第17話 聖剣との初対話
気が付くと、ガクウは浜辺にいた。
上を見上げれば波の様に揺らめくオーロラが夜空を支配しており、海を見れば深い黒がどこまでも続き揺らめいている。
砂浜も地平線が見える程まで続いており、砂を蹴り飛ばすと水しぶきの様にはじけ飛んだ。
そこまでやって、ガクウはようやく口を開く。
「……俺、なんでこんな所にいるんだ?」
そう。ガクウにはここに来るまでの記憶がまるでなかった。
彼は風呂から出た後、アオイの手足に薬を塗り、逃げるようにベッドに潜りこんだはずだった。
しかし純然たる事実として、視界には海、砂浜、オーロラの夜空だけしかない場所にいる。
自分一人しかいない、寂しい場所だった。
「何がどうなってるんだー!?」
訳が分からなくなり、頭を掻きむしる。
そうやって考え付いたのが、『チーター』によるチート攻撃の可能性だった。
「……よしっ、全部ぶっ壊すか!」
えっ、とどこかで驚愕と恐怖を含んだ聞こえた気がしたが、ガクウが見回してもどこにも姿が無い。
何者かが自分を閉じ込めてるのは間違いなさそうだ、そう思ったガクウは、こんな所に連れて来た者をおびき出そうとした。
「ベルゼフォン、俺に力を貸してくれ! 《神と祀られた竜の咆――――」
「大陸消し飛ばす攻撃を簡単に使わないで貰えません!?」
口の中にオドありったけのオドを収束させ、解き放とうとするガクウの前に、突如として少女が現れる。
気品あふれた服装をしている彼女は、それとは見合わぬ慌てた表情をしていた。
すぐさまガクウの口の中に腕を突っ込むと、口の中に収束していたオドを霧散させた。
「何てことしようとするんです何てことしようとするんです!? 何考えてるんですか貴方!?」
突如現れた少女は、ガクウの胸元を掴みぐわんぐわんと振り回す。
「父さんが言ってたんだ。閉じ込められたら全力でこじ開けろって」
「全力が過ぎますよ!!」
とりゃあ! と可愛らしい掛け声と共に、少女はガクウを海に投げ入れた。
ガクウはすぐさま浮上すると、口の中から噴水の様に水を吐き出した。
「俺はリクライト・ガクウ! よろしく!」
「うわっ、マイペースが過ぎますね。これじゃあジャグーダさんも苦労しますよ……」
ガクウの突然の自己紹介に、目を座らせてドン引く少女。
だが、ガクウは少女が出した名前に反応した。
「君、兄ちゃんの事知ってるの?」
「はい、私ジャグーダさんの恋人ですからね。毎日逢引してますよ」
「えっ!?」
突如判明する兄の逢引相手に、今度はガクウが恐れおののく。
確かにジャグーダは昔から男女ともにモテる男だった。
しかし、誰かと付き合う時は決まって、ガクウにその人物の愚痴を聞かしている。
最近はそういった浮いた話が無く、聖剣の所ばかりに足を運んでいた筈だ。
状況を整理すると、ジャグーダに今現在恋人はいないとガクウは結論付けた。
「……兄ちゃんからそんな話聞いた事無いなぁ」
「はあ!? そんなことあるはずがないです! むしろあの人私の話しかしてないはずですけど!? ちゃんと思い出してください!」
陸に上がりながらガクウが呟くと、少女がまたしてもガクウの胸元を掴み、ぐわんぐわんと頭を振う。
だが、そうしたところで、ガクウの記憶から出てくるものは何も無かった。
「……兄ちゃん、聖剣の話ばっかだからなぁ」
「ほらぁ! してるじゃないですかやっぱり!」
えっ、とか細い声を漏らすガクウ。
目の前の少女が言った言葉に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「はい、ご紹介に預かりました、この惑星の名前を付けられた人工女神、ティルナディアカリバーです! よろしくおねがいしますね!」
語尾に星マークでも付きそうな可愛らしい声で、自分を紹介する少女。否、ティルナディアカリバー。
「えぇー!? 君が勇者ジオーグの聖剣!?」
人工女神等初めて聞いた単語だったが、ガクウが気になったのは別の部分だった。
「……兄ちゃん、聖剣と恋人だったんだ」
まさかの相手に、驚愕するガクウ。
聖剣を求めていたのは愛ゆえだと、誰が想像できるだろうか?
