第十五話 可能性
氷霞は綴達の様子を案外近くで見守っていた。いや、案外などではない。かなり近くであった。
その場所は病院の屋上であった。綴達のいる棟の屋上なので本来なら見えないはずだが、使い魔を通して視覚情報を得て綴の聴覚とリンクさせることにより見守っていた。綴には氷霞の目があるのでそれなりに近くにいれば目を通して感覚をリンクする事が可能なのだ。手紙がタイミング良く運ばれてきたのも氷霞が近くにいたからだ。
見守っている氷霞はというと、笑い転げていた。
「アハハハハハ、窓から投げたよ!アハハハハハハハハハ!やっぱりからかうと面白いわね!」
手紙の最後の文を見て窓から手紙を投げた綴にお腹を抱えて爆笑している氷霞。すると後ろから声がかけられる。
「ずいぶんと楽しそうにしているなプリンセス」
その声に反応し振り返る。氷霞の顔にはいつの間にか仮面が付けられていた。振り向いた先に立っていたのは羽生だった。
「あの子、昔からからかうと面白いのよ」
「それはいいことを聞いたな、次に会ったら試してみよう」
数歩近づく羽生に対し警戒した様子もない氷霞に羽生は肩をすくめる。
「もう少し警戒してもいいんじゃないか?」
「警戒って言うのは、相手が自分より強いか、互角か、または相手の力が未知の時にするものよ。格下に警戒なんてしても意味ないじゃない」
「これはまた手厳しい。これでも強くなったんだけどね」
その言葉通り、羽生は以前会ったときよりも強くなっていたが、氷霞に適うほど強くなった訳ではなかった。
「それで何の用なの?」
「ああ、そうだね。実は君を誘いに来たんだよ。君も退魔高校に通わないかい?」
仮面越しにでも分かるほどに氷霞は驚いた。妖魔をしかも六武神である氷霞を退魔高校に誘うなんて正気の沙汰ではない。だが、氷霞の答えは言った羽生ですら驚いてしまうほどあっさりしていた。
「いいわよ」
「…え?本当に?」
「ええ」
そう、氷霞が綴への手紙に記したいいことを思いついたとはまさしく綴と同じ学校に通うことだった。かなりリスキーな行為だが氷霞としては綴が強くなってくれるのであれば自分の正体がバレようとも構わなかった。
「そうか、それじゃあ手続きを」
「その前に聞きたいことがあるわ。なぜ私を誘ったの?」
「それはやっぱり、綴のためだよ。君がいれば、君は彼の専属コーチが出来るだろ?なんせ、氷魔法を使えるのは君しかいないからね。だからだよ」
「ふーん、そう。まあ、分かったわ」
氷霞は仮面を取りながら言った。
「私の名前は姫乃木氷霞よろしく頼むわね」
「俺の名前は桐生羽生だ。こちらこそよろしく」
「あなたの本当の目的に協力してあげる。私の目的と変わらないと思うしね」
「何のことかな?」
とぼけた様子で微笑む羽生に機嫌を損ねた様子もなく氷霞は言う。
「とぼけなくてもいいわよ。綴をS級の退魔師にしたいんでしょう?そしてあわよくば私と一緒に六武神を倒して欲しいってところ?六武神クラスが二人もいれば戦力としては申し分ないものね」
「ふ~、隠し事は出来ないね。苦手なのかな?君の言うとおりさ。それで、君の目的も話してくれてもいいんじゃないか?」
少し考えた後話してもいいと判断し氷霞は口を開く。
「私の目的は、綴の器を大きくする為よ」
「器を大きくする?」
「そうよ、彼に私の与えた力を百パーセント引き出せる状態にするのよ。多分その過程で彼の器が更に大きくなるはず。私の目的はそれよ」
「器を大きくしてどうする?」
それはもっともな疑問であった。器が大きくなっても器に収まる魔力が器よりも少なければ器を大きくした意味がない。だがこれから先は言えないので誤魔化す。
「それは言えないわ。クイーンから口止めされてるの」
「なるほど、ならいいさ」
そう言うと扉まで歩いていく羽生。
「今日は帰るよ。君も準備が出来次第必要書類とかを俺宛に送ってくれ、それじゃあ」
こちらの返事も待たずに屋上から出ていく羽生。
とりあえずこちらが思うとおりにことが進み安堵しながらこれからの気をつけなくてはいけない問題を考えていた。
