第三十五話 聖氷剣アルマス
苛立つ自分を抑えて綴のいる病院へと向かった。綴には自分が苛立っているのを悟られないように気をつけて接触した。
綴に会ったのは綴を自分と姉の庇護化に置くためだ。多少強引にでも連れて行こうかと思ったのだが、少し話すと綴の方から強くして欲しいと言われた。正直驚いたが綴と一緒にいられる時間が増えると思うと嬉しかった。
だが、翌日には氷霞の方から皆と歩む道を与えたのだが、自分も同じ学校に通うことになったんだし結果オーライだと思う。これは、完全に氷霞の独断だったのだが瑞樹は笑顔で許してくれた。
いろんなことが決まり準備を始めている頃、氷霞は、また離島を訪れていた。今日こそはコアを抜いて貰うためだ。
前回と同じように山を登り小屋の前に付く。ドアは真子が投げた鉈により丁度氷霞の頭がある所が大破していたはずだが今は見る影もなく修復されている。
その事を不思議に思いながらもドアをノックする。
「真子さん、氷霞です」
中から反応はない。もう一度ノックをしようかと手を挙げかけたところでドアがそっと開かれる。
「ああ、よく来たね氷霞。まあ、上がりな」
寝起きなのかぼーっとした顔をしていて寝癖もあっちこっちにはねている。つなぎとシャツで、つなぎがはだけ片方だけ腕がでているスタイルは変わらなかった。ただ、今日は左腕が出ていた。
部屋に入りソファーに座る。キッチンに引っ込んだ真子がマグカップを二つ持ってくる。
「はいよ」
「ありがとうございます」
カップの中身を一口飲む。どうやら紅茶らしい。
「そう言えば、ドアがきちんと直ってますけど、姉様が直しに来たんですか?」
「いんやぁ、あたしだよ。そもそもこの小屋を造ったのもあたしだしね~」
「えっ!?」
造った?自分で?
驚いている氷霞を見て真子は言った。
「驚くのは無理もないよ。どれ、ちょっと見せておくかね」
そう言うと真子はおもむろにつなぎを脱ぎ始める。
「なにを!?」
氷霞は慌てて止めようと手を伸ばしたが一瞬遅く服は地面に落ちた。
そして、氷霞は見た。真子のお尻の辺りから木の枝が伸びていることに。その枝は時折ゆらゆらと揺れてまるで尻尾みたいだった。
目を見開いて固まっていると真子の方から説明した。
「これはね、あたしがまだまだガキの頃…そうさね、九十年位前かね~」
「九十年…」
真子は瑞樹と旧知の仲だと聞いていたがまさかそこまで昔とは思っていなかった。
「あたしは昔体が弱くてね、直ぐに寝込んだりしてたんだよ。そんな体なのに生まれながらにコアが二つもあった。まあ、その後は想像できると思うがね、私の体は生成される魔力に耐えられなかった。母がいる頃は《魔力吸収》で付加を与える余分な魔力を毎日定期的に吸い取って貰ってたんだよ。まあ、苦労はあったけどそれなりに幸せだったよ…うん」
真子は紅茶でのどを湿らせると続きを話した。
「だが、それもそう長くは続かなかった…。母があたしの目の前で退魔師に殺された。母はあたしの育ての親でね…妖魔じゃなかったんだ…人間だったんだよ…」
「それって、退魔師はただ人殺しをしただけじゃないですか!」
「あたしと住んでるのがバレたんだよ。元々人の少ない集落で暮らしてたんだがね、ある日たまたま集落によった退魔師があたしの魔力を嗅ぎつけてやってきたってわけさ。母は死ぬ最後まであたしの事を逃がそうと必死だった。殺される直前に安心させるようにあたしに笑いかけてきたよ。あの笑顔が九十年たっても忘れられない…他の記憶は色褪せていくのに不思議な話だ…」
悲しそうな顔をする氷霞に真子は微笑む。
「悲しそうな顔をするんじゃないよ。あたしは仇は取れたんだからもう割り切ってるよ。母を殺された直後に魔力が制御できなくなってね、暴走した結果退魔師諸共集落を全部吹っ飛ばしちまったのさ。母の死体を埋葬できなかったことと集落の皆を巻き込んだことは悔やんでも悔やみきれないけどね…。その後、暴走が治まるとふらふらと行く宛もなく歩いたよ。暴走してからはコアから流れる魔力の量も増えてね、直ぐにばてっちまった。魔力を放出すれば良いだけの話だったんだがあの頃のあたしは周りに人がいるかもしれない、また暴走して巻き込む訳にも行かないと思ってね。よくよく考えればあの辺に集落は一つで人間は全部あたしが吹き飛ばしたんだからそんな心配する事もなかったのにね」
そう言って可笑しそうに笑う真子。
