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新米退魔師と氷結の姫  作者: 槻白倫
第二章 転校編
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第三十一話 再開

 校舎に向かい駆ける綴の背中を見送る。


「…」


 夏彦は軽く吐息すると歩き始める。歩きながら夏彦はさっきのことを考える。


 綴を見送るとき、綴の背中がとある人物に重なって見えたのだ。いや、少し違う。重なれば良かったのにと思い無理やりに重ねてしまったのだ。


 俺もああいう風に思えていたならな…。


 そう思うが過去は変わらない。自分の犯した罪は消えない。自分の心無い言葉が、視線が、どれだけ《あの人》を傷つけたのか、そんなことは考えなくても分かる。《あの人》の悲しい顔を見れば…。


「いっつ!」


 そこまで思い出したところで頭痛に襲われる。頭痛が止むとふと気付く。


 自分が傷つけてしまった《あの人》の顔を思い出せないのだ。自分に何があって何を言ったのか、それは鮮明に思い出せる。それ以前に忘れてはいけない記憶だ。忘れられるはずがない。

 

 だが、どうしても《あの人》の顔が思い出せない。《あの人》が男なのか女なのか、子供か大人か。その情報が全て欠落していた。


 いや、欠落とは違う。《あの人》に関する情報にだけ霧がかかっている感じだ。まるで、記憶を隠したいかのようにかかっていた。その霧はどうしても晴れることはなく霧の向こうを覗くことは叶わない。


 そしてまたあることに気づく。自分はこの記憶をあの日から忘れていない。だが、今思い返して見ると《あの人》の事が思い出せない。考え出してからそれに異常を感じた。


 と言うことは、自分は、《あの人》の事を思い出せないという事実を正常として今まで認識していたことになる。


「……っ!!」


 その事実に背筋がゾッとした。考え出すまでその事に至らなかった。だが、考え出してからはもうそれが異常と分かった。


 だが、その思考は悲痛な叫びにより中断された。


『僕が男の子だからだよおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

「!?」


 その声に驚き声の方向を見ると、そこは換気のためか少し窓が開いている女子更衣室であった。声の主は恐らく、いや、このツッコミ方は十中八九綴だろう。


 声の正体に気づき思わず笑ってしまう。元親は他の皆はどんな反応なのか気になりあたりを見渡すと、元親は盛大に笑っていた。


 笑われていることに関して多少綴を不憫に思いながらも視線を移すと、美来と緋日は苦笑してはいるもののすぐに会話に戻った。が、恐らくは叫びの理由を語っているに違いない。


 それからまた視線を移すと、良子は数秒考える素振りを見せると声の主が綴である事とその出所に気付いたのか慌てた様子で駆けていった。良子が行ったのならば問題ないと思い止めた足を進める。


 が、叫び声により中断される。


「あいつラッキースケベじゃんか!!」


 振り返ると元親は頭を抑え天に向かって叫んでいた。周りの女子には白い目を向けられ男子からは多少賛同の声をかけられていた。


 その光景にまたしても笑ってしまう夏彦。ひとしきり笑うと夏彦は今度こそ歩き始める。もうすぐ授業終了のチャイムが鳴る。ホームルームに遅れないように早く着替えなくてはいけない。そう思い歩く足を早める。


 頭の片隅にはまだ、《あの人》の事が残っている。だが、それを思い出すのは無理そうなので諦めることにした。


 多分、あの霧は記憶操作によるものだろうとあたりをつける。超高度な魔法に加え使い手の数は多くはない。相談しようにもこの国には片手で数えられるほどしかいない。


 それならば、今はこれからのことを考えよう。大切なのは過去を悔やむよりそれを次に生かすことだ。


 そう考え夏彦は未だ騒がしい校庭を後にした。


*********************


 良子に救出され教室に戻る。戻ってきた氷霞と良子に聞いた話によると氷霞は忘れ物を取りに更衣室に戻ったのだとか。良子は、校庭にいて叫び声が聞こえたため慌てて駆けつけたのだとか。


 と言うことはだ、


「僕の声校庭にまで聞こえてたのぉぉぉぉぉ~」


「ああ、バッチリな」


 机に突っ伏してそう漏らす綴に誰かが返事をする。顔を上げて見てみると、そこには着替えをすませた夏彦が立っていた。


「ばっちりってどれくらい?」


「校庭にいる全員には聞こえたな」


「あああああああ」


 それを聞いてまた突っ伏してしまう。


 ううっ、恥ずかしい…。


 と、あることに気づいて顔を上げる。


「そういえば、元親は?まだ戻ってないようだけど」


「ああ、それなら」


 そう言うと窓際まで移動する夏彦。何かあるのかと綴もついて行く。


「なにがあ……は?」


 窓の外を見るとそこには土魔法でお尻を突き出すように拘束された元親を含める数名の男子がいた。そのお尻を数名の女子が何やら黒い棒のようなものではたいている。俗に言うケツバットと言うものだろう。


