラのデータをハッキングしようかとも思ったが、逆にハッキングされてしまう可能性を恐れ、ネットワークには接続しない様にしていた。
このパソコンさえあれば、宇宙船の残骸を修復する時間を大幅に短縮できる。
そのチャンスをオジャンにするのは、彼女としてはまっぴらごめんだった。
データ変換装置に改造を施すと、後は宇宙船の修理に没頭するだけだ。
時間を大幅に短縮できる、とは言ったが、簡単な作業ではない。
データを実物に変換する際、わずかな間違いがあれば崩れ落ち一からやり直し、下手をすれば全壊という可能性もある。
故に、この作業には繊細な集中力と、素早い頭の回転が必要だった。
ふと、ノックの音が彼女の聴覚を刺激させる。
ここの従業員やクランメンバーには、朝食の時間まで声をかけないようにアオイは言ってあった。
しかし、部屋に備わっている時計を見れば、朝食の時間まで余裕がある。
「…………」
彼女は無視を決め込むことにした。
時間まで自分の耳に何も入らないよう、パソコンでの作業に集中力を注ぐ。
「アオイちゃん、今良い?」
ドアの向こうから、ガクウの声が聞こえる。
「――――っ!」
ノックした人物が判明すると、アオイはすぐさま作業を中断し、鏡で自分の顔におかしなところが無いかを確認してからドアを開く。
そこには、アオイが期待した通りにガクウが佇んでいた。
アオイは微笑みを浮かべると、優しく口を開く。
「待たせてごめんなさい。朝早くだったものだから、色々と準備ができてなくて……」
アオイの言葉に、ハッと何かに気が付いたようで、ガクウは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「……こっちこそごめん。早く話さなくちゃって思って、そういうの考えて無かった」
そのガクウの言葉に、アオイの心臓が高鳴る。
彼がどれだけ自分に会いたかったのだろうと考えると、アオイの顔は段々と赤くなっていった。
「別に、貴方なら構わないわ。外で話すのもあれだし、中へどうぞ」
「お邪魔します」
アオイが笑顔で招くと、ガクウも会釈をして中に入る。
玄関で靴を脱いで案内された席に座ると、その視界にパソコンが映った。
「……もしかして、徹夜で作業してた?」
ガクウが問いかけると、アオイはまさか、と机を跨いだ正面の席に座る。
「単に早起きしただけよ。彼女を起こすのも忍びなかったしね」
アオイから彼女という言葉を聞いて、ガクウは表情を張り詰めさせた。
それはきっと、サキューロ・フリューヌ、ひいては城南美琴の事を指しているのだろう。
そう、彼はその人物に関することで会いに来たのだ。
「アオイちゃん、昨日はごめん。俺、短絡的過ぎた」
自分の胸に手を当て、頭を下げるガクウ。
「……ええと、何の話かしら?」
だが肝心のアオイはと言うと、何を謝られているのかさっぱりわかっていなかった。
「……アオイちゃんの友達に斬りかかろうとしたことだよ」
そこまで言われて、アオイは初めて何に対して謝罪されているのかを理解する。
それと同時に、何を浮かれていたのかとアオイは自分を恥じた。
「……いえ、アレは私の方が悪いわ。貴方の判断は正しかった。あの時、下手をすれば皆まとめて死んでしまうところだった。それに、貴方は被害者の声に答えて動いただけじゃない。チャペリンさんの言う事は尤だったもの。そういう考えでは、貴方の行動は何も間違ってないわ」
そう、あの場面において、ガクウの行動は何も間違っちゃいない。
町でアンケートを取れば、十人中九人がガクウを正しいと言うだろう。
「でも、アオイちゃんを泣かせた。それぐらい辛い思いだったっていうのに、俺は何もしてあげられなかった。佇んでただけだった」
けれども、納得していない一人がガクウだった。
他にもっと、最善の手段があったのではないかと。ガクウは考え続けている。
「それは――――」
ガクウの為を思えば、ここでその言葉を否定して、あの行動は正しいと言うべきだった。
しかし、アオイの本心はそれを否定したくなくて、言葉が詰まってしまう。
そう、自分の事を考えてくれていたのが、アオイには嬉しかったのだ。
話の軸である城南美琴の事でもなく、自分の事だけを考えている。
最低だ、と彼女自身思う。
余りに醜い感情に、アオイは自己嫌悪してしまう。
「だから、ごめんなさい」
そう言って、ガクウは自分の胸に手を当て頭を下げた。
アオイは何と返事をすればいいか、しばし悩んだが、何とか頭の中で気持ちを整理して言葉にする。
「……大丈夫よ。あの時、貴方は止まってくれた。私の言葉だって、尊重してくれたじゃない。最初からそう怒ってないわ」
「……本当?」
顔を上げて、問い直すガクウ。
大きな体格を持つ男だと言うのに、どことなく子犬を連想させた。
「ええ、本当よ」
アオイは、笑みを浮かべて頷く。
それを見て、ガクウはようやく安心したように息を吐いた。
「ありがとう。アオイちゃん」
「もういいわよ。この話はここにお終いにしましょう」
ここできちんと断ち切っておかなければ、永遠と話が続いてしまう予感がしたので、アオイはきっぱりとそう言った。
「それで、話はそれでお終いかしら?」
空気を変える為、世間話でもしようと言葉を投げかけるアオイ。
「実は、昼当たりに水の神殿へ向かおうと思ってる」
だが、帰って来たのは真面目な話だった。
「『チーター』達の根城になっているという、あの?」
アオイも顔を引き締め、真面目な口調で話す。
ガクウもうん、と頷き話を続けた。
「そこで、サキューロ・フリューヌさんと城南美琴さんをどうにかできる方法が無いか、探し出そうと思うんだ」
ガクウがそこまで考えていることを知って、アオイは思わず顔を手で隠してしまう。
彼女自身その方法を模索していないわけでもなかったが、先程まで下手にガクウが来たと浮かれていた自分が恥ずかしくなったのだ。
「どうしたの?」
「何でもないわ」
深呼吸して、真面目に顔を引き締めるアオイ。
頭の中を整理して、冷静に問題点を指摘することにした。
「……そう上手い話があるかしら?」
「今判明してる敵の大きな拠点だし、仕掛けてきた『チーター』も居ると思うんだ。なら、聞き出せたり、何か道具があるかもしれない。そもそも、そこの攻略が俺達の当初の目的でもあるしね」
アオイの当然の疑問に、ガクウは彼なりに考えた意見を述べる。
「もし何も手掛かりが無かったら?」
「その時に、また模索する!」
そう言って、ガクウは自信満々に笑顔を浮かべた。
どこからその自信が来るのかアオイにはわからなかったが、その笑顔を見ると彼女自身元気が湧いてくる。
そんな不思議な笑顔だった。
アオイは話を整理して、ガクウがこの話題を振ってきた理由を考えて口にする。
「つまり、私にも付いてきてほしいってことでいいかしら?」
「……お願いできる?」
アオイの言葉に、申し訳なさそうに返すガクウ。
実際、『虐殺遊戯連合』の施設を調べるなら、やつらの機械に強いアオイが居た方が何かと役に立つ。
「ええ、いいわよ。あの子を助ける為だもの。それくらい無茶をしなくっちゃね」
アオイはそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
「アオイちゃんの事は、俺が守るよ」
そんなアオイの目をきちんとみながら、真摯にガクウは宣言する。
「……そこは心配してないわ」
その目をアオイは見ていられず、思わず目を逸らした。
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