第16話 勝手な宣言
アオイは脱衣所で水着を手にしていた。
用意された風呂水着というのは、大きなフリルの付いたビキニだった。
この星では、このまま外に出ても裸よりは恥ずかしくないということなのだろう。
アオイとしても、許容できるタイプの水着であった。
風呂場からは先に入ったガクウが、シャワーを浴びる音が聞こえる。
その音を耳にしながら、アオイは風呂水着に着替えた。
一般女性よりも豊満なバストを持っているので、最初は水着が切れるかどうか不安だ立ったが、普通の水着よりも紐部分が伸びやすいモノになっている。
そのお蔭で、多少きつくは感じるモノの、着る分には問題は無かった。
海や川などで泳ぐ分には危ないだろうが、風呂やそのまま外に出るのには支障が無いだろう。
恐らくは水着を着たままでも、風呂に入りやすいようにという配慮でもあるのだろう、とアオイは推測した。
ふと鏡を見ると、やはりと言うべきか手足の火傷が目立つ。
割とかわいいデザインと思える水着ということもあり、アオイには余計目立っているようにも見えた。
「着替え終わった?」
扉越しでガクウが問いかけてくる。
彼女としても着替え終わったところなので、もうこれで対面しても何も問題は無かった。
「ええ」
そうアオイが返事をすると、ガクウが風呂場から出てくる。
その姿は、彼女の風呂水着と何が違うのか、アオイにはわからない程に同じ物を着ていた。
強いて違いを上げるなら、ガクウは黒色の布地で、アオイは白色の布地という点ぐらいである。
「えっ?」
思わず間抜けな声を上げるアオイ。
そうなってしまうのも仕方がない。
地球で筋肉隆々な男がフリルの付いたトップスを装着しているなど、何かの罰ゲームにしか見えない光景だった。
「どうしたの?」
そんなアオイを見て、不思議そうに尋ねて来るガクウ。
その様子から、自分が何もおかしく思っていないということが分かった。
「いえ、何故上部分の水着を男の人がしてるのかしらと思って……」
「いや、それは乳首見えちゃうでしょ!?」
アオイの言葉に、咄嗟に胸元を隠すガクウ。
この星では男でも乳首を隠すのが普通らしい、とアオイは改めてこの星の文化情報を更新した。
そうなると、ベルゼフォンに心臓を貰った後、上半身裸で町に向かったのは、相当やむを得ない状況だったのかと思い返す。
自分にできるか? そう聞かれれば、アオイの答えは絶対に無理だった。
「ごめんなさい。私の星だと、男の人は水着のトップスを付けないのよ……」
「変た……!? いや、違う星の文化だからな。俺には理解できないけど、そういう事もあるんだな……」
アオイの説明に、思わず罵倒しかけるガクウだったが、ギリギリのところで留まる。
相手の文化を侮辱する行為は、『チーター』の発言と何も変わらない。
「じゃあ、魔法翔るね。ほいっ」
ガクウが指を振うと、アオイは火傷部分に扇風機でも当てているかのような、ひんやりとした空気を感じる。
好奇心でアオイが傷跡に触れようとすると、火傷に触れる前にふわふわとした触感に阻まれた。
「それじゃあお風呂入ろうか」
そう言って、ガクウは火傷の痕が残る手を取る。
アオイは顔を赤くしながら、ガクウに先導された。
◇
天井近くに取り付けられているシャワーを浴びながら、アオイは複雑な表情を浮かべていた。
火傷跡に使う魔法の注意点などをレクチャーされながら、足の指先から頭のてっぺんまでガクウに現れてしまったのだ。
それは彼女としてもまだいい。
その為に一緒にお風呂に入っているのだから、何も文句はない。
だが、問題はその最中、ガクウが平常運転だったということである。
アオイは火傷の痕を覗き、自分の身体や顔にはそれなりに自信があった。
この星の町でも、外を歩けば地球の頃と似たような視線を向けられ、女性の美醜なども地球と大差飼わないことが分かっている。
ここまで反応が無いと、彼女としても複雑な思いをするのも仕方が無かった。
「はいっ、終わり! 後はゆっくりお風呂に入るだけだな!」
そう言って、ガクウは地球の一般家庭の物よりは一回り大きな風呂に浸かる。
「アオイちゃんもおいでよ。気持ちいよ」
アオイに右手を差し出し、ガクウはにっこりと笑う。
その笑顔は、彼女の知る優しいそれだった。
「……っ」
思わず目を逸らして、顔を真っ赤にしまうアオイ。
けれども、差し伸べられた手はしっかりと握り、二人は隣り合うようにして浸かった。
アオイはしっかりと肩まで浸かり、熱くなっている顔を見せないよう俯く。
「近くに源泉があってさ、うちのお風呂はそこから引っ張って来てるんだ!」
顔を見なくても笑顔だとわかる様な、明るい声でアオイに話しかけるガクウ。
「そうなのね……」
だが、アオイはそっけない返事を返すだけだった。
今、彼女の脳内はそれどころではないのだ。
ガクウの笑顔に強く断れず、一緒にお風呂に入ってしまったアオイであったが、湯の中でこすれ合うガクウの肌を妙に意識してしまう。
別に一緒にお風呂に入らなくてもよかったじゃない! とアオイは自分を責める。
もう自分が何をしたいのか、彼女自身わからなかった。
「アオイちゃん、火傷とかどう? お湯が入ってきたりしてない?」
心配そうに問いかけて来るガクウ。
そう言われて意識すると、火傷部分にはお湯の感覚がせず奇妙な感触だった。
そしてその言葉で、ガクウは単に自分を介護する為に来ているだけに過ぎないのだと、アオイは結論付けた。