その表情は何かを堪えているように見えた。あんなことを言ってもまだ割り切ることが出来ないのだろう事はその表情で丸分かりだった。
「とうとうあたしの体は膨大な魔力に耐えきれずにぶっ倒れちまった。ああ、ここで野垂れ死ぬんだろうなと思ったよ。まあ、母と同じ所に行けるんだから悪くはないかなとは思ったよ。でも、それは先に引き延ばされちまったがね」
そう言って可笑しそうに笑う真子。その笑顔は先程みたいに何かを堪えてるという顔ではなかった。
「ぶっ倒れて事切れる寸前のあたしの目の前に瑞樹が現れた。あいつはあたしにこいつを植え付けて治療してくれた」
そう言って尻尾みたいな枝をブンブンと振り回す。
「こいつはね寄生した者の魔力を奪って生きるんだ。ここまで言えば分かるだろう?」
「増え続ける魔力をそれが吸収して体内の魔力量を調節したって事ですね?」
「そう言うこったね。まあ、それからは瑞樹とともに行動するようになった。あいつに恩を返したいってのもあったが、純粋にあいつといるのは心地よかった」
真子は昔を懐かしむように眼を細める。
「もう、この枝は必要ないんだがね。あいつへの恩を忘れないようにずっと付けてるのさ。それで瑞樹の魔力を持ったこいつをずっと付けてる内に瑞樹の魔力に適合して簡単な植物魔法なら使えるようになったってわけさ」
「そうだったんですか…」
「悪いね。こんなしみったれた身の上話なんて聞かせちまってね」
「いえ、姉様の昔の話が聞けて嬉しかったです。…それよりも…」
「ん?なんだい?」
氷霞は真子から目をそらす。
「そろそろ服を着てください…」
「ああ、すまんすまん」
真子は話している間ずっとシャツとパンツだけだった。幾度となく指摘しようかと思ったのだが予想以上にシリアスな話に釘を差すわけにもいかず、さりとてずっと見てるのも悪い。そのため話が終わった後に指摘したのだ。
真子は苦笑いしながらつなぎを着る。どうやら、自分が先程の格好で真面目な話をしていたのが少し恥ずかしくなったみたいだ。
「まあ、そんなことはいいさ。それじゃあ、そろそろコアを摘出しようかね」
「はい」
立ち上がる真子について行く。場所は以前入った工房だ。
「始めるけど準備は良いかい?」
完全に仕事モードの顔になった真子にそう問われる。
「はい、お願いします」
そう言って上だけ服を脱ぐ氷霞。全部脱ぎ終えると真子は言った。
「そこの寝台にに寝っ転がってくれ。後、悪いが叫び声が外に漏れないように口を閉じといてくれ」
そう言われ、氷霞は口を氷でふさぐと準備ができたと頷く。真子はそれに頷き返すと氷霞の四肢を枷と鎖でつないで固定する。準備が終わると氷霞の胸に手を置いた。
「始めるよ」
真子の宣言と同時に真子の手が氷霞の皮膚を裂き肉を絶って体内に進入する。それだけでも激しい激痛を伴うのだが本番はこれからだ。
真子の手が氷霞のコアに触れる。そしてそのコアの周りの肉を削いでいく。
「ーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
魔力回路を絶たれる激痛に氷霞は目に涙を溜めながら叫ぶ。口を塞いだ氷に阻まれ声にはならなかった。
体が暴れ出すが枷と鎖で固定されびくともしない。せいぜい寝台が揺れる程度だ。
氷霞が暴れても壊れない枷と鎖は恐らく真子のお手製の物だろう。
そんなどうでも良い思考をする。そうしないと痛みで気が狂いそうだった。
魔力回路を絶たれる痛みに耐えること数分、ようやく一個目のコアが摘出された。
一個目の摘出だけで氷霞はもう満身創痍だったが、真子は間髪入れずに次にかかる。
また別の所の皮膚が裂かれ肉を絶たれる。そして魔力回路を絶たれる。
「ーーーーーんああああああぁあぁぁぁぁ!!!!」
氷が砕け叫び声が漏れてしまう。
「もうちょっとだ、頑張りな!!」
真子は氷霞を鼓舞すると少しスピードを上げる。スピードは上げるが正確さは忘れない。
そして、一回目よりも早くコアは摘出された。
「よしっ、終わったよ!」
真子の終了を知らせる声に、氷霞は息も絶え絶えに言う。
「そう…ですか………よかった…です……」
「あんたは少しそこで休んでな。あたしは最後の仕上げにかかるから」
氷霞に治癒魔法をかけると真子は奥から魔剣を取り出してきてその魔剣の柄に空いた二つの穴に血を拭き取ったコアをそれぞれ嵌める。そして、少し魔力を通す。
滞りなく魔力が循環するのを確認すると真子は満足げに頷いた。だが、その顔は驚愕のものに変わる。
