路地の子ども
合宿のため家に帰ってこられず、体調も崩してしまったため一度更新をお休みさせて頂いてました。
水曜更新していましたが、しばらく体調を戻すため不定期更新にいたします。
ーーーあの髪。あのひとっ!?
欄干を掴んで右手の川縁を凝視するが、くるくる光る篝火のせいで見づらい。
何か思う前に走り出していた。
鼓動が高鳴る。
走りつつズームしてよく見れば、低い堤防のような構造物の上に立って川を見下ろしていたのは、大人の女性ではなくひどく痩せた子どもだった。
栄養失調なのか子どもなのに白髪で、顔は髪に隠れているが、雰囲気はあの人にそっくりだ。
服がブカブカすぎてよく分からないけれど多分、ノンより小さい。小学校高学年くらいか。
もう深夜だ。普通の家の子どもがそうしているのはおかしい。
孤児かな。
ちょっとでも話したい!言葉、通じるかな。
食べ物、食べてくれるかなーーー。
『1人で路地に入っちゃダメだよ。 闇の世界と通じているから生きて出られない』
教訓を忘れたわけではない。
でも、皆からも見える距離だから。
前より見分けられるように、なったから。スキルフルでサーチしても、今、子どもの側に黒扉の気配は感じない。
少しでも『あの人』に似ているというだけで、このままあの子を放っておくのは私の中ではありえない。『あの人』関連のことは私の最優先事項だから。
心の中でいいわけしながら、はっと我に返った。
今は一人ではないこと、忘れてた。
振りかえって叫んだ。
「あの子に食べ物あげてくる!!」
「一人で離れるなよ!」
「すぐだから!」
振り返ったバルドル達に返事をした頃にはもう数百メートル進んでいた。数秒で子どもの前に着いた。
常人ではない速さで近寄ったのに、その子に驚いた様子はなかった。
一瞬こちらを伺うと、興味が失せた様子できびすを返し、真っ暗な路地に入って行こうとする。変な子だな。
「待って!サンドイッチ食べない?!」
先ほどテイクアウトしたピタパンサンドを焦って差し出す。
「ね?ほら!美味しいよ!」
言葉が通じていないかもしれない。包み紙を剥いて中身を出した。
香ばしいにおいが届いたのか、やっと立ち止まってはくれた。が、手を掴んでサンドを渡そうとすると、スルッと外される。
抜け技が巧すぎる。抜けさせづらい手の掴み方をしたのに瞬時に抜けたってことは、武術か魔法の使い手かもしれない。
その子はすっと手を振り払い、ため息をついてそっぽを向いた。
単に見知らぬ子どもにため息つかれただけで、なんとなく心が苦しくなる。『あの人』にそうされたみたいで。
怖くないよ。
触られるのが嫌なのかな。
気を取り直し、路地側に回り込みしゃがんで目線を合わせた。
「ねえお願い。お姉さん、味方だよ?」
いかないで。
ここで離したらこのまま二度と会えないのではないか。そしてまた路地で死んでしまうのではないか。
わけの分からない焦燥感がある。
内心落ち着かないながらも、お姉さんらしい笑顔を見せてみた。
「ね?」
「・・・・・・・」
その子はストンとした、古ぼけて白っぽい手術着のような服を着ていた。
近くで見ると男の子だ。なぜ女性と見間違えたのかと思うが、やっぱり長い白髪とひょろひょろのシルエットだからかな。
細い手足はカフェオレ色でアジア人のような肌色だが、顔をなかば隠す髪は絹糸のような真っ白だった。
ルシアやサリユ達の髪色にも最初はびっくりしたけど、あの子達は白人系の淡い肌色で、髪、眼、肌の色素に統一感があった。だからぱっと見の違和感はなかった。
でもこの子は肌と髪の色彩のギャップが激しくて奇異な印象だ。後天的な髪色なんじゃないかなと思う。
若いのに髪が真っ白になるなんてどんな苦労をしてきたのか。
服も髪も全体的に白っぽいその子のシルエットは不自然に掠れ、ともすれば暗い背景にとけるようだった。
でも幽霊ではないと思う。さっき体温は感じられたから。
これってレッドベリー達が言っていた、ステルス魔法みたいなのを使ってるのかな。
現時点で外にいて生きているのだから、身を守る魔法は使えるんだろうけど・・・。
目を合わせつつ考える。
「ねぇ、きみ・・・」
「うざい、帰れば。」
待ちわびた第一声は、いきなりの拒否。
虐待受けた児童とかの反応っぽくない・・・?
