第31話 重くても軽くても
そろそろ日が昇ってくるという頃、アルマカイタウンでは既に人々の救出や手当等が既に終わっていた。
官憲や騎士団の手腕を褒めたたえるべきだろう。
掘っ立て小屋の前でその光景を眺めていたガクウは、素直に人々の団結力に感心する。
だが、ガクウが眠りもせずに座りこんでいるのには、別の理由があった。
今日見た痛ましい光景の数々。
それを忘れないよう、ひたすら反復していた。
身体の一部を失った者達の嘆き、本来の姿から乖離させられた異形のゾンビ達の姿、Ch.9の怨嗟。
一つ一つ、丁重に頭の中に刻み、積み重ねていく。
吐き気を催すほど気分が悪くなろうと、ガクウはそれを辞めることはしない。
何故ならば、ガクウが守り、救う事の出来なかった責任があるからだ。
この経験を次に活かす。この悲劇を次の世代に伝える。
次に似たような事があれば、今回よりも上手く人を助ける為に。
その為にも、忘れることはしたくなかった。
ふと、心臓を掴む。
ベルゼフォンがくれた心臓が、テンポよく鼓動を刻んでいた。
まるで、ガクウに激高するかのように。
「……大丈夫。死にはしないよ」
一人静かに、心臓や鱗を託してくれた友を思いながら呟いた。
「そう、それはよかったわ」
「うわあ!?」
誰にも聞かれていないと思っていた言葉の返事が、突如背後から聞こえ、ガクウは慌てて声のする方を振り向く。
そこには、毛布を手にしたアオイが立っていた。
「男の子だからって、薄着で外は寒いわよ」
アオイはそう言って、ガクウの肩に毛布を掛ける。
「ごめん。ありがとう!」
ガクウが謝罪をしてから元気よく感謝を伝えると、アオイは気にもせずにその隣に座る。
「今回、無茶はしたの?」
「アオイちゃんや兄ちゃんのお蔭で、大分楽が出来たよ!」
アオイの問いにガクウが元気よく答える。
だが、肝心のアオイは疑いの目を向けていた。
「本当かしら。その割には、帰って来てから顔色がよくないけど」
「…………」
今度の問いには答えることができず、ガクウは目を逸らしてしまった。
実際、肉体的な意味では疲れる程度で済んでいる。
しかし、傷ついた人々や異形のゾンビの事を思うと、精神的疲労が無いとは言えなかった。
そんな事だろうという目で、アオイはガクウの頬をつつく。
「別に嫌なら話さなくていいけど、話したら結構楽になるって、私の友達も言ってたわ」
「友達?」
アオイにそんな人物がいただろうか? とガクウは思わず疑問を口にしてしまう。
そして、すぐにそれが失態だと気が付いた。
「もういないけれど、私にも割と居たのよ」
今は無き故郷を思い浮かべながら、アオイは呟いた。
「……ごめん。迂闊だった」
「別に、『虐殺遊戯連合』が悪いだけだし、ガクウ君は気にしなくていいわよ」
申し訳なさそうにするガクウに、アオイは気にしていないように返す。
「それに、今は貴方が傍にいてくれれば、私はそれでいいもの」
恥ずかしげも無くそう言うと、アオイはガクウの肩に頭を預ける。
ガクウは顔を赤くして、ただ真正面を見ることしかできなかった。
「ガクウ君はどう? 心を預けられる人、いる?」
予想だにしてなかったアオイの問いに、ガクウは苦い笑みを浮かべる。
「……アオイちゃんとか」
「嘘ね」
懸命にひねり出した答えを、ガクウはバッサリ切られてしまった。
なぜ見抜かれたのかとガクウは思案するが、そういえばアオイに皮膚と一緒に『読声』が受け継がれている可能性を思い出す。
まだ自分程コントロール出来ていないようだが、大分習得が早いなとガクウは戦慄した。
ガクウが『読声』を自覚した時は、流れ来る情報量に耐え切れず苦戦したからだ。
だが、アオイは平然としながら話を続ける。
「……本当に私だったら、もっと甘えていいのに」
隣にいるガクウの服の袖をぎゅっと握り、アオイは拗ねるように呟いた。
その言葉に、ガクウは困ったように笑みを浮かべる。
「気持ちは嬉しいけど、俺が背負うべき物なんだよ。アオイちゃんは関係ない」
「……関係、ない?」
