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第36話 テンセイ


 『ヴィザーナホテル』にある関係者以外立ち入り禁止の部屋に、ガクウ達はいた。

 アオイと城南美琴を名乗るフリューヌが、机を挟んで対面している。

 ガクウ、ジャグーダ、チャペリンとそのクランメンバー多数は、それを少し離れたところから観察していた。


「……貴方がフリューヌではなく、城南美琴だとして、どうしてそうなってるのかしら?」


 アオイがこの星の言葉で、ゆっくりと問いかける。


「私だって、なんでこんな姿になってるか分かんないよ~!」


 対して城南美琴を名乗るフリューヌは、状況を呑み込めていないようで綺麗な金髪を掻きまわしている。

 フリューヌはそんなことしない。とでも言いたげな目でチャペリンの視線が刺さっているのだが、案の定と言うべきか彼女は気付いてなかった。

 それに気づいているアオイは、気を取り直して別の質問を投げかける。


「じゃあ、覚えているところまで教えてもらえるかしら?」

「……何だったかな。学校の皆が殺されて、私は何とか牢屋にぶち込まれたのは覚えてるんだけどなぁ。他の皆は今どうしてるの? 葵ちゃんも元気そうだし、皆この国とかで元気にしてるの?」


 逆にアオイの方が問い返されてしまう。

 真実を伝えるべきか否か悩んだが、隠してもその内『チーター』が余計なことを言うだろうと思い、行ってしまう事にした。


「地球が花火になったから、皆死んでると思うわ」

「えっ」


 あまりに突拍子もない真実に、目を点にするフリューヌ。


「地球が花火になったから、皆死んでると思うわ」


 アオイが同じ言葉を繰り返すと、苦笑いを浮かべた。


「……そんな、嘘でしょ? もう、葵ちゃん、昔からそういうの――――」


 すがる様に口を開くフリューヌだったが、アオイの顔は真剣そのものだった。

 真っすぐとフリューヌの目を見て、真実だと訴えている。


 フリューヌ――――城南美琴は、それが嘘や冗談ではない顔だと知っていた。


「……アイツら、そこまでするんだ。うん、まあ、しそうだよね。そういうの」


 諦めた様な、悲しんでいる様な、何とも言えない表情を浮かべ、フリューヌは顔を手で覆い俯く。


 一方で、アオイはフリューヌの言動や所作が、城南美琴を想起させるものばかりで困惑していた。

 演技や嘘の類ではない感情の表れに、アオイは目の前のフリューヌが、本当に城南美琴なのではないか? と思いを持ち始める。


 しばらくすると、フリューヌはふと口に手を当て、何かに気付いたかのように目を見開いた。


「あれ? ってことは私も死んでない? これ、アニメで流行りの異世界転生じゃない? え、じゃあアオイちゃんは異世界転移?」


 この発想の方向性も、懐かしい物を感じるアオイ。

 そうね、と口ずさむと、アオイは自然と笑みを浮かべていた。

 まるで、旧友と久しぶりに語らいを楽しむかのように。


「同じ宇宙の別の惑星を異世界と定義するなら、確かにそうだと思うわ」

「私もうどう反応すればいいか分かんないんだけど!?」


 うきゃー! と金髪をかき乱すフリューヌ。

 思わずほくそ笑んでしまうアオイだったが、それを見たフリューヌも笑みを浮かべる。


「そういえばさ、葵ちゃんはどうやってここに来たの?」

「アイツらの目を欺いて、宇宙船作って逃げてきたわ」

「すごっ!? さすが期待の新星じゃん!」


 話せば話すほど楽しくなっていき、二人の会話は弾んでいった。


 一方で、それを見ている者達の心持は尋常ではないものだった。

 幼馴染の中身が、まるで別人になってしまったかのような体験をしているチャペリンは、その一挙手一投足を見るだけで息切れをしている。

 思い出が、爪を剥がされるかのように壊れ否定されていく気持ちを、チャペリンは感じているのだ。


「提案があるんだけど」


 それを見ていられなくなったガクウが、どこか楽しそうに談笑しているアオイとフリューヌに話を持ち掛ける。


「新手のチーターの仕業だと思うし、とりあえず聖剣ぶち込めば元に戻ると思うんだ」

「えっちなことするんですか!? キャー!」


 ガクウの提案に、フリューヌはふざけながら自分を抱きしめる。

 しかし、ガクウが本当に聖剣を抜き出すと、顔を青ざめさせた。

 そんなフリューヌに、ガクウは笑顔で諭す。


「大丈夫。ほんのちょっとだから! 深爪程度の痛さだから!」

「それかなり痛い奴じゃん!?」


 ソファに備わっているクッションを盾に、じりじりとガクウから距離をはかるフリューヌ。

 バカバカしいような光景だったが、身体が騎士としての動きを覚えているのか、妙に様になっていた。


「それに、元に戻すってさぁ! 私の意識が消えるってことじゃない!? 実質死じゃん! そんなの誰だって嫌に決まってんじゃん! 嫌だから! 私は嫌だからね!」


 フリューヌはそういうと、急いでアオイを盾にするように抱きしめる。

 確かにこのまま聖剣で彼女の意識を消すのは、ガクウとしても躊躇われるものがあった。

 しかし、チャペリンの痛ましい姿を見ていると、彼としてもここは引けない。


「だったら、フリューヌちゃんの意識はどうなるんだ?」

「うっ。そ、それは……」


 今度は城南美琴を名乗るフリューヌが言葉を詰まらせる。

 しかし、すぐに駄々っ子の様に反論し始めた。


「そこはもうしょうがなくない!? 転生して前世の記憶取り戻しちゃったんだから、もう諦めて欲しい!! こればっかりは不可逆じゃない!? 私だってどうしてこうなったか分かんないし!」


