第10話 竜が眠り勇者目覚める
「とりあえず終わったよー!」
そう言って、ガクウは闇の魔法で覆い隠したアオイを引っ張り出す。
その瞳は今にも涙が零れ落ちそうになっていた。
「もう大丈夫! ほら、倒したから! 余裕余裕! もう『チーター』はいないからね!」
余程怖かったのだろうとガクウは察し、一生懸命に平気だというアピールを身振り手振りでアピールしながら説明する。
「……そう。よかった」
それだけ言うと、アオイは手袋を使って自分の涙を拭う。
ガクウが官憲達の方を見ると、千切れた『チーター』の手足をどう処分するか思案していた。
燃やして炭化させてしまえという案もあったが、爆発する可能性もある。
かと言ってこのまま放置するのも気味が悪い。
一体どうしたものかと頭を悩ませていた。
「処分に困ってるなら、俺がもう一度吹き飛ばすっていうのも――――」
ガクウがそう名乗り出ようとした時、千切れた手足からカチッ、と何かが起動する音がした。
官憲達は爆発などが怒ることも想定し、すぐさま自分の目の前に防御用の盾を魔法で作り上げる。
しかし、それはあくまで目の前。隙間は出て来る。
そしちぇその隙間の中の一つには、ガクウとアオイがいる部分にもあった。
それに気が付いているのは、ガクウとアオイだけ。
「《侵略不可避の輝きよ》――――ッ!?」
ガクウも慌てて防御をしようとするが、ガクウの中にあるオドが魔法を使えない程までに尽きてしまっており不発してしまう。
剣を手に取り切り落とす構えを取ろうとするが、今までの疲労が祟ったのか剣を落としてしまった。
焦るガクウは、思わずアオイの方を振り向く。
そこには、顔を青くし腰を抜かしているアオイの姿があった。
「――――よし……っ!」
それを見たガクウは、迷わずアオイを守るように抱きしめる。
その瞬間、千切れた手足から轟音が鳴り響く。
大きな爆風に乗るかの様に、置き土産であろう鋭利な刃物が四方八方に飛び散った。
官憲達は防御をしたので何も問題は無い。
だが、ガクウの背中には、その鋭利な刃物がいくつも刺さってしまう。
全ての刃物を背中で受けきると、ガクウはその場に倒れ込んだ。
「……え?」
ガクウの中で守られたアオイは、一瞬の出来事で何が起きたのかを把握できず、ただ狼狽えることしかできなかった。
「ガクウ殿!」
官憲達が急いで二人に駆けつけた。
茫然とするアオイをガクウから引き離し、背中の傷を見ようとローブを切り裂く。
「な、なんだこれは……!?」
そこにあったのは、彼らの想定を上回るものだった。
鋭利な刃物が刺さっているだけではない。
ガクウの身体は、真っ黒に焦げていた。
もはやそれは火傷と表現するよりも、炭と言った方がふさわしい。
「なんだこの火傷は!? 爆発の影響か!?」
「他に異常はないか確認しろ!」
官憲達はガクウの身体を調べていく。
そうして分かったのは、黒焦げになっている部分は、顔と手首から先以外の全てと言う事。
そして、鋭利な刃物は心臓にまで達している可能性があると言う事だった。
「サーチの結果、炭化している部分は約三日程前の物だそうです」
「バカを言え! こんな状態で、三日も生きていられるわけがない! 大体それなら、あんなふうに戦えるわけがないだろ!」
「何でもいい! ガクウ殿を死なせるな!」
官憲達が慌ただしくしている中、アオイには会話の中に引っかかるものがあった。
三日前、火傷。
この二つの言葉が、アオイの頭の中に響き渡る。
そうアオイは三日前に、宇宙船が爆発する中助けられた。
そんな状態で、残った怪我は手足の火傷程度なのは、普通に考えればおかしくはないか?