一瞬怯むが、児童養護施設職員に取材したとき受けたアドバイスを思い出す。
こっちが怯えちゃいけない。平常心。包み込むように。
それに、言葉は通じてよかったじゃないか。落ち着かなきゃ。
とはいってもそこらへんの黒扉1人と対するより気を使った。今日一番精神力を使っている。
「うざくてごめんね〜。よく言われるの」
おどけてみるが反応はいまいち。
「・・・・・・」
その子は去りたそうに半身を返したまま、めんどくさげに見返してくる。
「でもさ、私、帰りたいけど、帰れないの」
「・・・・・・」
「帰り方も分からないし、守りたい人たちもできたし。
帰り方が分かるまで、この町で皆と仕事しようかと思って」
「・・・ふうん」
「きみも?帰れないの?」
「・・・まあね。帰りたくもないし」
長い睨みつけと無言の後、とうとう2フレーズしゃべってくれた。嬉しい。
この調子でサンドイッチ、食べてくれないかな?
サンドイッチをもう一度差し出したとき、川風が前髪を揺らして彼の目が見えた。
暗闇で少しの光を反射する大きな目は、片目はグレーなのにもう片方は血の色だった。
オッドアイを珍しいと思うよりも怪我じゃないかと気になる。先天的な虹彩異色症ならいいが、殴られて虹彩損傷したかなんかじゃないか。
最悪の場合赤い片目は見えてないんじゃないだろうか。
・・・そういうの、この子は素直に教えてはくれないだろうけど。
ていうかむしろ!
イヤな予感に、暗くても見えるようにサーチアイを働かせてぞっとする。
彼の手足にはおびただしい傷痕があった。ジャングルでワニや肉食獣に噛まれたのかというような、引き攣れたケロイドが入れ墨のように刻まれていた。まともな皮膚が見当たらない。
・・・服から出たところだけでもこんななのだ。ぼろぼろの服の下にはどんな怪我があるのか。
子どもなのに!
確かめたい衝動に駆られるが、信頼されてない今服をめくったりしたら二度と寄ってこないだろうなとも思う。幸い、今血の匂いはしない。新しい傷ではなさそうだ。
顔に怯みが出てはまずい。とっさに【マインドクリア】スキルを使って微笑みを作った。
しかし脳内は考えの渦に巻き込まれる。
守ってあげたい。
回復魔法、習わなきゃ。
魔法で傷跡も消せるかな。
なんで、子どもまでこんな目に遭わなきゃならないの?
この世界は、おかしい。皆、連れて帰りたいよ。
いやーーー私の世界にだって、手足を切られる子、金で売られる子、無惨に殺される子だっている。
なんで。どうしたらいい。
そんなことを思われているとは知ってか知らずか、少年の方も私を変なモノを見る目つきをして見ていた。
「あんた髪、黒いの、生まれつき?」
「え?・・・あ、うん、そうだよ」
「へえ」
「うん。・・・あ、ねえ、ほらっ!
さっき買ったばかりだからまだあったかいよ。美味しかったから、どうぞ」
少し軟化した態度に、今なら、とサンドイッチを差し出す。
子どもは「ふうん?」とこちらを見透かすような目付きをしてから、においをかいだ。
美味しそう、というのではなく明らかに毒見という表情だ。
そりゃ、用心深くもなるよね。
匂いに異常がなかったのか。彼は興味がなさそうな顔で、しかし大口を開けてガブリと私の指ごとサンドを口に入れた。
「!」
濡れた感触が一瞬指に触れたがすぐ離れ、別に嫌がらせで噛まれたりはしなかった。
「・・・お、美味しい?」
美味しいのか不味いのか分からない表情で噛み下す子ども。
だが、あれっというような顔をして、更に首を延ばして私の指についたソースをペロリと舐めた。
「げっ?」
くすぐったい感触に変な声が出てしまった。1度目はニアミスだったけど、2度目はわざとだ。
子どもは口の端だけでニヤリと笑い、唇を舐めた。
「なにその、色気のない悲鳴」
2口食べただけで元気が出たのか、急に彼を包むオーラに力がみなぎった。
「え、あ、だって舐めるから」
指を舐められぎょっとしたのと時を同じくして、ここ数日恒常的にあった頭痛がなぜかふっと無くなった。
重かった気持ちごと、痛みが指先からするっと抜けた。気がする。
不可解な現象だけど、そうとしか言えない。
うー?これも、魔法なのかな?
