第18話 旅立ちの朝
ガクウが目覚めると、窓から朝日が差し込むにはまだ早い時間だった。
布団の中では、アオイがガクウを抱き枕を抱きしめるかのようにして眠っている。
アオイの身体の柔らかさと、下手に触れると折れてしまいそうなか細い手足。
安心してぐっすりとしている寝顔に、その唇から漏れる吐息の温かさ。
それら全てにガクウの理性は翻弄されていた。
正直に彼の心情を吐露すれば、お風呂の時点で危なかった。
おっぱいがお湯の上に浮かんでいるのを見て胸がどきどきしたし、身体に触られた時は心臓が止まるかと思ったほどだ。
『私はね、貴方と一緒にいたいのよ。その為に、努力は惜しまないわ』
愛の告白にも聞こえるそれを思い出し、ガクウは悶絶する。
もうどうすればいいか、ガクウにはわからなかった。
どうしたものかとアオイの顔を覗いていると、その顔がガクウの視線を逃れるかのように俯く。
まさかと思い、ガクウは優しくアオイの顔を持ち上げようとするが、強く抵抗されてしまった。
「……アオイちゃん、起きてでしょ」
ピクリ、と体が反応するかのように震える。
「ねえねえ、どうして俺のベッドの中にいるかわかんないけどさ、怒らないから話してくれない?」
優しく問いかけるガクウだったが、アオイは寝たふりをしているだけだった。
「よーし怒った。喰らえ! こちょこちょ攻撃!」
「きゃ!? ちょ、脇、脇はダメはははははははっ!」
脇をくすぐると、アオイはあっけなく笑ってしまう。
それでも必死にくすぐりに抵抗していると、いつの間にかガクウの顔が目と鼻の先にあった。
「ねえ、アオイちゃん。どうして俺の布団に入ってきたのかな? 教えて教えて」
答えないとくすぐるとと言わんばかりに、ガクウは蠢く指を見せる。
アオイは観念したかのように、ぼそりと呟いた。
「……その、一人で眠るのが、怖くて」
その声から、彼女が本当に怖がっていたのが伝わってくる。
それは無理もない話だった。
生まれ育った星は『虐殺遊戯連合』に貪られた挙句、見世物にする為に爆破されたのだ。
ふとしたことで、怖がってしまうのも当然と言える。
暗闇の中に一人にいる時、どうしようもなく孤独を感じてしまう事は、誰にだってあるのだ。
いたずらじゃないとわかり、ガクウは怒るに怒れなくなった。
「気持ちはわかった。でもそういう事なら、起こしてくれても良かったのに。勝手に布団に入るのは危ないよ。色々と」
「眠っている貴方を起こすのは忍びなかったのよ」
それに、と言いながら、アオイはガクウの手を取った。
「貴方が傍にいてくれれば、私は落ち着けるもの」
嬉しそうな笑みを浮かべながら、アオイはその手を自分の頬に擦り付ける。
絶対に離さない、とでも言わんばかりに。
そうされることが、ガクウにとっても嫌ではない気持ちがあった。
むしろ、胸が高鳴り心地いいとさえ思える。
「……ねえ、アオイちゃん。それ、他の人にやっちゃダメだからね?」
「大丈夫よ。私、こんなの貴方にしかしないから」
平然を装ってはいるが、頬が赤く染まっているのをアオイは隠しきれていなかった。
ガクウはその言葉に嘘ないと確信し、一安心して肩を撫で下ろす。
安心すると、ガクウは再び瞼の重みを感じ出した。
「……まあ、俺以外にやらないならいいや」
考えるのを放棄したガクウは、優しくアオイに抱きつく。
アオイの肩に頭を乗せ、心地いいなと思いながら、速やかに二度寝へと移行した。
「え、いや、その、ちょっと……っ!」
顔を真っ赤にしながら、アオイは慌てて脱出しようとする。
自分より力強いガクウの方からの抱擁をされていることもあり、非力な彼女の腕では脱出することは難しい。
無駄な抵抗だと悟り、大人しく抱きしめられるアオイ。
正直に言ってしまえば、ガクウの方からゆっくりと抱きしめあうこの状況は、アオイとしても悪くない気分だった。
ガクウのぬくもりに溺れながら、アオイも眠りの世界に身を投げ出す。
「二度寝をするな。俺、朝早いって言わなかったっけか?」
窓からジャグーダが声を張り上げていることに気が付き、二人は慌てて飛び起きた。
その声からして、怒っているのは明白であるからだ。
「夜はさぞ盛り上がったご様子だな? 甥っ子もこりゃすぐか? 嬉しいねぇ。だがいくら何でも浮かれ過ぎだ。早く起きて用意してやったご飯を食べろ。さもなくば、お前達に明るい未来はやってくることはないぞ」
そういった事は決してしていないのだが、ジャグーダの有無を言わせぬ睨みに、ガクウとアオイは口を閉ざした。
◇
すぐに着替えて食事を摂ると、ガクウ達三人は家からでた。
向かう先の山を見れば、これから日輪が顔を出すと言ったところだ。
ふと、家族三人と一匹で暮らしていた家を振り返るガクウ。
この家に、ボンジャーグとベルゼフォンが帰ってくることは無くなった。
ガクウに取って、それは涙が
だが、悲しみに暮れる時間は等しく『虐殺遊戯連合』に奪われた。
今は感情を押し殺しててでも、生き延びて誰もが戦わなければならない。
それが戦場の常だった。
全世界の人の笑顔を取り戻せるのか、それはガクウにもわからない。
けれども、悲しみに暮れることのできる時間を 少しでも早く取り戻せるはずだ。
――――だから皆、見守って欲しい。
目をつぶり自分の胸に手を当てて、ガクウは今は亡き人々に語り掛ける。
「感傷は程々にしとけ。自分の首を絞めることになるのは、お前にだってわかってるんだろう?」
ガクウの頭に軽く手刀を叩きこむジャグーダ。
彼も今まで住んできた家に思うところがあるように一瞥するが、すぐさま進むべき方向に顔を向けた。
「大丈夫?」
隣に立つアオイが、心配そうにガクウに問いかける。
「……うん、ちょっと別れの準備をしてただけだ」
ガクウはそう笑みを返して、家に向き直る。
これが最後だと自分に言い聞かせ、戦場に向かうための言葉を口にする。
「―――――いってきまーす!」
元気よく声を張り上げ、ガクウは目的地へと歩き出す。
『虐殺遊戯連合』の本拠地、月に乗り込むた為に宇宙船の残骸を集めなければならない。
その為にはまず、この国の首都である城塞都市ウィルバーナへと向かい、重鎮達と話を付ける必要がある。
道中、隠れ潜む『チーター』などもいることが予想される。
困難な道のりになることは、まず間違いないだろう。
けれども、ガクウは進む。
困難だからといって、彼が進まない理由にはならない。
それに、ガクウの傍にボンジャーグやアオイがいる。
彼は決して一人ではない。
「そういえば、聖剣が兄ちゃんに惚れてる夢見た」
「オイオイ、とうとう頭がイカレちまったか?」
「私の星では、創作だと物を人として表現することがあるわ。その類かしら?」
山から起き上がった太陽が、談笑する三人の道を祝福するように照らす。
その冒険に、幸あれと言わんばかりに。