 そう訴えるフリューヌの言葉に、ガクウが首を傾げる。


「……ゼンセの記憶とか、テンセイって何?」


 ガクウの疑問に、この星では魂に意識が宿っていないとされていることを、アオイは思い出した。


 魂を観測できているこの星の理論が正しいのか。はたまた科学的に検証できていない地球の伝承の類を信じるか。

 普通に考えれば前者であるが、アオイとしては後者に縋りたかった。


 何はともかく、前提を知らないとあれば話は進まないと、アオイは転生について質問し始めた。


「……私の星では、まず前提として魂には意識が宿っていると思われていたの。死んだ魂はまたこの世界で生まれ変わる――――この思想を『輪廻転生』と言うわ。最近は創作界隈おブームもあって、『転生』とだけ略されることが多いけどね。

 前世というのは、魂が再利用される前の時の記憶ということよ。私の星では、いくつかそのような現象が確認されてるけど、そのメカニズムの発見には至っていないわ」


 『読声(どくせい)』を使えるガクウにだけでなく、その他大勢にも分かるように話すアオイ。


「え? マジで前世の記憶を思い出す人っていたの?」


 どうやら創作の中だけの話だと思っていたのか、城南美琴を名乗るフリューヌが驚く。


「正確には、前世と思わしき事象ね。実際前世の人物と会合して話すっていう事例もあるにはあるみたいだし」

「じゃあ私が前世思い出しちゃうのも、そんなおかしな話じゃないんじゃん!」


 アオイの説明に、ほっと一息つくフリューヌ。

 皆その説明を理解できていたようだが、一人だけ納得いかない人物がいた。

 それは、本来のフリューヌの幼馴染である、ヴィザーナ・チャペリンその人だった。


「いやいや! おかしいわボケェ! そんなわけわかんない説明で正当化してないで、ちゃんとフリューヌを返せよ!! テメェがやってんのは、乗っ取りでしかねぇんだわ!! さっさと聖剣の制裁を受けろやァ!!」


 今にもフリューヌに襲い掛かりそうなチャペリンを、クランメンバーが落ち着いて下さいと取り押さえる。

 その必死の形相を見たフリューヌは、震えながらアオイを抱きしめる。


「やれ! やってくれよ勇者! どうせ『チーター』の仕業なんだ! 早くフリューヌを元通りにしてくれ!」

「……わかった」


 チャペリンの言葉に、聖剣を構えフリューヌに近づくガクウ。

 だが、その動きがピタリと止まる。


「どうした! 何をしている!? 早くフリューヌを元に戻してくれ! アンタならできるんだろう!?」


 その姿を見て吠えるチャペリンだったが、ガクウはそれどころではなかった。

 ガクウの身体は、まるで床に引っ張られるかのよな力に侵されていたのだ。

 こんなことができる人物を、アオイは一人しか知らなかった。


「……アオイちゃん」


 その一言だけを呟いて、アオイの目を見る。


「……時間を、頂戴」


 城南美琴を名乗るフリューヌを庇うように、今にも泣きそうなアオイが魔法を行使していた。


 この程度の重力であれば、ガクウにはなんとかできる。

 しかし、目の前の泣きそうなアオイに、どうするべきかを悩んでいた。


「全員動かないで!!」


 そうしている間にも、アオイの後ろにいるはずのフリューヌの身体が、発光しだしているのが見えた。

 彼女の背後には、ガクウの状況を察して動いたジャグーダが居たが、手を出せないでいる。


 その発光の正体を、戦いと魔法を知る者なら誰だって知っていた。

 体内に宿るオドを暴走させ、魂を爆発させる『自爆魔法』。

 戦争では、敵国が若い兵達にそれをやらせていたのことを、ガクウに想起させた。


 なぜそんな魔法を彼女が使えるのか。

 フリューヌとしての記憶が無い事は、今までの会話からわかっていた。

 だが、それは思い出としての記憶。

 フリューヌとしての知識があることは、彼女がこの星の言葉を話せることから推測できた。


「どうしてもやるっていうなら、この建物もろとも爆発して死んでやる!」


 震えた声から、本気で死ぬ気はない事がうかがえる。

 しかし、自分が生き残る為の訴えとしては、これ以上の物は無い。


 その言動と行動に、チャペリンは焦燥した声で訴えかける。


「しょ、正気か!? ここは俺達の城だぞ!?」

「そんなの私が知るかー!!」


 チャペリンの訴えも虚しく、城南美琴を名乗るフリューヌは一刀両断する。


 ジャグーダが目線で、早く斬りつけろと命令する。


 ガクウの聖剣は、あらゆるエネルギーを調整できる。

 今ここで彼女に切りつければ、沈静化させることも可能だ。

 もし城南美琴としての記憶がゾンビの時の様な『チーター』の仕業だった場合、フリューヌを元に戻すこともできるだろう。


「待ってくれ勇者!」


 動き出そうとするガクウよりも前に、チャペリンの静止する声が響く。


「俺は、フリューヌもこの建物が消えるのも、ダメなんだ。それだけは、あっちゃいけないんだ。だから、もういい。とりあえず、引いてくれ」


 震える声で説明するチャペリンの目から、涙が零れ落ちていた。


「頼む。もうお前の意識を消そうとしないから、自爆とかやめてくれ……お願いだから……」


 あまりに痛ましいチャペリンの声が、城南美琴を名乗るフリューヌの心に響いたのか、爆発の予兆である光が弱まり、やがて収まった。

 それを見ると、ガクウも聖剣を鞘に納める。


 どうすることが正解なのか。

 それは、誰にもわからなかった。


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