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新米退魔師と氷結の姫  作者: 槻白倫
第二章 転校編
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第三十二話 料理

「ーーーーり…」


 誰かに声をかけられる。その声で綴は眠りの海から意識を少しだけ浮上させる。


「ーーづり…」


 今度は声と共に身体を揺すぶられる。起こそうと揺すっているのだと思うがその揺すりは寝るのに心地いいくらいの揺すり方だった。


 この優しい揺すり方は恐らく姉さんだ。姉さんは僕を起こすときはこんな風に身体を優しく揺すってくれる。こちらとしては更に深い眠りについてしまうのだが姉さんはそれを知らずに毎回揺すってくる。


 起きたときに「もう、寝坊助さんなんだから…」と優しく微笑んでくれる。起きられないのはその笑顔を見たいからというのもある。


「綴…」


 そんなことを考えていると意識が段々と覚醒していくのが分かる。そろそろ起きて姉さんの笑顔を見るのもいいかもしれない。


 瞑っていた目をゆっくりと開き自身を揺すっていた人物を捜す。寝起きで薄ぼんやりとした視界の中でその人物を見つける。肩に触れている手に自身の手を重ねる。


「…姉さん…?」


 その問いには困ったように笑うと言った。


「悪いけど、霞さんじゃないよ。夏彦だ」


「がっかりだよ畜生…!」


 相手を認識すると起き上がる。手に手を重ねたりして何やってるんだろうと思う。


「…なんで夏彦いるの?」


「何でって、綴の方から誘ったんだろう?」


 僕の方から?


「…あ」


 寝ぼけた頭が徐々に覚醒していき眠りにつく前のことを思い出す。姉さんに料理を教えて貰うかと誘ったのだった。その事を思い出し軽く謝罪する。


「すまん、寝ぼけてた…」


「いいって。…ははっ」


 謝罪を受け入れた夏彦が不意に笑い出す。何かおかしな所でもあるのだろうか?


 夏彦は綴の頭に手を伸ばしながら言う。


「綴、寝癖ついてる」


「んあ?ありがと」


 綴の礼を聞きながら手櫛てぐしで寝癖を直す夏彦。その様子をキッチンから見ていた良子が、料理の乗った皿を運びながら言った。


「ふふっ、まるで兄妹みたいですね」


「まって四季さん。兄妹のだいの方が妹って漢字になってると思うのは気のせい?」


「さあ、どうでしょう?」


 茶目っ気のある笑顔でそう返して良子はテーブルに料理を並べていく。それに続いて氷霞も料理を運んで並べる。


「夕飯出来たから席に着いちゃって」


 そう言って緋日も料理を運んでいた。どうやら綴が寝ている間に帰っていたらしい。


「お帰り緋日」


「ただいま」


 と、そこまで言って気づく。良子は前に家に来たときに教えたのだが夏彦は緋日が綴の家に一時的にではあるが住んでいることを知らない。


 案の定夏彦は二人のやり取りに気付いていたらしく夏彦はこちらを見て訳知り顔で言った。


「神崎と同棲してるのってことは誰にも言わないよ。その理由についてもね」


「知ってたの?」


「神崎が帰ってきたら霞さんが説明してくれた。…お前、転校するまでになかなかハードな事件に巻き込まれてたんだな…」


「巻き込まれるって言うよりは渦中の人そのものだったんだけどね」


 知ってるという事は《颶風のマクスウェル》が関与していることも知っているのだろう。できればあまり巻き込みたくはなかったので知らないでいてくれていた方が綴としてはありがたかったのだが、知ってしまっては後の祭りだ。元々釘を差しておくべきだったのかもしれない。


 そんなことを考えている間も次々と料理が運び込まれていく。ちょっと多過ぎやしないだろうかと思っているとその心中を察したのか、はたまた綴の顔に出ていたのかは定かではないが、夏彦から説明が入る。


「霞さんの説明が分かりやすくて調子に乗って作りすぎてな…」


「あの量は流石に六人じゃ無理だろう…」


 大皿一杯に盛り付けられたら料理がテーブルに所狭しと並んでいる。並び切らなくなったのか簡易テーブルをクローゼットから出して並べている。そうしてやっと全ての料理がテーブルに乗り切った。


 そしてなぜかわざわざイスまでだして並べている。


「イスまで並べなくてもいいんじゃないの?」


「ああ、実はなーーー」


 ピンポーンっと夏彦のセリフがチャイムによって遮られる。誰だろうか?