これからは、力をセーブして生活しなくてはいけない。目立ってしまうと後々面倒なことになる。羽生も氷霞が妖魔であることは隠して通わせるつもりだろうから少なからずサポートはしてくれると思うが、こちらはこちらで気をつけなくてはいけない。だが、そんなことよりも。
「ふふ、学校か~。楽しみね」
氷霞には綴と同じ学校に通えることが楽しみで仕方なかった。昔からずっと憧れていたことだった。
「帰って準備でもしましょうかね」
そう言うと氷霞も屋上を後にした。
*********************
綴達が退院した翌日。結論から言うと綴のベッドの下のものは何とか守り抜くことが出来た。これ以上は哀れと思ったのか元親が助け船を出してくれたのである。昨日ほど元親に感謝した日は無いだろう。
そんなことを考えながら準備をすませて学校に向かう。例によって姉さんと緋日も一緒である。転入するまでの間は一緒に通うらしい。だが綴は、転入してからも多分一緒に通いそうな気がしてならなかった。
まあ、マクスウェルが綴から手を引いたとも思えないので心強い限りである。
「そういえば」
「ん?どうしたの?」
「あ、いや。マクスウェルが僕を狙う理由ってやっぱりこの力のせいなのかなって」
ずっと考えていたのだが綴にはそれしか思いつくものがなかった。
「多分そう何じゃないの?氷魔法なんて世界で二人しか使えないわけだし」
「そういえば、ずっと聞きたかったことがある」
「ん?何?」
「綴はなぜその能力が使えるの?」
「ああ、それは…」
一瞬本当のことを言ってしまいそうになるが考えてみる。
理由を話してしまったら僕が氷血のプリンセスである氷霞と繋がりがあることがバレてしまう。氷霞の正体もバレてしまうのでそれは避けなくてはならない。ここは誤魔化すのがベストだろう。
「僕にもよく分からない。起きたら使えるようになってた」
「…そう」
納得した様子では無かったが綴が知られたくないと思って誤魔化したのが分かったのかこれ以上追求してくることはなかった。
「あ、綴じゃん。おはよっす!」
そしてまた、例によって元親と会う。
「おはよう」
「オッス。霞さんと神崎もおはよ!」
「おはよう」
「おはよ」
元親も合流して学校に向かう。学校付近で二人と別れ学校に着き下駄箱で中履きに履き替え教室に向かう。教室にはいると今までお喋りをしていたクラスメイトはとたんに静かになり入ってきた僕らを見る。少しするとお喋りを再会するが意識は僕らに向いたままであった。
「よう、おはようさん」
元親は最初の間と視線のことを気にした様子もなく自ら友人に話しかけていた。もともと人好きのする性格の元親は男女問わず友人も多いので話しかけられたら奴も少しぎこちなくはあるが普通にお喋りを楽しんでいた。教室を見渡すと美来も良子も同じような感じであった。
まあ、僕はこんなものだよな…。
綴は、仲良くなればよく話すのだがそうでなければ最低限のコミュニケーションだけで良しとしてしまうタイプなので友達が少なかった。このクラスでも友人と呼べるのは元親と美来、良子ぐらいであった。
改めて自分の友人の少なさを実感していると声をかけられた。
「おはようございます柊くん」
綴に話しかけてきたのは良子であった。どうやらグループから抜けてきたらしい。
「おはよう、四季さん。調子はどう?」
「はい、おかげさまで。あ、そうでした。そのことでお伝えしなくてはいけないことがあったんでした」
「何かあったの?」
怪我の具合が悪化してしまったのかと思い聞いてみる。
「はい、もしかしたらまた足が動かせるようになるかもしれないんです!」
「そうなの!?」
驚きと嬉しさでついつい声が大きくなってしまい慌てて抑える。
「良かったね、四季さん」
「はい、ありがとうございます」
にっこりと微笑む良子。
「今朝、桐生さんから電話があったんですよ。君の足を治せるかもしれない人が見つかった、転入前には治療を施してもらえるように手配するっておっしゃってくれたんです」
「そうなんだ。とにかくおめでとう。治療日が決まったら付き添おうか?」
「い、いえ。そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ!当日は美来ちゃんが付いてきてくれるって言ってくれてるので」
