第十一話 病院
目を覚ますと白い天井が見えた。かすかに薬品の匂いがする。多分病院なのだろう。
気怠い体を起こして周りを見るとどうやら一人部屋らしい。
何でここにいるのか、記憶を辿っていく。オルトロスにやられて、氷霞に会って、それで倒した後倒れた。簡潔にまとめるとこんなものだろうか。そして大事なことを思い出す。
「そうだ、四季さんは!それに、皆は!」
気づき部屋を出ようとベッドから降りると丁度部屋の扉が開き人が入ってくる。
「綴くん、気が付いた?」
「姉さん!」
部屋に入ってきたのは霞だった。手には紙袋を持っている。
「姉さん、皆は、四季さんはどうなったの?それにここはどこの病院なの?」
「落ち着いて、綴くん。一から説明するから一度座って、ね?」
霞に促されベッドに腰をかける。綴の隣に腰をかけ霞は語り始めた。
「まずはここがどこかだけど、ここはいたって普通の病院。それで、綴くんがここ
にいるのは検査をするためよ。いきなり気絶したからビックリしちゃった」
そう言いながら霞は紙袋から林檎と果物ナイフ紙皿とポリ袋を取り出しポリ袋の上で林檎を剥き始めた。
「それで、他の子だけど、まず私と緋日ちゃんは無事よ。綴くんの所に向かう途中死体と戦ったけど、かすり傷一つ無いわ」
「また妖魔の死体か…。ストックが無いって予想は外れか。これからも注意しないと」
「いいえ、死体のストックが無いって線は多分当たりよ。今回もその場で調達したみたい」
「それじゃあ、どこかで誰かが妖魔と戦って倒した死体を使ったってこと?」
「いいえ、そうじゃないわ」
「え、じゃあ、どう言うこと?」
「それは…」
言いにくそうに口ごもる姉さん。だが覚悟を決めたように言った。
「人間よ」
「え?」
「人間の死体。それも退魔師の死体を使ったの」
一瞬なにを言っているか分からなかった。
「人間の死体?どこで死体なんか…」
そこまで言って綴は思い当たる。
「まさか、今日増員した町の見回りの…」
「そうよ」
そのことを聞いて怒りが沸いてくる。死体を物のように扱う敵に、弱いばかりに皆を巻き込んでしまうしかなかった自分にも。
「…くっそ…っ!」
膝の上に載せていた両の拳を血がにじむほど握りしめる。
「綴くん…あんまり自分を責めないで」
「僕がっ!!」
自分の弱さに、不甲斐なさにどうしようもない気持ちで胸がいっぱいになる。
「僕があの日に、死体を倒おすほどの実力があれば、見回りに増員を出すこと
も、その増員の人が死ぬこともなかったんだ!!」
「それは…」
「死んだ後に操り人形にされるなんて辱めを受けることもなかったんだ…」
どんなに嘆いてもこの胸の黒いもやもやは消えてはくれない。過去を嘆いていても過去は変わってはくれない。全部無かったことにもならない。そんな当たり前なことを分かっていても嘆かずにはいられなかった。
「綴くん、過去を嘆いていてもなにも変わらないわ。今は今の状況を知ってちょうだい。それに、たらればを言ったところで過去は変えられないわ」
「…………分かった」
「…続きを話すわね。元親くんは無事よ。今もピンピンしているわ。それに紙野さんもね」
それを聞いて少しだけ胸の黒いもやもやが晴れた気がした。
「それで、四季さんなんだけど、四季さんも生きてるわ」
「…そっか、良かった」
一番重傷だった四季さんが生きていて安堵する。
「でも…」
「…でもって?」
「…下半身不随よ。背中に受けた傷が脊髄にまでたっしていたの。私と緋日ちゃんの治癒魔法じゃ傷をふさぐのが限界だった。専門の人が来てくれたんだけど自分達
じゃもう無理だって…」
「なんだよそれ…」
綴の胸にまた黒いもやもやが広がる。
「それでも、皆感謝してるのよ?綴くんが戦ってくれなかったら皆死んでたかもしれないって。だから、自分を責めないで…」
「……」
剥き終わった林檎をお皿にせてこちらに差し出してくるが首を振っていらないことを示す。
「……皆この病院に?」
「ええ、まだいるけど…」
「そう…」
それを聞いて立ち上がり扉まで歩く。
「どこ行くの?」
「皆にあって謝ってくる」