 魔法で拘束されお尻を叩かれている姿は、校庭という場所もあいまってとてもシュールな光景だった。


「あいつらはお前の叫びを聞いた後ゲスな笑顔で助けに行こうと言ったためこうなった。まあ、その前に元親がラッキースケベがどうとか叫んでいたからそれが原因だとは思うけどな」


「僕の叫びの二次災害がしょうもないな…」


 改めてみてみると美来と麗奈もまざってケツバットをしている。緋日は少し離れたところで腕組みをしていた。


 美来と麗奈はケタケタと笑いながら叩いているのでおもしろ半分なのだろう。が、ほかの女子の目がマジすぎて怖い。よく見れば叩いている棒は黒く鈍色に光っていた。


「なあ…あれ、鉄じゃないよな…?」


「それは心配ないらしい。一番精製がうまい奴に任せたらしいから。曰わく、柔らかいけど確かに痛い素材らしい」


「なんだそれ…」


「よく分からん。因みに製作者は神崎」


 それを聞いて少しだけ驚く。


「緋日がそんなことをやるなんて意外だな…」


「元親が、今なら綴の裸も見れるかもな、と男子に耳打ちして活気立たせていたのを聞いたらしい」


「よし、僕も混ざってくる」


 即断即決で教室を出ようとする綴を夏彦が止める。


「止めとけよ。あいつ等の中にお前に叩かれて喜ぶ奴がいるかもしれない」


 それを聞き窓の外を見ると、確かに数名が恍惚とした表情をしていた。


「それに、そろそろ先生来る」


「…分かった、やめておく」


 ラストスパートに入ったのか美来と麗奈は交互に元親のお尻を連続して叩いていく。


 それを、見ると自分の机に戻り夏彦と談笑を始めた。


 ケツバット組が戻ってきたのは眠里先生が来て、理由を聞いた後連れ戻しに行った後であった。全員最後に眠里先生のきつい一撃を食らったらしくお尻を押さえていた。


 その姿が余りにもおかしくて皆して笑っていた。数名ツヤツヤした顔をしていたが気にしない方向でいくことにした。


 ホームルームが終了して帰る準備を始める。教科書などをリュックにしまう。因みに、この学校には指定カバンがあるそうなのだが使っても使わなくても校則には触れないらしい。


 帰り支度を終えた夏彦が綴の所まで来る。何か用だろうか?


「綴、本屋に一緒に行かないか?」


「いいけど、何かあるの?」


「今日は小説の新刊発売日なんだよ。ほら、前にモールで綴が買った本と同じ作者の」


「ああ、そっか、そう言えば今日だね」


 最近は色々と忙しくて夏彦に言われるまですっかり忘れていた。


「そうと分かれば早く行こうか!」


「ああ」


「あ、ちょっと待って」


 意気揚々と歩き始めたが不意に誰かに呼び止められる。振り向くと氷霞が立っていた。


「どうしたの?」


「私も本屋に用事があるから一緒に行こうかと思ったのよ。構わない?」


「僕は大丈夫だよ」


 と、言ってから気づく。綴自身はよくても夏彦はどうなのだろうと。夏彦は氷霞の力を見た皆の心境を事細かに説明した。皆のそんな気持ちが分かると言うことは夏彦自身もそう思っているのではないか?


「ああ、俺も大丈夫だ。行こうか」


 そんな綴の考えを夏彦はさらっと、良い意味で裏切ってくれた。その事に小さく安堵の吐息を漏らす。


「ええ、それじゃあ行きましょうか」


 歩き始める二人を追って綴も歩き始める。


 因みに元親達も誘ってみたのだが皆用事があるのと言って断っていた。唯一、良子だけは何もないとのことなので一緒に行くことになった。


 本屋は前に行った大型ショッピングモールでは無く商店街にある本屋だ。綴はいつもここを行きつけにしている。個人経営なのだがポイントカードもあり品ぞろえが豊富なのだ。


「今日は最後の一冊とかじゃないといいな」


 この間のことを言っているのだろうその言葉に綴も同調する。


「そうだな、あることを祈ろう」


 店につき店内に入る。入ってすぐに背の高い本棚が出迎えてくれる。周りを見渡しても背の高い本棚があり、本棚にはいろいろなジャンルの本が並んでいて本好きとしてはとても心が躍る。


 入り口正面の新刊コーナーまで行くとお目当ての小説があった。しかも、在庫も充分ある。やったね!