「おっ、来たか」


 夏彦はそう言うと立ち上がり、姉さんに自分が行くと言って玄関に向かった。玄関からはなにやら話しているのか会話が聞こえてきた。しばらくしてリビングのドアが開かれる。夏彦の後ろにはよく見知った二人がいた。


「オッス綴!ご相伴に預かりに来たぜ!」


「おっじゃましま~っす!おお、美味しそうな匂い!」


 夏彦の後ろから出てきたのは元親と美来であった。いきなりのことに面食らっていると姉さんから説明が入った。


「作り過ぎちゃって食べきれないから二人にも手伝って貰うことにしたのよ」


「そうなんだ…」


 説明しながらもお椀にご飯をよそって人数分用意する姉さん。準備が整い皆で席に着く。


 それを確認すると姉さんが手を合わせて言う。


「それじゃあ、いただきましょうか」


「「「いただきます!」」」


 全員で声をあわせて言うと夕飯を食べ始める。四人が作った料理に舌鼓をうつ。


 すると、良子が不安そうな顔をして聞いてきた。


「柊くん、どう?美味しい?」


「うん、どれも美味しいよ。どの味付けも僕好みだし」


「それなら良かったです」


 そう言って照れ臭そうにはにかむ良子。そんな良子を見ていると思うことがある。


「器量よし、性格よし、料理もよし、これだけ出来るんだから四季さんをお嫁さんに貰う人が羨ましいよ」


「ふえっ!?」


 急に隣でガタガタっと音を立てる良子。それに驚き危うく箸とお椀を落としそうになるも何とか踏ん張る綴。


 何があったのかと良子を見ると、良子は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせながら綴を見ていた。


「ど、どうかしたの?」


「え、えっと、柊くんがその…」


 一度は説明しようとするものの更に顔を真っ赤にしてその後の言葉が出てこない良子。頭にはてなマークを浮かべながら首を傾げていると対面に座る氷霞がため息一つ吐くと言った。


「さっき綴が『器量よし、性格よし、料理もよし、これだけ出来るんだから四季さんをお嫁さんに貰う人が羨ましいよ』って言ったからよ」


「え?声に出てたの?」


「ばっちりと」

 

 そう言われ良子を見ると赤い顔でこくこくと頷いている。


「何だかごめんね、変なこと言って」


「い、いえ、大丈夫です!むしろ…」


 言っている途中で更に顔を赤くして俯いてしまう良子。良子が口を開くまで待っていると良子はこちらをチラッと伺い見てから言った。


「…何でもないです」


「…そう?」


 何でも無いと言うなら何でも無いのだろう。今までのやり取りを見ていた氷霞と緋日と霞はため息を吐いているが綴にはなぜため息を吐いているのか分からず三人に目で何かと尋ねるも何でも無いと首を振られてしまう。綴は訳が分からなかったが食事に戻った。


 ちなみに他の三人は食べるのに夢中で今までのやり取りを見ていなかった。そんな三人に負けじと綴も箸を進める。本当にどれも綴の好きな味付けだ。


 そこで綴は気づいた。霞に教えて貰ったなら味付けが霞のものと同じになるのは当たり前だ。そこから料理の味付けに工夫を加えていけば変わっていくのだろうが、今日はそんな時間はなかったのだろう。と、そんな感じにあたりをつける。


