第三十八話 ランキング戦開幕
あれから、特に何かあるわけでもなく一月が経とうとしていた。ランキング戦まであと一週間。
迫り来るランキング戦を前に氷霞は違和感を覚えていた。
「ねえ、綴」
休み時間、あぶれたのかそれとも好きでひとりなのか知らないが、黙々と昼食をとっている綴に話しかける。
「うん?なに?」
ホワッとした雰囲気を醸し出しながら氷霞を見る綴の目に、内心うっと唸ってしまう。
か、可愛すぎる…!
この可愛さのせいで入学初日は興奮し鼻血を出してしまい、一緒にご飯を食べることが出来なかった。今も、「ん?」と言って小首を傾げている姿を見ると鼻血が出そうだ。
小動物のように庇護欲を感じさせる綴は男女問わずに人気が高い。本人の知るところでは無いだろうが、ファンクラブまで存在している。因みに作ったのは氷霞だ。
因みに、姉妹揃ってファンクラブがある。あっ、姉妹じゃないや、姉弟だ。まあ、それは置いておくとしてだ。
「最近、街に出現する妖魔の数がめっきり減っているのは気付いていたかしら?」
「うん、母さんが言ってたから知ってたよ」
「それなら、話が早いわ。…少し、胸騒ぎがするのよ」
「胸騒ぎ?」
「ええ、ただ単に妖魔の数が減っている可能性もあるけど、なんだか嫌な予感がしてね。杞憂だと良いのだけど…」
「そうなんだ…分かった。こっちも注意しとくよ。元親達にもそれとなく話しておく」
「ええ、お願いね」
話が一段落着くと、氷霞は綴と一緒にお昼ご飯を食べた。周りの目を気にしながらもあーんをするときちんと食べてくれる綴は、やっぱり可愛かった。
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氷霞の警告を聞いてから、怒涛の一週間が過ぎていった。
戦闘実習の内容は、ランキング戦が近づくに連れてよりハードな物になっていった。詳しい話は割愛させてもらおう。
ランキング戦は、予選と本戦に分かれている。
予選は学年別で出場選手全員によるバトルロイヤル形式で行われる。会場は学校が所持をしている森で行われる。かなり広いので乱戦になることは無いだろう。
審判に戦闘不能と判断されるか、気絶をするかで脱落になる。勝ち残った上位十五名が本線に出場する資格を得る。
本戦は勝ち残った十五人によるトーナメント戦だ。これまた、気絶をするか、審判に戦闘不能と判断されたら負けらしい。
トーナメント戦で上位五名までを決め残りは成績順らしい。
頭の中でルールを再確認していると不意に声をかけられた。
「やあ、久し振りだね。柊さん」
「どうも、お久しぶりです会長」
声の方を向くとそこには咲人が立っていた。今日も相変わらずのイケメンぶりである。
「君もランキング戦に出るのだろう?」
「ええ、そうですけど。何で僕が出ることを?」
「出場申請の書類を整理するのも生徒会の仕事でね。君の名前もその時に」
「そうだなんですか」
生徒会は雑務が多そうだとは思っていたが、書類の整理までするとは思っていなかった。
意外そうにしていたのが顔に出ていたのか、咲人は苦笑して説明をした。
「生徒会はね、自分で言うのもなんだが優秀な人材が集まるんだ。そう言う人達は皆例に漏れず退魔軍などでは重要な役職に着くことが多い。戦うこともあれば事務仕事も勿論ある。書類整理とかはそのための予行練習みたいなものかな」
「お忙しいんですね生徒会って」
「まあ、俺はそう言うのが苦手でね。どうも、副会長頼みになってしまうんだがね」
あ、なんかこの人知り合いに似てる気がする。誰に似てるかと言われると思い出せないが、なんだが似てる気がする。
「おっと、そろそろ開会式だな。それじゃあ、行こうか柊さん」
「あ、はい」
歩き出す咲人に着いていく綴。
咲人は隣を歩く綴に柔和な笑みを浮かべると言った。
「そうだ、くれぐれも気をつけてくれたまえよ」
「なにがです?」
「怪我をしないようにだ。君も女の子なんだから、体には気を使わなくては」
何言ってんだこの人は?