ガクウの返しに、アオイは突き刺さるかの様な鋭い視線を向ける。
「関係あるわよ。私は貴方が無茶して、心身ともに壊れるとかごめんだもの」
「そういうの、押しかけって言うんだと思う!」
押しの強いアオイに、戸惑いながらも非難するガクウ。
だがそう言ってもアオイは一切気にしていないようで、不敵に微笑みかけてくる。
「あら、迷惑?」
「迷惑っていうか、何て言うか……!」
そう問われてしまうと、ガクウは何も言えない。
アオイの様な美少女に心配してもらえるのは、ガクウとしてもとても嬉しかった。
しかし、平和を取り戻せていない自分が幸せを感じるのを、ガクウは許せなかったのだ。
アオイはそれを見透かしたように言葉を投げかける。
「ガクウ君は、戦時中に兵士が誰かに甘えるのは、悪い事だと思うの?」
その言葉に、ガクウは首を横に振った。
「戦ってる最中はあれだけど、休憩時間とかなら俺はいいと思う! 根詰め過ぎてもいい事無いし!」
ガクウの出した答えに、アオイは満足そうに頷く。
「なら、ガクウ君も甘えなきゃダメじゃない?」
「……ん!? いや、そうだけど……うん!?」
あっさりとアオイに言いくるめられ、逃げ場をなくすガクウ。
アオイは立ち上がると、ガクウの背後に立って頭を撫で始めた。
「……な、何これ!?」
「よく頑張りましたって褒めてるの」
「なんで!?」
なぜ褒められているのかわからず、ガクウは困惑してしまう。
それでもアオイは、優しくその赤毛の生えた頭を撫でるのをやめなかった。
「ええ、貴方はたくさんの人を救った。だからこうして賛美するのよ」
「……でも、癒えない傷を負った人もいた」
その事実が、ガクウの胸を苦しめた。
戦争の時もそうだった。彼は築き上げた屍を忘れない。
彼の心の中で、その屍はこれからも積み上がっていくことだろう。
それを知ってか否か、アオイは不思議そうに問いかける。
「あら、救われた人の事はどうでもいいのかしら?」
「そんなことあるわけない!」
ガクウは力強く否定する。
彼は一人でも多くの人を救う為に頑張った。
だから、それがどうでもいいだなんて事には決してならない。
その答えにアオイは満足して、ガクウを後ろから抱きしめた。
「でしょう? 貴方は救われた人の事も、そこから生まれた感謝も、決して忘れてはいけないの」
そう言われて、ガクウは自分に短剣を託した少年――――ショウクの事を思い出した。
彼の全てを救う事はできなかったけれども、ショウクが父を救ってくれたことに感謝をしていたのもまた確かな事実だ。
その時交わした約束を思い返すと、先程まで抱えていた重みが、少し軽くなった気がした。
「だから、そんな自虐的にならないで。そんなんじゃ、救われた方も辛いもの」
アオイは、力強くガクウを抱きしめた。
彼女の吐息や、押し付けられる大きな胸が気にならないと言えば嘘になる。
だが、それ以上にガクウは自分の心の戸惑いの方が気になった。
「……いいのかな。こんな温かい気持ちになっても」
「ええ、いいの。貴方は人一倍がんばってるの、私は知ってるわ」
そうアオイに言われると、ガクウは自分を抱きしめる手にそっと触れる。
火傷を隠す為の手袋をしていたが、それでもその手の温もりを感じ取ることが出来た。
「そっか……」
背負うべき物は何一つ変わらない。
けれども、それが自分の心を軽くする事もあると知った。
心の憑き物が取れた気がしたガクウは、肩の力を抜いて目を瞑る。
すると、一瞬にして眠りにつき、寝息を立て始めた。
「……え? 寝たの?」
あまりに早い睡眠に戸惑うアオイ。
こんな外で本格的に寝れば、毛布一枚じゃ足りないのは明らかだ。
アオイは急いで掘っ立て小屋に戻り、他に何か無いかを探し出しに行く。
山から顔を出した太陽は、そんな二人を温かく照らすのだった。
◇
ガクウとアオイの会話を、ジャグーダは掘っ立て小屋の影で聞いていた。
「……自虐的だが他人には甘い者同士、か。案外本当にお似合いもな」
そう言って欠伸をすると、ジャグーダは静かに自分の寝床に戻っていった。