医者が患者の身体で欲情することが無いのと同じだろう。
そう思うと、アオイもようやく冷静さを取り戻して来た。
「ええ、平気よ。問題ないわ」
彼女がガクウの顔に向かってそう言うと、ガクウは顔を真っ赤にして、咄嗟に目線を逸らした。
目を逸らす前にどこを見ていたのかを確認すると、お湯に浮かんでいる自分の胸だった。
水着を着てはいるが、咄嗟に胸を腕で隠してしまう。
「……えっち」
そう言って睨むが、彼女は内心悪い気分ではなかった。
ガクウも自分を異性として認識しているとわかったのが、アオイにとっては何故だか嬉しかったのだ。
「……ごめんなさい。お湯に浮かぶとか、その……ごめんなさい」
「これも贅肉で出来てるしね。浮いてしまうのはしょうがない事なのよ。これ、そんなに珍しかったかしら?」
しどろもどろになっているガクウが面白くて、アオイはついからかってしまう。
ガクウがか細い声でハイ、と返事を返す。
それが何だか、アオイには新鮮で仕方が無かった。
ひとしきりからかうと、アオイは冷静になってガクウの肌を触る。
竜の鱗だとは思えない程、それは人の肌をしていた。
「え、何? 今度は何!?」
突然身体を触られ、ビクリと震えるガクウ。
だが、アオイは先程とはうって変わって、真面目な様子で問いかける。
「……貴方は、どうして私にそこまでよくしてくれるの? 自分の身体を差し出してまで」
「……うーん、そうだな」
真面目に問いかけられ、真剣に考えるガクウ。
「アオイちゃんの星に、『読声』ってある?」
ガクウの問いかけに、首を横に振うアオイ。
ベルゼフォンが言っていたが、詳しくは話を聞いてはいなかった。
「要するに、人が何を言いたいか分かる不思議な力なんだ。アオイちゃんの星の言葉で話しても、俺は何を言いたいか分かる。そう言う力だ」
説明を受けて、自分にも似たような能力がいつの間にか備わっていた事に気が付く。
ベルゼフォンの言っていたことを、彼女はようやくすべて理解した。
「だから、アオイちゃんが倒れてた時も、何が言いたいのか分かったんだ」
一瞬、何のことかわからなかったが、メインエンジンが爆発して、自分が焼けてしまった時の事を言っているのだろうとすぐさま理解する。
『――――……よしっ、絶対に助けるから。安心して』
その時、アオイは確かにそんな天使の声を聞いた気がした。
そこまでは思い出せたが、自分が何を言ったのかを、彼女は覚えていない。
「私、何を言ったのかしら?」
アオイの問いかけに、ガクウは困ったような笑みを浮かべる。
「……『助けて』って言ってた。だから俺は、助けたんだ」
ガクウは、はっきりとそう言った。
そこに、何の嘘は無い。
それがわかったアオイは、ガクウの身体に抱きついた。
「……助けてくれたこと、とっても感謝はしてるわ。でも、そんな無茶はもうしないって、ちゃんと約束して」
震える声を絞り出すアオイを、ガクウはしっかりと抱きしめ返す。
「……心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だから」
ガクウはそう言って、アオイの頭を優しく撫でる。
その言葉に、アオイは頭にカチンと来た。
すぐさまガクウの肩を掴むと、正面から睨みつける。
「ちゃんと、約束、して」
アオイの鋭い目線と言葉に、ガクウは苦笑いを浮かべて目を逸らす。
そんなガクウの顔を掴み、アオイはしっかりと自分の顔と向き合わせる。
アオイに観念したかのように、ガクウは両手を上げる。
顔から手を離されると、ガクウはしっかりと話し始めた。
「……そりゃあ、今となっては俺一人の身体じゃないよ。でも、それでも助けられる人がいるなら、俺は無茶をする。それで助けられるなら、絶対に」
だからごめん、とガクウは言った。
彼は赤の他人を助ける為に、自分を犠牲にし続けると宣言したのだ。
「……そう、そこまで言うならしょうがないわね」
溜息をついてそう言うと、アオイは風呂から立ち上がる。
納得してくれたか、とガクウはホッと肩を撫で下ろした。
「それなら私は、ガクウ君が無茶をしないよう、全力で手を尽くすわ。絶対に目を離さないから」
そんなわけは無かった。
彼女はガクウが犠牲にならぬよう、徹底的にガクウのサポートをする決意を固めたのだ。
それだけ言うと、彼女お風呂場から出ようとする。
「え、それアオイちゃんが無茶するって事じゃない!? そんなこと、絶対にさせられない!」
きちんと理解したガクウは、立ち上がってアオイの肩を掴んで止める。
自分が無茶をするのはいいが、他人にまで苦労を背負わせる気などガクウには無い。
だが、アオイはガクウの唇に指を当てて、その口を閉ざさせた。
「私はね、貴方と一緒にいたいのよ。その為に、努力は惜しまないわ」
不敵な笑みでそう宣言すると、アオイは今度こそ風呂場から出て行った。
それを、ガクウは茫然と見送る。
「……参った。色々と勝てないぞ」
ガクウは呟くと風呂場に顔まで沈む。
だが、このお湯はアオイが先程まで入っていた事に気が付くと、慌てて真っ赤になった顔を上げる。
その前にジャグーダが入っていたことなど、彼の頭からはすっかり抜け落ちていた。
アオイは脱衣所の方で、何か凄い事を言ってしまったのでは!? と頭を抱えていることなど、ガクウは知る由もない。
――――勝手な誓いを無かった事にしようなど、両者ともに微塵も考えていなかったことを、ここに明記しておく。