「あの、会長」
「ん?なんだい?」
「僕、男です」
綴がそう言うと咲人は固まる。数秒間見つめ合うと笑顔を浮かべた顔から「しまった~~!」という顔に変わった。なんだか見ていて面白い。
「そ、そうだったね。そうだったそうだった。うん、すまない」
「あ、いえ、分かってくれればそれで」
咲人は冷や汗をだらだら流しながら焦っていた。
実のところ、咲人は初対面では綴が男だと言ったことを信じてはいなかった。少々特別な事情があり男だと言っているのではないかと考えていた。まあ、簡単に言えば体は女、心は男と考えていたのだ。
だが、先日に転校生、つまり綴達の書類整理をしていると綴の性別欄に男と記載されているのを見つけた。
咲人は自分の目を疑い何度も見直したが、そこには男としっかりと書いてあった。慌てて校長室まで行って確認をしたところ間違いなく男だと分かった。
まあ、男だと分かったことはさして問題ない。問題なのは咲人が綴と会った後にした行動だ。
何をしたのかは、つまりこういう事だ。
綴と会った後、咲人は知り合いに片っ端から言っていった。「柊綴と言う転校生が来たんだが、訳ありらしく女の子なのに自分の事を男の子だと言っている。何かあったときには世話を焼いてくれると助かる」と。
面倒見の良い咲人は先走ってそんなことをしてしまったのだ。だが、それが自分の誤解だと分かった今は綴にとってとんでもない事をしてしまっただけだ。
自分のまいた種なので何とか訂正しようと急いで生徒会室に戻り、生徒会メンバーから誤解を解こうとしたが、戻った咲人に待っていたのは書類と雑務の山だった。
そんなこんなで、書類整理や雑務仕事をこなしている内に時間が無くなり訂正する時間もなく今日を迎えた、と言うわけだった。
とどのつまり、綴に言われるまで忘れていたのである。
綴はそんな事情などつゆ知らず、黙って咲人に着いて歩く。
開会式は校庭で行われる。校庭で開会式を行った後会場である学校に程近い森で行われるのだ。なお、参加をしない生徒は教室にあるモニターから観戦する。本戦は闘技場で行われるのでその時は観客席で観戦するのだとか。
綴は、考えている内にふと思い出したことを聞いてみた。
「会長。本戦には各所の偉い人が来ると聞いたんですけど、どんな人達が来るんですか?」
「え?ああ、おえろいさん方ね…」
「会長、それはただの変態です」
「あ、ああ、すまない。疲れてるのかな?は、ははっ」
乾いた笑みを浮かべる咲人に気遣うように綴は言う。
「大丈夫ですか?無理しないで下さいね?」
「あ、ああ、大丈夫だとむ」
言葉を噛んだ咲人を見て綴は若干不安になる。
咲人は必死に考えていた。
どうやって皆の誤解を解くか。一旦綴から離れられれば簡単なのだか、一緒に校庭に向かっているので途中で分かれることも出来ない。それは、余りにも不自然だ。
どうしよう。
良い案の出ないまま咲人と綴は校庭に着いてしまった。
もう、なるようになれ…。
諦めて投げやりになる咲人だった。
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校庭に着くと自然と咲人に視線が集まる。
それも、そうであろう。咲人はイケメンで生徒会長、しかも学年一位。そんな咲人が注目を浴びないわけがない。
咲人が注目を浴びれば自然と隣を歩く綴にも視線が行く。
隣を歩くのは咲人の何なのか?どういう関係なのか?何故隣にいるのか?色々な憶測が混じった視線に綴は辟易を隠せない。
「あ、咲人。遅かったね」
咲人に声がかけられる。声の方を向くとそこには小柄な少年が立っていた。
「ああ、佐伯か」
佐伯と呼ばれた少年は二人に近付いくと言った。
「珍しいね、咲人が遅いなんて。なにか…おや?そちらの方は?」
漸く綴に気づいた佐伯は咲人に説明を求めるが、咲人が説明をするよりも早く綴が自己紹介をする。
「僕は、先月転入してきた一年の柊綴と言います。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする綴を見て佐伯はくすりと笑う。
「そんなに畏まらないでよ。堅苦しいのは嫌いなんだ。っと、自己紹介がまだだったね。僕は佐伯和真だ。学年は三年、咲人と一緒だ。よろしく頼むよ」
挨拶もそこそこに三人で歩き始める。
「佐伯先輩も生徒会のメンバーなんですか?」
「ああ、僕は書記をやってる。咲人にどうしてもと頼まれてしまってね」
「佐伯はあらゆる面で優秀だからな。生徒会には佐伯のような人材は必要不可欠だ」
「ふふっ、そう言って貰えると嬉しいよ。っと、そろそろ開会式始まるね。それじゃあ柊さんまたね。あ、一年はあっちだよ」
「はい、それではまた」
そう言って綴は一年が集まるところへ小走りで行く。
集まり整列して暫くすると開会式が始まった。
開式の宣言の後、校長先生が壇上に上がる。
校長先生って女性だったのか…。
ここに来て綴は校長先生が女性だったことを初めて知った。何故かというと、校長先生には転入してから一度も会ったことがなかったからだ。
校長先生は意外と若く二十代後半のようだ。
『怪我をしないように頑張り、精一杯を尽くすことを忘れるな。以上だ』
それだけ言うと壇上から降りてしまう校長先生。
綴は呆気にとられていたが入学式やその他のイベントを経験している者達は平然としていた。
綴が呆気にとられているうちに式は進んでいく。
『それでは、これより。ランキング戦を開始する!各々準備に付くように!』
何はともあれ、こうして綴の初のランキング戦が開幕された。