少なくとも、ガクウにはできなかった。
「はい! そりゃもう毎日愛を囁かれてました! 私を追い求め、そりゃもう強引に私を引っ張ろうとしたものです……!」
ティルナディアカリバーの言葉に、ガクウは勘違いだとすぐさま察っした。
思わせぶりな態度で、今まで女性問題も多かったのだ。
「……兄ちゃんはね、よくからかう為に愛してるっていう人なんだ」
「はぁああああああああ!? 弟さんでもその暴言は許しませんけど!?」
真実を跳ね除けるティルナディアカリバーに、今まで聖剣に抱いていた幻想が音を立てて瓦解する。
しかし、自分の武器と対話できる機会というのもそうは無いので、ガクウはこの際気になっていることを聞いてみることにした。
「……むしろそこまで思ってるなら、なんで兄ちゃんを選ばす俺を選んだの?」
「私だってジャグーダさん選びたかったんですよ! でも、平穏な時代じゃないと聖剣として、活動してはいけない命令が聖剣に刻まれてまして……。だから私達は、神殿の奥底で蜜月の時を過ごすしか無かったんです……! ううっ、運命に切り裂かれた二人!」
ガクウが問いかけると、ティルナディアカリバーの怒涛の早口を繰り出す。
滝でももうちょっと手心があると感じてしまう様な勢いに、ガクウは思わずたじろいだ。
「私を引き抜けなくて、涙するジャグーダさんは、それはそれは胸を締め付ける程美しくて……。鼻血を出しても美しい人って、ジャグーダさんの事を言うんでしょうね……はあ! 尊い! 好き! 愛してる! ……この世に生まれてきてくれて、誠にありがとうございます……!」
わけの分からない感謝までしだし、とうとう何を言っているのかガクウは理解を放棄した。
「それでもって、空からの侵略者! 狙い撃たれた私を、彼は自分の身を呈して守って下さったのです! ああ、これこそ純愛では!?」
「兄ちゃんは知らない人にもそういう事する……」
思わず零れたガクウの言葉に、ティルナディアカリバーはピクリと反応して睨みつける。
「は~? なんです貴方? 仮にも義理の姉に態度悪くないですか?」
「聖剣さん! 待ってほしい! 姉面はしないでもらいたいんだ! 正直に言って俺怖いよ!!」
ガクウの必死の訴えを、ティルナディアカリバーは鼻で笑った。
「まだまだ未熟ですねぇ。まあ、そんなんだから私、あなたを選ばないといけなくなったんですけどー」
「……待って、それどういうこと?」
まるで未熟が理由だと言われたようで、ガクウも思わずムキになる。
剣も魔法も養父であるボンジャーグによって、地獄のような修行で鍛え上げられてきた。
その腕は、ボンジャーグからして「国の聖騎士の中でも一、二を争う」と評された程だ。
それが未熟だと言われるのは、ガクウとしても納得がいかない。
「そうですね~」
そんな事つゆ知らず、ティルナディアカリバーは求められた問いに答える為に、どこから説明したものかと考えるそぶりを見せる。
「ガクウさん、守護神として祀られてる竜の心臓を宿しましたよね?」
「え? ああ、うん……ベルゼフォンの事なら、確かにそうだよ」
自分の胸に高鳴る心臓は、命と引き換えに友達が与えてくれたものだ。
その上、黒く焦げてしまった皮膚でさえ己の鱗と交換した。
もっとも、その肌はガクウがオドを調整し、人のそれに変えているのだが。
「それでまあ、何と言いますか……。竜の心臓から作られるオドを、コントロール出来てないんですよね」
「……そうなの?」
確かに守護神と言われるほどの力を持つにしては、ただの人間である自分によく収まっているとはガクウも薄々思っていた。
