第39話 水の神殿奪還戦前夜 ジャグーダとSGMの場合
俺がリクライト・ジャグーダになったのは、俺の年齢が十の頃だ。
その頃俺は、勇者ジオーグが住んでいたと言われている、国の端にあるアバラッカという田舎町に住んでいた。
今となってはその真偽も分からないが、マスター・ボンジャーグもそこの生まれだったという話なので、案外本当だったりするかもな。
今となっては、その頃の記憶なんざ禄に覚えちゃいない。
退屈で変わりない日常だったが、まあ悪くは無かったと思うだけだ。
ある時、隣国のヴァラリッサ王国の軍隊が俺達の村に侵攻してきた。
ヴィザーナとかいう男が掘り当てた、マギアニウムの鉱脈の所有権を求めての事だ。
あまりにも突然の開戦で、俺達は逃げる暇もなく蹂躙されたのを覚えている。
家は打ち砕かれ、周りの木々は念入りに燃やされた。
容赦なく町の人々が殺されていく様を、俺は隠れて見ることしかできなかった。
俺が物陰に隠れて、どれくらいの時間が経っただろうか。
ボンジャーグがが現れ、その軍隊を一掃する勢いで蹴散らしていった。
当時の俺からすれば、まさに勇者。まさに希望の光と言えた一騎当千っぷりだ。
大地を震わせ、空を泣かせ、人を脅かす災害を敵軍共に叩きつける。
正直に言っちまえば、今でも惚れ惚れする暴れっぷりだった。
だが、快進撃も長くは続かない。
ドレスを来た一人の女に、その快進撃を止められたのだ。
その女は美しかったが、同時に獰猛だった。
災厄が女の形をしているのかと、当時の俺が錯覚する程だ。
俺の目が捉えきれない程の攻防が、長い事続いたと思う。
もはや魔法だなんて小細工は捨て、互いに剣技のみで戦っていた。
その戦いの余波で町は地盤ごと吹き飛び、隠れていた俺が生きているのは、正直奇跡としか言いようがない。
やがて、二人の戦いに一つの分岐が訪れようとしていた。
ボンジャーグの腕が、綺麗に斬り飛ばされたのだ。
同時に、女が勝利を確信した笑みを浮かべる。
その時俺は、その女の背中を見ていた。
がら空きの背中を。
――――気が付けば、俺は女の心臓を、その背後から突き刺していた。
自分でもわけが分からなかった。
ただ、吸い込まれるように、手に持っていた刃が女の背中を突き破ったように感じたよ。
女はそれでも動こうとしたが、その隙をボンジャーグは逃さない。
すぐさま手刀で女の首を跳ね飛ばし、その女の四肢をもいだ。
正直、それで正解だったと今で思う。
あの女、そうでもしないと動き出しそうで怖いんだ。いやマジで。
「ありがとう少年。お蔭で助かったよ」
腕をくっつけながら、ボンジャーグが俺に礼を言った。
あまりにも切断面が綺麗なので、オドを操作できればくっつくようだった。
当時、俺はマスター・ボンジャーグと顔を合わせたことも無かったので、上手く受け答えができなかったと思う。
そんな時、赤ん坊の泣き声が聞こえるとボンジャーグが言い出す。
俺には聞こえなかったのだが、ボンジャーグが治療中だったので、方向を教えてもらい俺が見に行くことになった。
……俺が行ってきます! とか名乗り出た気がするが、まあそこは置いておくとしてだ。
森の外れに、何やら簡易的な拠点のような物があった。
以前までこんな所に建物など無かったため、恐らくはヴァラリッサ王国軍の物だろう。
恐らくあの女が大将を務めていたんだろう。だというのに負けてしまったので、拠点を捨てて逃げ出したのだ。
俺はその中で、泣き疲れた赤ん坊を見つけた。
傍らには、さっき暴れていた女が、愛おしそうにその赤ん坊を抱きしめる写真まである。
恐らくは、あの女の子供なのだろう。
あの女の血が流れている。
俺の世界をぶち壊した女の、真っ赤な血が。
――――ならば殺してしまおう。
そう思って俺は刃を握り直し、首に刃を当てようとした時だった。
赤ん坊はオモチャと勘違いしたのか、その刃を握ろうとしたのだ。
「おい、触んなバカ!」
咄嗟に俺は刃を投げ捨てる。
俺が遊んでくれていると勘違いしたのだろう。
赤ん坊はハイハイで刃を取りに行こうと進みだした。
「お前なぁ!!」
赤ん坊を抱きあげて、睨みつける俺。
あんまりにも楽しそうに笑うので、俺は殺す気が失せてしまった。
かと言ってここに放っておくのも後味が悪い。
俺は深く考えず、赤ん坊を連れ帰ることにした。
今だから言えるが、バカなことをしたもんだと思っている。
俺はこの赤ん坊の母親を殺したのに、何を良い人ぶってる?