それなら大丈夫だろう。それにあまり大勢で行っても迷惑になってしまうかもしれないし。
「あの、それとですね…」
良子は先ほどとは対照的に今度は言いずらそうにしていた。
「えっと、皆さんのこと悪く思わないであげてください。その、皆さん柊くんにどう接したらいいか分からないだけで、柊くんのことが怖いとかそういうんじゃ無いと思うので…」
最後の言葉は自信がないのか少し尻すぼみになっていたが言わんとしていることは分かった。どうやら、綴を心配してくれているらしい。
「ああ、大丈夫、気にしてなんかないよ。どうせ後少しで転校するんだ、僕がどう思われようと興味ない」
綴のその言葉に良子は少し怒ったような口調で言った。
「…それ、柊くんの悪い癖ですよ?」
「…何が?」
「その、他者との関係をすぐあきらめてしまうところですよ」
言われて初めて気づいた。確かに言われてみると昔から他者との関係にどこかあきらめのようなものを抱いていた。
「そう、だね…。何でだろう?小学校くらいまではこうじゃなかった気がするんだけどな…」
これも三年前の事故に関係してるのかと、いろいろ考えてみたものの答えは出なかった。
「そうなんですか?何か価値観の変わることがあったのかもしれませんね」
「価値観ね…。まあ、それで言うなら僕の最優先順位は四季さんや紙野や元親、姉さんや緋日とかかな。あとは…」
一瞬、氷霞の名前が出てきたがここで出すのはまずいと思い引っ込める。
「あとは?」
「…いや、何でもないよ。まだまだいるけどそれくらいかな。これから先はなんだかこっぱずかしくて言えないや」
「そうなんですか…。でも、嬉しいです私の名前があって。なかったらどうしようかと思いました」
名前が挙がったのが嬉しかったのか照れたように微笑む良子になんだか綴まで照れてしまう。
「ま、まあそう言うことだから。っと、そろそろ先生来そうだね。席まで押してくよ」
「あ、ありがとうございます。お願いします」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
綴が立ち上がり押していこうとすると謎の声があがる。ビックリして声の方を向くと声の主は美来だった。
「柊くん、それは私の仕事だ!とってもらっては困るよ!」
どうやら、良子を押していくのは美来の仕事らしい。
「そうか、分かった。とって悪かった、それじゃあ頼むよ」
綴が素直に変わる。
「うんうん、分かればいいんだよ、分かれば」
どこか作ったような上機嫌で言う美来を見て良子の顔が少し陰るがすぐに本の笑顔に戻る。
「ありがとう美来ちゃん。柊くんもわざわざありがとう」
席につき横目で美来と良子を見る。一見いつも通りの仲のいい二人に見えるが美来の方が少しぎこちない。多分、治らないかもしれない傷を負わせてしまったことに負い目のある美来と、そんなこと気にしないでいつも通りに接して欲しい良子。二人の気持ちが行き違ってるのかもしれない。
無理もないか…。
これは良子の足が治るまでこんな感じなのだろう。まあ、治ったとしてもすぐに態度がいつも通りになる訳ではないが、それでもそこが折り目になるだろう。
そんなことを考えてる内に担任が来てホームルームが始まった。どこか担任もぎこちなさが残るがそれでもいつも通りに進みいつも通り終わった。
滞りなく授業もすべて終わり家に帰る。家に帰り部屋でゆっくりしていると電話がかかってきた。羽生からだった。羽生には病院で連絡先を交換していたのだ。転入の日付が決まったのかと思いながら電話にでる。
『もしもし、桐生だ。学校帰りで疲れているところ悪いな』
「いえ、大丈夫です。それでご用件は?」
『ああ、転入の日付が決まってな。連絡しておこうと思って』
「そうですか、わざわざすいません」
案の定転入の日付のことだった。連絡事項を話し終えると羽生は仕事が忙しいらしくすぐに通話を終了した。日付は来週の月曜日にきまった。
通話を終えてベットに横になる。いつもの平和な日常は今週まで。来週からは危険と隣り合わせの世界に入る。そんなことを考えていると綴はいつの間にか眠りに落ちていた。




