第27話 空間掌握の吸血鬼
「シャオラッ!」
ガクウは『チーター』の女を天井に叩きつけ、空間の歪みを避けながら一気に地上二〇〇メートルまで上昇し、ありったけの力を使い山に叩きつける。
ここであれば誰にも被害が生じることは無く、尚且つ空間の歪みからも逃れて戦える絶好の場所であった。
「……貴方、バカなのかしら」
山に叩きつけられ眉を顰める『チーター』は、ガクウを睨みつけてそれでもなお不敵な笑みを浮かべる。
彼女が腕を振ると、山全体に空間の歪みが発生する。
「私のチートなんだから、これぐらい出来て当然でしょう!」
空間の歪みから、異形のゾンビが大軍のように現れる。
そのゾンビ達は、身体の部位をこの星の動物のモノに取り換えられていた。
このままゾンビ化薬の効果を消してしまえば、どうあがいても死に至るのは必然だ。
そのあまりに悍ましい光景に呆気にとられたガクウは、ゾンビの手によって『チーター』から引きはがされてしまう。
「お前! どうしてこんな酷い事が出来るんだ!」
すぐさまゾンビ達とを蹴り飛ばし、ガクウは剣を構えて『チーター』を睨みつけた。
『チーター』は必至な訴えをせせら笑う。
「そんなの簡単よ。ただの実験よ」
「実験だと!?」
ガクウは『チーター』に聖剣で斬りかかった。
確かに手ごたえはあったが、『チーター』は傷一つ負っていない。
辺りを見回せば、異形のゾンビが剣の一太刀を受けて倒れているのがガクウの視界に映る。
どうやら体の周りに、バリアを展開するかのように空間を歪ませているらしかった。
竜の鎧を纏うその下で、鋭く冷たい視線を射貫くように『チーター』を睨みつける。
それを質問の催促と見て取ったのか、『チーター』は話を続けた。
「この星の人間がどういう構造なのか? SランクのCh.9である私は、そういった情報を収集する必要があるのよ」
いつの間にか豪華なドレスを着ながら、自信満々に告げる女――――Ch.9。
義理の父であり戦いの師であるボンジャーグを殺した、Ch.1と名前が似てるな、と思いながらも、今は違う事を尋ねなければガクウは気が済まなかった。
「そんな事俺が知るか! この人達が、お前に一体何をした!? どうしてこんな目にあわなきゃならない!」
聖剣を強く握り締め、ガクウは叩きつけるように問いかけた。
その返答は、あっけなく返される。
「私の陰口を言ったから」
「…………は?」
あまりにバカげた回答に、ガクウは開いた口がふさがらなかった。
なぜそれがイコールになるのか、さっぱり理解ができない。
「当然でしょう? 『こんな大変な時に着飾ってるとかなんて常識の無い』って、このババアが言ったのよ?」
空間の歪みから、異形のゾンビを取り出して指をさす。
Ch.9の言葉を信じるのであれば、その異形のゾンビに年老いた女性ということになる。
しかし、その面影はどこにもなく、絵本に出てくるような怪物にしかガクウには映らなった。
「私の陰口とか、一番の大罪でしょう? そもそも私、被災者側の人間じゃないから、別にどう着飾っても――――」
ベラベラと喋る口に、ガクウは静かに光線を撃ちこむ。
空間の歪みに飛ばされることは無く、Ch.9の口に直撃した。
「うげぇ!?」
Ch.9は汚い悲鳴を漏らし、慌てて口を押える。
空間を歪ませて異形のゾンビを手に取ると、雑巾の様に絞り、光線によって裂けた傷口に注ぎ込む。
すると、みるみるうちに傷は消えていった。
回復アイテム扱いか、とガクウはまた一つ怒りを募らせる。
「俺の事を見ていたからな、光は対象外だと思った。案外お前も間抜けだったようだな」
静かに語り掛けながら、ゆっくりとCh.9に近づくガクウ。
その一歩一歩が、Ch.9の恐怖を駆り立てた。
「この……! ただの素体の部品の風情が! この私に逆らうな!! 私は、『チーター』の中でも、九番目に偉く、強く、正しいのよ!! いえ、Ch.1が消えたから、八番目だったわね!!」
Ch.9が矢継ぎ早に怒鳴り散らす。
だが、その言葉はガクウの怒りを加速させた。
「部品だと……? 今お前、人を部品って言ったのか!?」
ガクウはCh.9に指先を向け、数え切れないほどの光線を撃ちこむ。
それらの光線は真っすぐ進むことは無く、歪曲を描き様々な方向からCh.9へと注ぎ込まれる。
しかし、Ch.9の空間が黒く歪む。
次の瞬間、Ch.9に放ったはずの光線が、ガクウの身に襲い掛かる。
どうやら光線すらも吸い込まれ、ガクウに届くように空間を歪ませたらしかった。
もっとも、ガクウはその光線で傷つくことは無い。
竜の鱗を纏ったガクウには、あらゆる魔法が通用しない。
それは自分の魔法でも、同じことが言えた。
「そうよ。それがなにか? 貴方達は素材でしかないのよ。素体のスキンを変える為だけのね。私は、こんなふうにも使ってあげるけどね!」
そう言って、Ch.9は数多の異形のゾンビ達をガクウに仕向ける。
「あなた、必死こいてゾンビ達を助けようとしてたみたいだけど、この異形のゾンビはどうなのかしら? 素敵な勇者様は、どうやって助けるのかしらね!」
Ch.9は、見世物を見るかのようにガクウの動向を目で追う。
そんな顔にガクウは光線を放つが、すぐさま空間は黒く歪み返却されてしまった。
そうしている間にも、彼の周りには異形のゾンビ達の囲いが出来ていた。