今まで黒みがかった銀色だったのが徐々に新雪のような真っ白な色に変わっていったのだ。
だが、真子はすぐさま理解する。これは、コアに剣が適合したのだと。外見の色と剣の性質まで変わると言うことは今までで二度目だったため驚いてしまうのも無理はなかった。ちなみに前回は五十年位前に瑞樹に魔剣を造ったときだ。
瑞樹前例から考えてこの剣は相当な一品になったのは間違いなかった。
真子は氷霞に剣を見せると言った。
「できたよ。色と性質は変わっちまったがこれは相当な一品だ。瑞樹の魔剣と同等がそれ以上だ。いやあ、我ながらいい仕事したよ」
「…すごい…とても、綺麗…」
氷霞は手を伸ばすと白い魔剣にそっと触れる。その表面は冷たく冷気が漂っていた。アリスブルーのコアがキラリと綺麗に光を反射させて光っていた。
「それで、どうするんだい?」
「え?」
「え?じゃなくて、名前だよ名前。この剣の名前さ。あたしは剣を使う奴に名前を付けさせるんだよ。剣とより長く付き合うのは鍛冶屋じゃない、剣士だ。だから、その剣士に名前を付けさせるんだ。…それで、名前はどうするんだい?」
「それなら…もう決まったわ…」
「へえ、どんなだい?」
刀身に指を這わせながら氷霞は答える。
「聖氷剣…アルマス…」
それを聞いた真子は面食らったような顔をした。
「魔剣なのに聖剣?それは皮肉が効いてるね」
「いいえ、聖剣です…この剣は私が信じる人に使わせるんですから。彼は…魔の私とは違う…だから、聖剣…」
そう言うと氷霞は力尽きたのかパタリとその手を落とし目を瞑る。どうやら眠ってしまったらしい。
真子は氷霞の体を拭き服を着せるとソファーまで運び毛布を掛ける。
「おやすみ」
そう言うと自身も寝室に入り眠りにつく。疲れたためかその日は早く眠りにつけた。
翌日、真子に礼を言って剣を受け取った。
「ありがとう御座いました。今度は普通に遊びに来ます」
「ああ、待ってるよ。いつでもきな」
氷霞は真子に見送られ下山する。その足取りは早く何かを急いでるようだ。
実際、氷霞は急いでいた。一刻も早くこの剣を安全な場所に保管するために。
氷霞が急ぐ理由はいくつかあった。
一つは魔剣を他者に奪われないようにだ。魔剣はとても貴重である。造り方からして難易度が高いためだ。しかも、魔剣を鍛えることのできる鍛冶師が少ない。そのため魔剣の本数は確認されているだけでも十本しかない。魔槍や魔斧の類を合わせれば数はそれなりにあるのだがそれでも数は少ない。そのため魔剣だと分かれば狙われる。
二つ目は、今の氷霞の状態だ。今の氷霞はコアを二つ失い本来の力を発揮することができない。ランクもあってせいぜいAA級だろう。しかも弱体化した氷霞の今今の体調は良好とは言い難く疲労の色が見える。そのため、今の氷霞より強い妖魔に魔剣を狙われたら太刀打ちができないのだ。
その他にも懸念材料がある。そのため氷霞は急いでいた。
真子の小屋に置いておき力を取り戻したら取りに行くというのも考えたのだが、氷霞は真子にこれ以上自分たちの勝手な理由で巻き込みたくはなかった。
真子は確かに強い。コアも複数所持していて実力は六武神クラス。だが、真子は争いごとが嫌いだ。力があるのに離島の山奥でひっそりと暮らしているのは争いごとが嫌いだからだ。そんな真子を氷霞は巻き込みたくはなかった。
「《空中飛行》」
山の麓に降り走って波止場まで向かうと飛行魔法をかける。前回同様綴とのパスを辿って飛ぶ。
結果として言うと、特に何事も起こることなく、無事に保管することができた。
保管作業が終わると氷霞は疲れが抜けきらない体で無理をしたため直ぐに気絶するように眠りについた。
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マクスウェルの事から魔剣と真子のところまで思い出す。
真子には色々と世話になったので今度お菓子でも持って会いに行こうと考える。
氷霞は持って行くお菓子は何が良いかなと考えながら近くなった家へと歩を進める。
思考は別の方に向いているが、先程マクスウェルにあってから妙な胸騒ぎを覚えていた。
「何事もなければいいけど…」
そう思うも不安は拭えない。
氷霞は拭えぬ不安を抱えたまま帰路を歩く。歩く道は静かでより氷霞の不安を増長させた。
ここで二章終了です。
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