第22話 そして町からいなくなる
アルマカイタウンでは、不穏な空気が流れていた。
被災地な惨状となっているこの町は、現在人が別の町へ流れ出しているのは確かな事実だ。
いつまた『虐殺遊戯連合』の連中が襲い掛かって来るか、誰にもわからないからである。
列車は使えずとも、バスなどは生きている路線も存在するので、それを使って離れていく人間がいるのは想像に難くない。
逆に、様々な事情で町を離れられない者がいるのもまた確かだ。
身体や心が傷ついた者、家を手放せない者等。
それらを考慮しても、今宵のアルマカイタウン夜は静かすぎた。
人っ子一人いないとでもいうかのように。
「~♪」
そんな中、ジャグーダが口笛を吹き辺りを見回りながら歩く。
ふと夜空を見上げれば、月は相も変わらず、一つの瞳が地上を見下ろしている。
風情も何もあったもんじゃないな、と思いながらも、彼は一人町の探索を続ける。
そうしていると、女の子の鳴き声が聞こえた。
ジャグーダが声のする方に向かっていくと、派手な服装に派手な傘を持った少女が、路地裏でうずくまって泣いていた。
「おいおい、どうしたんだいお嬢さん――――」
そう言って、ジャグーダが少女に近づいた。
その瞬間、少女――――カーミラは、爆発を連想させる勢いで傘の先を突きだす。
だがジャグーダは、それを紙一重で避け、膝を腹に叩きこんだ。
「ドス黒いオーラが漂ってるぜ?」
怯んだカーミラから傘を取り上げ、もう片方の手で少女を壁に叩きつける。
「……う、ぐっ!」
カーミラはそのまま、地面へと落ちて自分の腹をさするように抑えた。
「お前、素体だろ? わかっちまうんだよな。そういうの」
取り上げた傘をジャグーダの影に立てると、傘は沼にでも沈むかのように影の中へ落ちて行った。
「何が目的かを教えてもらおうか。町の住人、一体どこにやった?」
無骨ながらも美しい指で、カーミラの顎を荒く掴むジャグーダ。
「言わないと、喰っちまうぞ?」
狂気的な笑みを浮かべ、ジャグーダは真っすぐカーミラの目を見据える。
カーミラは震える唇で、言葉を紡いだ。
「……素敵な瞳ね。好きよ。私の物にならない?」
咄嗟に目の前の頭を掴み、真顔になったジャグーダは、カーミラの顔面を地面に叩きつける。
なぜ自分にこういう事を言う女はいつも危なっかしい奴しかいないのか、ジャグーダは己の女運の無さを呪った。
カーミラは両手を地面に置くと、前転の要領でジャグーダに踵を叩き落とす。
「うおっ!?」
まともにその攻撃を背中に喰らうジャグーダ。
カーミラはそのままジャグーダの背中に立ち、業火を腕に抱く。
「なら死んで頂戴!」
そのままジャグーダの背中に叩きつけると、その業火は勢い余って爆炎をあげた。
カーミラはその爆炎に乗って、建物の屋上までふわりと浮かび、華麗に着地する。
眼下を見下ろすカーミラだったが、ジャグーダの姿どころか気配すらない。
「……あら、威力が高すぎて消し炭になってしまったかしら? 残念」
とても残念そうな様子に見えないカーミラは、建物の屋上から屋上へと飛び移る。
まるで夜の支配者を気取るかのように。
◇
「――――ってことがあったわ」
ジャグーダは用意された料理を食しながら、カーミラと会合していた時の話を、掘っ立て小屋の中でガクウとアオイに共有していた。
ガクウは真剣に話を聞いているが、アオイはどうも引っかかることがあった。
「……これ美味いな。誰が作ったんだ?」
だが、そんな事梅雨知らず、ジャグーダの興味は用意された食に移っている。
「……私だけど? 料理本見ながら作っただけだけど」
「そいつは素晴らしいな。今後の料理当番をお前に任せても良いぐらいだ」
アオイの答えに満足すると、ジャグーダは黙々と食事をする作業に入った。
「……いや、爆発してなぜ生きてるのかしら?」
ジャグーダの説明だと、カーミラに業火を叩きつけられて爆発しているようにしか聞こえない。
それ故に、大した怪我も無く平然と報告しているジャグーダが、アオイには不思議でならなかった。
完食すると、ジャグーダはすぐ横に寝転った。
「俺は闇と同化できるからな。こういう逃げる隠れるとかの偵察は得意なんだよ」
「普通はできないから、兄ちゃん基準にしちゃダメだからね」
ジャグーダの発言に、そっとアオイに注意するガクウ。
だがその話を聞いて気分を良くしたのか、ジャグーダは愉快そうに笑みを浮かべた。
「はっはっは。いいぞもっと褒め言葉ならなんでも来い」
「よっ! 聖剣が惚れこむ男!」
「それ煽ってんじゃねえのか!?」
ギャーギャーと騒ぎ出すガクウとジャグーダ。
アオイはそれを傍目に、今の話でその『チーター』の特異性や人々がどこにいったのか、分かるような事柄は無いかと模索する。
だが、彼女の頭にもあまりいい考えは出てこなかった。情報が少なすぎるのだ。
「……でも、その話を聞いてもあまり有益な情報が無いわね」
「町から人が消えて、少女の『チーター』がいる。これを持ち帰って来てくれたのは、十分有益な情報だと思う」
思わず苦言を漏らしてしまうアオイだったが、ガクウがすかさずに意見を述べる。
確かにジャグーダが居なければ、町の事態を把握することはできていなかっただろう。