空を飛べば逃げることもできるだろう。救えない命を見なかったことにして、忘れるという選択肢もある。
どうせCh.9を殺せば、脆く消えゆく命なのだから。
しかしガクウには、救えない命を見なかったことにするなど、そんな選択肢は残されていなかった。
傷つけてしまった命をこの目に刻み、次に似たような事態があれば、もっと上手く助けられる為に覚えておく。
決して同じ後悔を繰り返さない為にも。
乗り越えることは無い。ただ引きずり続ける。
それがリクライト・ガクウのプライドだった。
「――――ごめん。貴方達は救えない」
目頭が熱くなる。
それでも、聖剣で彼らの命を屠ろうと、必死に聖剣を握ろうとするが、手の微かな震えが止まらない。
殺され身体を弄ばれた者達。
自分から志願したわけでもない、ただの被害者。
それを殺さなければならないのは、ガクウとて初めての体験だった。
「――――命は一瞬で掻き消える。迷っている暇があるなら、その前に動け」
ふと、義理の父であり戦いの師である、リクライト・ボンジャーグの声が頭の中で鳴り響く。
そう、それは戦場で決して忘れてはいけない心構え。
今この異形のゾンビを野放しにしてしまえば、どんな被害が起きるかもわからない。
悩み悩んでいる間にも、自分の命だって脅かされる。
ガクウが迷う時、いつもその声が背中を押す。
今日もそれは変わらなかった。
流れるように、けれどもその目に焼き付けるように、異形のゾンビ達を斬り払っていく。
その動きに、もう迷いはない。
魔法で消し去ってしまう事もできたが、突如として空間を歪ませられ、それこそ駅で治療している人々に被害が被れば大変だ。
故に、勝手が効きやすい方法をガクウは選んでいた。
Ch.9は、それを見てガッカリするかのように溜息をついた。
「なぁんだ。自分の都合が悪ければ、簡単に殺すんだ。――――お前、私達と何が違うんだ!?」
罵詈雑言を叩きつけながら、Ch.9は高圧エネルギーの塊をガクウに飛ばす。
「……傷つけた命は忘れない。決して!」
それを、ガクウはいともたやすく斬り払った。
「はあ? ただの自己満足じゃないの!! 自分勝手なやつ!」
「次に活かして見せる。傷つけた命を、無駄にしない為にも!」
光線と高圧エネルギーの攻防が続く。
それは空に散る花火を連想させるが、常人ではかすってしまえば命が危うい代物。
Ch.9はそれを空間を歪めてガクウに返し、ガクウは竜の鱗でそれら全てをはじき返す。
「……気色悪い。悍ましい。消えて無くなれ!!」
Ch.9が手を伸ばすと、斬られたはずの異形のゾンビから触手が飛び出す。
その触手はガクウの身体に巻き付き、その動きを封じた。
Ch.9はそれを見てほくそ笑んだ。
後は一点集中に攻撃を当て、鎧を砕き命を奪うだけだと。
ガクウはそれを見て激怒した。
どこまで遺体の尊厳を傷つければ気が済むのかと。
「どこまで腐っている!? Ch.9ッ!!」
龍の鱗を纏うガクウの身体が輝きだす。
それはジャグーダが血の壁に使った、《天が恵む灼熱よ》と、全く同じ魔法だった。
違うのは、その威力と範囲だけである。
その光は触手を焼き尽くし、すぐさま霧散させた。
それだけにとどまらず、そのままCh.9にも襲い掛かる。
だが、空間が黒く歪みその光もどこかへ飛ばされる。
「今、この光を貴方のお兄さんに送ってやったわ! 果たして命はあるかしらね!」
ガクウの心を揺さぶろうと、事実を伝えるCh.9。
だが、ガクウは止まらない。
その黒く歪む空間へ、聖剣の力を使い風の斬撃を飛ばす。
すると、黒く歪んだ空間をすり抜け、Ch.9へと直撃した。
音とは空気の波である。
会話が行えるということは、空気も空間の歪みが呑み込む対象外ということになるのではないか?
そう考えた上で実行したガクウだったが、その予想は的中していた。
風の斬撃は、見事にCh.9に直撃したのだ。
「……動揺しろよ! 血も涙もないのかァッ!?」
吠えるCh.9。
空間は相変わらず黒く歪んでおり、その顔が見えない。
それがガクウには残念でたまらなかった。
次の瞬間、風の斬撃を受けた傷口から、攻撃的に活性化したマナが炸裂した。
声も出すことができず、あっけなく倒れるCh.9。
その瞬間、空間の歪みも消え、健在だった異形のゾンビ達も悶え苦しんで地面に倒れ込む。
ガクウは聖剣の力を使い、風の斬撃の中に攻撃的に活性化したマナを仕込んでいたのだ。
一か八かの賭けだったが、成功してホッと胸を撫で下ろす。
「兄ちゃんは俺より凄い。だから心配なんてしたことが無いんだ」
◇
「あのバカ野郎!! 少しは考えて戦え!!」
ジャグーダは床にごろりと転がり、ガクウに対して文句を言っていた。
突如襲い来るゾンビと、《天が恵む灼熱よ》を全て切り伏せるのは、さすがの彼も大変の一言であった。
尚且つアオイやデータ変換装置、パソコンなどを防衛しながらとなると、くたびれてもしょうがない物がある。
「……でも大丈夫かしらガクウ君。大変な目にあって無ければいいのだけど」
不安そうなアオイに、ジャグーダは鼻で笑った。
「心配いらねえだろ。アイツは俺より強いからな」
今回のお話で十万字達成です!
これからもこの物語の完結まで、応援よろしくお願いします!