「いや、むしろあんた何したの?回復魔法使った?」
「別に何も。食べろと強いられたから食べただけ」
と言われても、いつもの頑固な頭痛が薬も飲まずに治るわけがないのだが。。。
ふぬけた顔をした私を見上げ、少年は今度は片頬を上げて上機嫌に微笑った。
「オネエサン、美味しーじゃん」
ほんの一瞬だが年相応の悪戯っぽい笑みだった。
「えと・・・あー、よかった!サンドイッチ、気に入った?」
引きつりつつ微笑み返すと、鼻で笑われた。
「肉は固いけどね」
小さいのに生意気な。でも無表情でいられたら痛々しいし、例え皮肉顔でも表情筋を動かしてくれてよかったかな。
今度は心から笑顔で話しかけた。
「固くても栄養あるから、全部食べてよね!」
「じゃ食わせて」
少しでもかわいらしいと思えばこうだ・・・。
「えー、自分で食べなさいよ」
食べる気になってくれたなら、最後まであーんしてやる必要はないだろう。
手渡そうとするが、彼はツンとして受け取らず、手は突き返して口だけ出して、更に私の手からサンドを噛みちぎった。
「おいし」
触られるのは嫌がったり、手ずから食べたがったり。変な子だな。
んー、でも、もしかして母親とかの愛情に飢えてるから甘えてるとかなのかな。
むー。そう思うと折れるしかない。仕方なくあーんして全部食べさせた。
宿舎に一緒に連れて行きたいな。
まずその前に親はどうなったか聞かないと。でも死んでたら言わせるとまた雰囲気悪くなるかな。
とりあえず呼び名を知りたい。
んではまず、と自分から名乗ろうとすると、
「あのね、私」
「ダメ」
いきなり真顔で遮られた。
ちょっとびっくりしたが、私が知らずに名のって操られるのを危惧しての事なら、嬉しい。
「隷属のこと心配してくれてるの?
偽名を言うから大丈夫だよ」
笑って言うと、目をそらして口の周りの食べかすを袖で拭った。
「じゃ、名のれば?」
「君も呼び名教えてくれる?」
「・・・ノスフェ」
「ノスフェくんか。よろしくね。
私はネズミって呼んでね」
「は?ネズミ!?」
途端、しらけたポーズが崩れ、
「えー!ひどい!あははははは!」
ノスフェは大笑いを始めた。
「えっ?何?何がツボに入ったの?」
サンドイッチにワライダケでも入ってたかと思ってビビるよ。
「よりにもよってネズミ?あははははっ」
「どう面白いの?偽名なんだもん、何だっていいじゃん」
「いい歳してさあっ・・・あは!あはははは!」
一通り笑った後、ぱっと皮肉な顔に戻ったノスフェはどこからか黒いマントを取り出した。
「色気無いねー、ネズミちゃん!
魔物に笑われるよ。ハナタレ小僧は食っちまうぞってね」
「小僧はお前でしょ・・って、え?」
突っ込むと同時に、ノスフェの白い姿は首から上を残して消えた。
「なにそれ!」
まるでチェシャ猫のように首だけ宙に浮いた状態で、ノスフェは生意気そのものの顔をして言った。
「黒髪、隠した方がいーよ。面倒ごと、嫌いでしょ」
「ま、まってよ!ノスフェ!一緒にこない?!」
「またね」
バサッと音がして、皮肉な笑みも闇に溶けるように消えた。
「待ってよー!一緒においでってばー!」
サーチアイで見回しても、見つからなかった。
本気で連れて帰りたかったのにー!!
逃げ足の速いヤツ!
更に探したかったが、橋を見るとバルドルとルシア達が立ち止まって私を待っているのが見えた。
疲れている彼女達には早く休んでもらいたい。
うー。しかたない、か〜。
少なくともあれだけの魔法が使えるなら、そのへんの黒扉には捕まりそうもない。とりあえずは安心だ。
あの傷は人間に傷つけられたようなものではなかったしな。
またねって言ってたし。
また明日、食べ物持ってこよう。
後ろ髪を引かれる思いで皆の元に戻ると、バルドルに不思議がられた。
「ネコか何かいたの?」
はあ?明らかに人間の子どもだろ。
「・・・え?バルドル目も悪いの?」
「犬だった?」
ええ?
・・・サーチアイがないと見えないのかな。
となるとなんとなく、焼き餅焼きのバルドルには内緒にしておきたい気分だった。
「んー、まあね。
おまたせ。ごめんね、宿舎いこ!」
それにしても。何だろ。
ネズミ、って、小さくてハナタレ小僧的な言葉なのかな〜。まー、油断させるにはちょうどいいけど。
ルシア達の元へ走り寄りながら、自然に笑みが浮かんでいた。
この世界にきて苦難ばかりかと思ったけど、なんだか楽しみも、できたみたい。
傷だらけの健康不良路上少年登場〜。
またも変な子です。
もうすぐ始まりの章は終わります。