扉に手をかけ開ける。だが、外には出られなかった。扉の前には黒い軍服を着た男女が立っていたからだ。
「どいてくれませんか?」
「それは出来ない。キミを今ここから出すわけにはいかない」
答えたのは男の方だ。男の年は四十代くらいだろうか。男からは少し煙草の臭いがした。
「何でですか?」
「ごめんなさい、理由は言えないの。今は部屋に戻っててちょうだい。ね?」
今度は女の方が答えた。女の年は二十代前半くらいか。女性にしては背が高かった。綴を怖がらせないためか優しい口調で話している。
「理由も聞かされないで閉じこめられたくはないんですが」
「ごめんなさい、私の権限では話せないの」
「だったら話せる人を連れてきてください。俺は皆に謝りに行かないといけないんです」
綴のその態度に態度を悪くする男。
「いいから中で待ってろと言ってるんだ、クソガキ」
「ちょっと檜垣さん!そんな言い方しないでください!」
「中森言うこと聞かないガキにはこれくらい言わんと分からねえんだよ」
どうやら男が檜垣で女が中森という名前らしい。
「何であんたの言うこと聞かなくちゃいけないんです?」
「ああ?」
「あんたと僕は見ず知らずの他人同士だ。そんな他人であるあんたの言うことを何で聞かなくちゃいけないんだって聞いてるんだよ」
「…お前目上の者に対する口の効き方がなっとらんようだな」
「ちょっと待ったストーップ!!ハイハイ檜垣さんも君も落ち着いて」
剣呑な雰囲気の中若い男が二人の間にわって入ってきた。その男も同じ黒の軍服を着ていた。
「木城止めんな。このガキに口の効き方教えなきゃなんねえんだよ」
檜垣が木城を押しのけ綴の胸ぐらをつかもうとする。だがその手は空を切った。霞が綴を後ろに引っ張り前に出てきたのだ。
「あなた達の仕事は綴くんの監視のはずです。手を出すことは仕事に入ってないはずですが」
凛としたいつもと変わらぬ喋り方。だが綴には霞が怒っているのが分かった。
「あんだと?」
「いい加減してください檜垣さん!!これ以上やるなら隊長にこの任務から外すように言いますよ?」
「…チッ!どいつもこいつも!」
最後に憎々しげに綴を見てから檜垣は去っていった。
「檜垣さんコッワ~」
おどけた調子の木城を中森は睨みつけるが気にした様子もない木城にため息を付く。
「ごめんなさい柊さん」
深々と頭を下げる中森に綴も謝る。
「いえ、こちらこそ、喧嘩腰ですみません」
「私からもすいません」
続いて霞も頭を下げる。
「いえ、こちらがご迷惑をかけたのですから頭を上げてください」
「正確には檜垣さんだけですけど」
「木城くん!!」
「冗談ですって、そんなに怒んないでくださいよ~」
どこまでもふざけた態度に若干霞が苛立っているのを感じた綴は話題を変えた。
「あの、それで、皆に会いに行きたいんですけど」
「あ、ああ、そのことなんだけどーーー」
「明日時間を作るから待っていて欲しいんだが」
中森にかぶせるように声が聞こえる。声の方を見るとそこにはまたもや黒の軍服
を着た男がいた。
「桐生隊長」
桐生と呼ばれたその男は俗に言うイケメンだった。スラッと背が高く足も長ければ声も爽やかであった。世の男性が嫉妬するくらいその男は美形だった。
桐生は爽やかな声でねぎらいの言葉を放つ。
「お疲れ様中森、木城」
「お疲れ様です」
「檜垣は?」
「その、ちょっとありまして…」
「はあぁ、またか…まあ今はいい」
桐生は二人への挨拶と話が終わると綴に向き直った。
「さて、先ほどもいったが明日まで待っていてはくれないだろうか。今日は君に訊きたいことがあるからね」
「訊きたいことですか?」
「ああ、できれば中でお話ししたいんだが、構わないかな?」
「構いませんが、明日まで待つ理由を教えてからにしてください」
「そうだね。皆疲れたのかぐっすり眠ってしまってね。起こすのも可哀想だろ?君が起きたと連絡があったから君の所に足を運んだってわけさ。これで入れてくれるかい?」
そうか、確かに、寝てしまっていては起こしてしまうのは申し訳ない。
「分かりました。中へどうぞ」
「お邪魔するよ。あ、中森と木城は扉の前で待機」
「「了解」」
「私は同室させてもらいます」