ありえないことだらけで混乱していた頭に、事実が付きつけられる。
そして、最悪の推測が頭の中に浮かび上がる。
アオイの知る科学技術であれば、そのようなことは不可能だ。無謀と言ってもいい。
だが、彼らの使う魔法ならどうだろうか?
彼は、もしや――――
『ガクウはお前の火傷した部分と、自分の正常な部分。それらを入れ替えたのだ』
まるで自分の考えを述べた声がアオイの耳に入って来る。
声の方向を振り向けば、馬ほどの大きさになったベルゼフォンがそこにいた。
「そんな、なんで。どうして」
地球での記憶が戻った今のアオイは、訳が分からなかった。
自分とガクウは、きっとその時初めてであったはずだ。
なのに、どうしてこんな自分にそこまでの献身を出来るのか?
どれだけ頭を巡らせても、アオイの中に答えは出てこなかった。
『ガクウは昔はヤンチャだったが、根が良い子であるのは今も昔も変わらない。この男は、困っている誰かを見捨てることができない。それをするぐらいなら、死んでもいいと思っている』
官憲達が必死に治療しているガクウを見て、ベルゼフォンはそっと瞼を閉じた。
その裏に焼き付いた景色を、今も見返しているかのように。
『吾輩も、死にかけたことがあった。思わぬ強敵にかち合ってな。傷を自分で癒せぬ程に弱ってしまった。
そこに十にも満たないガクウが現れたのだ。アイツは森を迷子になっていてな……一番泣きたかったのは子供であるガクウのはずなのに、痛みで嘆き苦しんでいる吾輩を、泣き言も言わずに三日三晩吾輩を手当てしてくれたのだ。
あれは、そう。暖かかった……暖かかったのだ』
ベルゼフォンの言葉に、アオイは思わず頷いた。
ガクウと言う男は、陽だまりの様な青年だ。
傍にいてくれるだけで胸が温まる、不思議な魅力があるのを彼女も知っている。
『それをお前にもした。それだけのことなのだよ。ガクウにとってはな』
誰の心にでも、平等に日差しを指す男だったのだろう。
だがそれは完全に行き過ぎているとしか、アオイには言えなかった。
その所為で、ガクウに負わなくていい物を負ってしまったのだから。
『恐らくアオイが吾輩の言葉が分かるのは、ガクウが分け与えたモノの中に、『読声』の記憶があったのだろう。そのせいだ』
ベルゼフォンの説明に、アオイには心当たりがあった。
臓器を移植された人間は、元の臓器の持ち主の記憶を持つという物だ。
体組織に記憶が刻まれているという説もあったが、いわゆるオカルトの類だった。
しかし、この世界には魔法が存在する。
言葉が分かる力が継承されることがあっても、何もおかしくは無かった。
アオイが事実に愕然としている中、ベルゼフォンは紙に文字を描き、ガクウから離れるよう官憲達に指示を出した。
官憲達は守護神には何かお考えがあるのだろうと、その言葉に素直に従い離れていく。
それを見届けると、ベルゼフォンは聖剣の眠る山頂を眺めた。
『まあ……ガクウであれば大丈夫だろう。その資格はある』
ベルゼフォンは鋭利な爪で自分の鱗を引き裂き、血を滴らせる。
そして、ガクウが三日前に描いた魔法陣と全く同じものをそのまま描いた。
「守護神ベルゼフォン様、これは一体何を……?」
どんな魔法陣か知らない官憲達が、遠くから問いかける。
だが、ベルゼフォンが答えることは無い。
「……べるぜ、フォン。やめて……ッ! 死なない、で。死なないで、くれ……!」
ガクウは最期の力を使って、友の命の為に懇願した。
涙を流しながら、何とか魔法陣を掻き消そうと動こうとさえする。
『ああ、でもお前は助かる』
だがそれよりも早く、ベルゼフォンが詠唱を唱え始めてしまった。
『我が肉体を君に捧げる――――』
◇
この日、守護神と祀られた竜が眠りについた。
しかし、悲しむことは無い。
新たなる勇者が、目覚めたのだから――――。