しかし、そうなるとコントロールをしているのは、一体誰なのかと言う話になる。
「はい。今は私が流れを調節してるので問題ないんですけど、私が来なかったら心臓から送り込まれるオドに体が耐え切れず、大陸一つ吹き飛んでもおかしくない爆発を起こしてました」
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
明かされた真実に、ガクウはティルナディアカリバーの手を掴み感謝する。
感謝されている方も悪い気はしないようで、彼女も鼻を高くしていた。
「良いんですよ。私は貴方の姉なのですから」
「それはちょっと容認できない」
姉として拒絶され、ショックな表情を浮かべるティルナディアカリバー。
かと思えば、壊れたように聞かれてもいないことを語りだす。
「それとまあ、ベルゼフォンが『こいつ助けなかったら大陸爆破するからな』って私を睨んできたのもありまして……。あの竜、本当自分に入れ込んだ人間に甘いというか……! あれさえなければ! 私は今頃ジャグーダさんを勇者に出来たのに!! 貴方の立ち回りがもうちょとうまくて倒れることが無ければ、ジャグーダさんは寝取られた男の顔をする羽目になったんです! あ、でもあの表情も好き……愛してる」
「……なんか、その……色々とごめんなさい」
増悪が入り混じった感情に耐え切れず、ガクウは自分が悪くも無いのに謝罪してしまう。
だが、その言葉を聞くと、ティルナディアカリバーは表情をケロッと変えた。
「八つ当たりしたらすっきりしたので許します。『死んでた方がよかった』だなんて、私も酷い事言ってますしね」
変なところで律儀な彼女に、困惑するガクウ。
もっとも、ティルナディアカリバーと話してからは驚愕が止まらないのだが。
「……というわけで、私はそれを伝える為に、貴方の夢と私の意識を直結させていただきました。貴方が竜のオドに慣れるまで、私が出力を調整しますのでご安心を。力を調整するとか、私の得意分野なので」
「ありがとう聖剣さん!」
全力で頭を下げて感謝するガクウに、ティルナディアカリバーはニッコリと微笑みを返す。
「お兄さんのお嫁さんですからね。これからはどんと頼ってくれて構いませんよ」
「別の方向から攻めて来た……!」
どうしてもジャグーダの嫁だと認知されたい聖剣に、戸惑いを隠せない、いや、もう隠そうともしないガクウ。
「さて、私は用件を終えたので帰りますけど……」
そう言うと、ティルナディアカリバーはこの世界を見回す。
夜空にかかるオーロラに、海以外何もない砂浜。
幻想的ではあるが、どこか寂しい世界を。
「ガクウはもうちょっと人を頼った方がいいと思います。だから貴方の心は、こんなに寂しい場所を夢想するんです」
「え? ……この場所、俺が作った夢なの?」
すっかりティルナディアカリバーが対話の為に作ったモノかと思っていたガクウは、突然知らされた事実に目を丸くして驚く。
彼としては、こういった場所は自分とは程遠い物だと思っていたのだ。
「はい。私だったらもうちょっと神秘的な場所を作ってますよ」
ティルナディアカリバーがそう言って、指を振う。
そうすると、世界からガクウの身体が浮かんでいった。
それは、スッキリと目が覚める感覚とよく似ていた。
「それと、ベッドにアオイさんが潜りこんでますけど、起きた方がいいんじゃありません?」
「うそーん!?」
最後に衝撃的な事を伝えられ、戸惑いながらガクウは現実世界へと叩きだされていった。