自分だったらもっと深追いしてやられていたかもしれない、とアオイは猛省した。
「まあ、それだけじゃないがな。アイツの頭を掴んだ時に、鏡砂を仕込んでおいた」
「きょうさ?」
ジャグーダの口から飛び出す聞き覚えの無い単語に、アオイは首を傾げる。
言うや否や、ジャグーダが懐から鏡話に使う鏡を取り出す。
「こういう事」
そこに映って言っていたのは、誰かの目線映像の様だった。
ジャグーダの発言からして、遭遇した『チーター』の目線だろう。
それを見たアオイは、盗撮カメラみたいなものかと察する。
駅の外にいるらしく、ガラスの扉を開けて中に入っていく。
すると、先程まではいなかったように見えた人々がそこには映っていた。
だが、その姿は以上だった。
皆一様にして虚ろな目で彷徨うように歩いているが、腕が取れかけている者、身体に穴が空いている者が平然と混じっている。
それを見たガクウの目が、凍てつくように鋭い目つきになった。
今はまだ、この映像の中で起きていることの詳細は分からない。
だが、『チーター』が非道な真似をしていることだけは、ガクウにも理解していた。
「この映像を見る限り、どうも町の人間は地下鉄に密集してるらしいな」
「……でも兄ちゃん、さすがに町の人全員が入るとは思えないんだけど」
ジャグーダの推察に、ガクウは反証した。
地下鉄の線路を辿って外に出していけば、町の全員を駅の中にいれることは出来るかもしれない。
しかし、それだと町の人間を何故そんな所に詰めるのかがわからなくなってくる。
少なくとも、ガクウはそう考えての発言だった。
「だな。だがこれを見て欲しい」
映像を見続けていくと、まるで紙芝居の様に、一瞬にして場所が変わった。
それでお尚目線の主は変わらず歩き続けていくと、またしても一瞬にして違う場所に変わってしまう。
「……瞬間移動?」
それを見ていたガクウが、ぼそりと呟く。
「そんなもんなら、一気に目的地に飛んじまえばいい。歩く必要すらないだろう。だがこいつはそうしない。なぜならそうす津必要があるからだ」
それを否定するジャグーダ。
今度はアオイが、何かに気が付いたかのように目を見開いた。
「……空間同士を繋げて、別の場所に歩いて移動してる?」
「その通り。マスター・ボンジャーグが倒した『チーター』の一人に、『空間歪曲』と称された奴が居た。恐らくこいつはそれだろう」
そう言いながら、ボンジャーグは十人まとめて『チーター』を相手にしていたことをジャグーダは思い出した。
こんな力を使うやつを、十人まとめて初見で倒してしまうマスター・ボンジャーグの強さに、まだまだ自分も鍛えなければならないなと、ジャグーダは嫌でも痛感させられた。
「……でも、町の人々の様子がおかしい。目が虚ろだし、腕がちぎれたり穴が空いてたりしてるのに、平然と歩いてる。これはなんだ?」
怒気の含んだ声で問いかけるガクウ。
何に怒っているかは明白だ。罪もない市民に、こんなことをしている『チーター』にである。
「俺も詳しくは分からんが、俺が回収した傘の先には変な薬が塗られていた。後、何か血が入っていたな」
自分の影に手を突っ込み、ジャグーダは箱に収めた傘を取り出した。
それを見るや否や、アオイがその箱を手に取る。
「私が調べてみるわ。簡単な調査キットなら作れたし、何か分かるかもしれない」
「……作れた?」
アオイの言葉を聞いたジャグーダは、そのままガクウを睨みつける。
知識だけにしとけって言っただろ! と怒っているのがガクウにはよく理解できてしまい、目を逸らして俯いてしまう。
「……まあいい。わかるなら頼むわ」
今回ばかりはファインプレーだったので、ジャグーダはガクウを怒るのは見送ることにした。
それを聞いたガクウはホッと一息を付くと、盗撮している鏡話を手に取る。
「じゃあ俺は映像観察してみるよ」
そう言って、ガクウは真剣に鏡を観察し始める。
調査キットを広げていたアオイは、その姿が意外に映った。
「……ガクウ君、てっきり一目散に飛び出すかと思ってた」
ガクウは一般人の危険を知ると、とにかく急行するイメージがアオイにはあった。
だがガクウは怒ってはいながらも、出来るだけ冷静に物事を対処している。
「アイツもそれなりに修羅場潜っててな。馬鹿正直に突っ込んで、痛い目を見たことがあったのさ。手がかりを掴めるなら、そりゃ模索するってもんさ」
それを聞いたジャグーダが、懐かしむ様にアオイの疑問に答える。
ガクウにはまだ知らない一面がある。
他人ならば誰だってそうだ。全てを理解できるわけではない。
だが、アオイはそんな一面があることが、嬉しい様な妬ましい様な、複雑な心境になってしまう。
「……ところでお前、ガクウの事呼び捨てじゃなかったっけか? うん? 君付けなのか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるジャグーダごと、アオイは邪念を振り払う。
傘の先端に付着している薬の解析に集中することで、完全に無視を決め込むことにするのであった。
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