「緋日、醤油とって頂戴」


「醤油?分かったわ…はい」


「ありがとう」


 しばらくは黙々と箸を進めていたが氷霞と緋日のこのやり取りに違和感を覚えてしまう。


 綴が知る限り学校で二人が仲良くしているところを見たことがない。それに二人が喧嘩らしきものをしているところを目撃はしていないが聞いてしまっている。それを考えると二人のこの何ともない雰囲気に違和感を感じた。


 ただ、二人の仲が悪いというのは綴の勘違いで仲が良い故のすれ違いで言い合いになってしまった、と言う可能性も無くはない。


 綴としてはその方が嬉しい。自分の友人が喧嘩しっぱなしというのは良いものではない。


「どうしたの?ぼ~っとしちゃってるわよ?」


 考え事をしていたせいか箸が止まっていたので姉さんに心配されてしまう。


「何でも無いよ。戦闘実習をしたから疲れちゃったのかも」


 そう言って箸を動かす綴。考え事をしていたのだが疲れているのも嘘では無い。実際、今日の戦闘実習で強力な魔法を使ったせいか疲れてしまっている。


 オルトロス戦以来のまともな戦闘は今日が始めてであったので魔力の調節の仕方もいまいちよく分かっていない。そのため過度に魔力を使いすぎてしまってガス欠にはなりはしなかったがそれなりの魔力を消費してしまっている。身体の倦怠感はそれが原因なのだろう。


「実習って、ランキング戦に向けての?」


「そうだよ」


「それで、誰と戦ったの?」


 戦闘実習と聞いて興味津々といった表情で聞いてくる姉さん。


「私よ」


 綴が答えようとするが氷霞に先に言われてしまったので開きかけた口を閉じる。


「へ~そうなの~。それで、どっちが勝ったの?」


「もちろん私よ」


 氷霞はそう言うと普通サイズの胸を張り得意げな表情をする。が、すぐにその態度を崩した。


「まあ、完全に圧勝ってわけでも無かったのだけどね」


「そうなの?」


「うん、頑張ったんだよ僕は」


 そう言って今度は綴が得意げな表情をするも、やはり直ぐに崩す。


「といっても、すぐに破られたけどね…僕の渾身の拘束魔法…」


 渾身の拘束魔法といってもまだ魔力の繋ぎ方も甘く強度も足りない。そんな不完全な魔法だったため氷霞に容易に壊されてしまったのだ。


 まあ、六武神である氷霞を相手に善戦(氷霞は手加減をしていたが)したほうなのだろう。


「まだまだこれからよ。綴くんは退魔師になって日が浅いんだから仕方ないわ」


「そうよ綴。私は容易に勝てるほど甘くはないのよ?」


「当然、私にもまだ勝てないわよ。綴の剣の癖とか撃ち合いしてる私には分かるしね」


「分かってるよ、姉さん達にはまだ勝てない。いつかは勝ってみせるけどね?」


 三人にはそう言ったが実際それはかなり先のことになるだろう事は明白だった。綴よりも長い時間戦いの中に身を置いていた三人とは経験も技術も知識も届かない。


 緋日と霞は実際剣を交えているのでその強さは分かっている。だが分かっているのは剣のみの力だ。魔法を使えば二人とも更に強くなるのだろう。緋日のその片鱗は今日垣間見る事が出来たが真の実力はまだ見ていない。姉さんの力も見たことがない。剣だけでも適わないのに魔法を織り交ぜたら綴では手が着けられない。


 ましてや氷霞にいたっては六武神の一角にしてSSS級の妖魔だ。普通の人間の届かない領域にいる。


 そんな遙か先にいる三人に届くのはいつになるのだろうと考えてみるがそれを途中で止める。考えても先の事など分かりはしないのだから考えても仕方ない。


 考えている暇があったら日々鍛錬!!


 そうと分かれば今日はよく食べて身体を満たそう!


 そう重い綴の好きな唐揚げのある皿に箸を伸ばすが、


「……唐揚げが……無い!!」


 唐揚げはすでに完売しており皿には何も乗っていなかった。


「ううっ、僕の唐揚げ~」


 早速出鼻をくじかれた綴はしょんぼりと箸を引っ込めるのであった。    


 


 

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