「ああ、構わないよ」
三人が部屋に入り室内にあった応接用のソファーに腰掛ける。
「さて、まずは自己紹介からしようかな。俺の名前は桐生羽生ーきりゅう はにゅうーどっちも名字みたいでしょ?所属は退魔軍妖魔殲滅機関。因みに第一部隊隊長をやってるよ。よろしく。それじゃあ次は君ね」
羽生に指名されたので綴も自己紹介を始める。
「柊綴です。草稿高校に通ってます。学年は一年です」
「私は柊霞です。綴の姉です。退魔師育成学校高等部に通っています。学年は二年です」
綴に続き霞も答える。
「そうかい、よろしく」
上着を脱ぎソファーに掛ける羽生。仕草一つ一つがいちいちかっこいい。
「それとまず謝らせて欲しい。先ほどは俺の部下が失礼をしたみたいで申し訳ない」
膝に手を突き深々と謝る羽生。
「い、いえ、その、こちらも喧嘩腰だったので、すみません」
「いや、一般人である君が戦闘の後でストレスを抱えているかもしれないと予測で
きなかった俺のミスだ。すまない」
「あの、大丈夫ですから顔を上げてください」
そういうと素直に顔を上げる羽生。
「それで、訊きたいこととは?」
「ああ、そうだな。まずは君の魔法についていくつか訊きたい」
「魔法ですか?」
そう言えばオルトロスも綴の魔法を見て驚いていた。何かあるのは間違いないだろう。
「あの、僕の魔法ってもってちゃいけないものだったりします?」
「とんでもない。俺はむしろ大歓迎だよ。ただ、それを快く思わない人もいる。それをふまえて、まずは魔法について一通り説明しよう」
一度咳払いをすると、羽生は口を開く。
「まずは、魔法には付加魔法と属性魔法それに精製・召喚魔法と言うものがある。付加魔法は、加速魔法、防御魔法、治癒魔法みたいに自身や他人の能力をあげる魔法。君が昨日使っていた加速ーアクセルーなんかも付加魔法だね。次に属性魔法、これは炎を出したり風を起こしたりなんかができる魔法。そして最後に精製・召喚魔法だ。これは魔力で武器を作ったりゲートを開いて使い魔を召喚したりなんかができる。例えばこんなふうに」
羽生は机に指で円を描く。その円の中から小さなコウモリだ飛び出てくる。
「これが、召喚魔法だ」
「凄いですね」
素直に感心する綴。
「そんなことはないさ、こんなのまだ初級魔法だ。霞さんも出来るんじゃないか?」
コウモリを円の中に戻し円を閉じる。あの円がゲートと言うものなのだろう。
「まあ、それなりには」
先ほど羽生が描いた円よりも幾分か大きく描く。その中からは綺麗な白猫が出てきた。
「猫」
あまりの可愛らしさに思わず抱き寄せてしまう。猫は抵抗することもなく抱かれたままになっている。
「これまた凄い使い魔だね~」
感心したように頷く羽生。なにが凄いのか、抱き上げ姿を確認してみる。すると一点だけほかの猫と違う箇所が見つけられた。
「尻尾が別れてる…」
そう、尻尾が中程から二本に別れているのだ。
「猫又かこれまたずいぶんレアなものを…」
「運が良かっただけです。その子と気があったので使い魔の契約をしただけです」
二人の話を聞きながらも、尻尾を凝視する綴に声がかけられる。
「そろそろ降ろしてくれないかニャ」
「!?」
綴に話しかけたのは猫又であった。
いきなりのことでビックリして固まっていると。
「聞こえなかったのかニャ?おい、そろそろ降ろしてはくれないかニャ?」
「あ、ああ、ごめん」
先ほどより少し大きな声で言われ慌てて降ろす。
「ふむ、どうも」
机の上で軽く毛繕いを始める猫又。
「シロ、机の上で毛繕いしないで」
「おお、すまない」
机から降り、綴の膝に乗り毛繕いを再開する。降ろしてくれと言った割に綴の近くに寄ってきているシロ。
その理由はシロが匂いで人の感情を機敏に察知することができる。勿論、そんなことを知らない綴は不思議に思うわけだが、桐生によって思考を中断させられる。
「自分で脱線させといてなんだが、続き、話してもいいかな?」
「あ、はい、お願いします」
「それで、君の魔法は属性魔法に入ると思われるんだが…」
「思われる?」
「ああ、実は属性魔法に氷属性なんて無いんだよ」
「え?」