「夏彦、あったよ!」


「ああ、しかも最後の一冊でもないしな。良かったよ」


 隣で覗いている夏彦に言うと気づく。氷霞と良子がいないのだ。


「あれ?二人は?」


「他のコーナーに行ったよ」


「そうなのか。とりあえず先に買っちゃおうか」


「そうだな」


 お目当ての本を持ってレジへ向かう。顔馴染みの店員さんと二、三言葉を交わして買い物をすませる。


「よし、ミッションコンプリート!」


「任務だったのかこれ」


「おう!よし、それじゃあ二人を捜そうか」


 そう言って二人を探し始める。この店は結構店内が広いので捜すのも一苦労だ。と、思っていたのだが二人ともすぐに見つかった。


 二人は料理本のコーナーにいたのだ。何やら真剣な表情で顔を寄せ合い料理雑誌を見ている二人。


 どんなものを見ているのか少し興味が湧いたので二人の後ろから覗いてみる。どうやら、お菓子のレシピを見ているらしい。


「美味しそうだね~」


「ええ、そうね。今度作ってみようかしら?試食お願いね」


「ふえっ!?」


 氷霞は近付いていたのに気配で気づいてたようで驚くようなことはない。だが、良子の方は気付いてなかったのか驚いて変な声を上げている。


「んもう!驚かせないでください。変な声出ちゃったじゃないですか」


 むくれたように頬を膨らませて抗議してくる良子。いつも見せる表情とは違うので新鮮だなと思いつつも謝る。


「ごめん、声をかければ良かったね」


「次からはそうしてください。…それより、早かったですね。もう、お目当てのものは買えたんですか?」


「うん、買えたよ。二人は?」


「まだ思案中」


 綴の問いに答えたのは良子ではなく未だ雑誌に釘付けの氷霞だった。


「料理に興味あるの?」


「ええ、自炊してる内に興味持ち始めたのよ」


「そうなんだ。僕もそれなりに料理出来るけど…そうだ!今から家に来る?」


「家に?」


「うん、僕の姉さん料理上手だから教えて貰えば?」


 家のご飯は三食姉さんが作っている。たまに自身でも作ったりするのだが姉さんよりはうまくない。


 綴の提案に思案顔の氷霞。


「姉さんと言うと、霞?」


「うん、そうだけど……あれ、姉さんのこと知ってるの?」


「昔会ってるんだもの、あなたの家庭のことはだいたい知ってるわ」


 そう言うと氷霞は少し考える素振りを見せると言った。


「ええ、分かったわ。それじゃお邪魔しようかしら」


「了解。二人はどうする?」


「それじゃあ俺も行くかな」


「私もお邪魔しますね」


「そうと決まれば早速行こうか」


 そう決まると店を出る。ここから家まで約十分と言ったところだ。適当に話をしながらトコトコ歩く。


 約十分後、我が家に到着した。隣の氷霞が家を見つめ感慨深げに呟いた。


「昔と何にも変わらないのね…」


「家に来たことあるの?」


「ええ、何度か」


 家に入りリビングに皆を通す。リビングには姉さんがいた。緋日はまだ帰っていないのか姿は見当たらない。


「ただいま」


「お帰りなさい綴くん。後ろの子達はお友達?」


「うん、そうだよ」


「そうなの~。いらっしゃい~ゆっくりしていってね~」


 そんな挨拶をしていると姉さんの視線が氷霞に固定される。氷霞は家に来たことがあるって行ってたから顔見知りなのかもしれない。


「もしかして、氷霞ちゃん?」


「…ええ」


 なんだか氷霞の表情が暗い気がする。だが、そんな氷霞とは対照的に姉さんは明るかった。


「あら~久しぶりね~三年ぶり位かしら?元気そうで良かったわ~」


「…そうね、久しぶり。霞も元気そうで良かった」    


 今の会話の間も氷霞は少し気まずそうな顔をしていた。だが、姉さんはそれに気づいていないらしく話を続けていた。


「驚いたな…」


 夏彦は小さな声で呟いた。多分独り言を言っただけなのだろうが聞こえて来たので聞いてみることにした。


「驚いたって何が?」


「ん?ああ、綴のお姉さんがまさかあの(・・)柊先輩だったなんてってな。あんまり見たこと無かったから今まで気づかなかったけど…」


「あのってなんだあのって?」


「学年二位の実力者のあの、だ」


「そうだったんですか?霞さん凄いですね…」


 今まで聞きに徹していた良子がそう呟く。


 と、そこで話がまとまったのか姉さんが自信満々に頷きながら言う。


「料理を教えてほしいなら任せて頂戴!私これでも料理得意なのよ~」


「ええ、それは知ってるわ。昔よくご馳走になったもの」


「そう言えばそうだったわね~」


「あ、姉さん」


「なに?」


「この二人も一緒にお願いしたいんだけど…いいかな?」


「良子ちゃんと、それから…君は初対面?」


 姉さんはそう言うと可愛く小首を傾げて夏彦に問う。その問いに夏彦は背筋を少しだけ伸ばして答える。


「はじめまして、真田夏彦と言います。綴とはクラスメイトで友人です。綴の方から柊先輩に料理のご指導をしてもらえるかもしれないと伺いましたのでお邪魔させていただきました」


 若干緊張した感じで夏彦が自己紹介と訪ねた理由を言う。それに姉さんは小さくクスリと笑う。


「そんなに硬くならなくていいわよ?それじゃあ、二人ともキッチンに来てもらえる?」


「はい、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします霞さん」


 そうして四人でキッチンに入っていき料理の指導が始まった。待っている間は手持ち無沙汰なので着替えてから読書をした。


 四人の会話をBGMに読書を楽しんでいる内に綴は模擬戦の疲れもあってかソファーに身体を預けそのまま夢の世界へと落ちていった。    


  

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