――――この赤ん坊が、後のリクライト・ガクウだというのに。
名前は、写真の裏に書いてあった単語を適当に与えた。
今もその写真は持っているが、渡す勇気が出ない。
俺が深く考えずに拾っちまった所為で、故郷の国と戦わせちまった。
それを言う勇気が、俺には無い。
あの戦争で、ガクウの心は壊れちまったのに。
今更、何をどう言えってんだよ。
だから俺は、逃げるように力を求めた。
二度と戦いが起きない、絶対の力を。
なのに、騒乱の種が今度は空から降って来た。
あの黒き空の果てから。
俺が選ばれると思っていた。
俺は戦いだけは優秀だから、人を殺しても何も感じないから。
なのに、選ばれたのはガクウだった。
何故。どうして。俺じゃない。
神よ。聖罰を与えるのであれば、俺にじゃないのか?
どうして戦いを望まない、心穏やかな男を勇者に選んだ。
戦う度に心に傷を刻む様な男を。どうして。
俺ならば、いくらでも戦いに身を投じてやると言うのに。
やっと笑い合える女が見つかったのに。
どうしてその女と笑顔で戦場に向かうんだ。
どうして俺と一緒に笑顔で戦場に立つんだ。
俺やあの女が、戦場で笑みを向ければそれで満足なのか?
それが、どれだけのお前の心の傷になっている?
俺は、どうすればいい。どうすればよかった。
俺は、お前は。俺は。お前は俺は――――
◇
「貴方のそれは、ただの劣等感ですよ」
ジャグーダが夜の街を闊歩していると、見当違いの言葉が投げかけられる。
声のする方を向けば、道化の格好をした男がいた。
目で認識して、ジャグーダにはようやくわかった。
この道化が、『チーター』であることに。
「生憎と、見世物を見る気分じゃないんだ。失せろ」
すぐさま道化の背後を取り、切り捨てようとするジャグーダ。
しかし、道化は体が切断され、上と下の半身が離れ離れになっても、すぐさまくっついてしまった。
道化は首だけを動かし、ジャグーダと目と目を向けて話しあう。
「力が欲しくありませんか? この戦争をぶっ壊せる力が」
「……あ?」
眉をひそめ、ジャグーダは訝しむように道化を睨みつける。
「見返したいのでしょう? 自分の方が優れているのに、聖剣に選ばれた彼を。見ればわかります。皆そうだった」
そう言って、道化はニッコリと笑った。
「節穴かよ」
言うや否や、ジャグーダは闇を纏った剣で、道化を十字に切り捨てた。
「お前、見当違いなんだよ。上っ面しか見ちゃいないんだ。俺が家族を裏切るやつに見えるか?」
どの口が言うのかと、自分の台詞に嫌悪感を抱きながらも、ジャグーダは道化に言い放った。
「そんな奴ごまんといる!」
道化はすぐさま身体を再生させ、ジャグーダに顔を近づける。
「自分より優秀なやつを見下したい。その為ならば祖国や家族がどうなろうが、どうなったっていいんです! GMからチートを貰えるなら、強くなる為なら、偉そうなやつを見下す為なら! なんだってできる! それが『チーター』です! そんな生命の中のクズ共が、あなた方の敵なのですよ!」
この道化が自分を『虐殺遊戯連合』に誘う理由が、どことなく分かった気がした。
生命の中のクズ共。
まさに自分にお似合いの言葉だ、と自嘲気味に笑みを浮かべた。
その笑みを見て、道化は満足そうに笑う。
まるで、ジャグーダの思考を読み取っているかのように。
「まあ、貴方には見込みがあります。またいずれお会いしましょう。貴方であれば、GMもたくさんチートを授けてくれると確約いたしますよ」
そう言うと、道化の姿をした『チーター』は跡形もなく消え去った。
ジャグーダは溜息を吐きながら、懐から鏡を取り出す。
「……おい、ガクウか? いや寝るな起きろ。いや、実はさっき、『チーター』に会って変な勧誘を受けてな――――」
『チーター』との遭遇を鏡話でガクウに一言一句違わずに報告しながら、ジャグーダは『ヴィザーナホテル』への帰路を歩くのだった。
あの道化は、根本的なところから履き違えていた。
ジャグーダが本当に欲しいのは、圧倒的な力ではない。
それはあくまで手段に過ぎない。
劣等感もあるだろう。
それはただ自分の弱さにイラつくだけに留まる願いがある。
リクライト・ジャグーダの望みは、リクライト・ガクウという男の幸福ただ一つ。
それは贖罪か、はたまたただの自己満足か。
ジャグーダ自身、その感情の名を知らなかった。




